IMA Vol.38の関連記事第5弾は、ファッションフォトグラファーとして活躍する写真家たちを「ファッション写真も撮影する写真家」と広義にとらえ、いま注目すべき7名の写真家を彼らの多様なバックグラウンドと共に紹介した企画「ファッション写真は進化する」より、ウゴ・コントへのインタヴューを掲載する。
ダイナミックな構図とポージング、湿度がありながらも肌のきめ細かさや髪の毛一本一本まで繊細に写しだすテクスチャー。80〜90年代のグレン・ルックフォードやクレイグ・マクディーン、ニック・ナイトを彷彿とさせながらも、確かな現代性を感じさせるムード。現在では、『VOGUE』『Interview』『Re-Editoion』『POP』などのファッション誌を始め、サルヴァトーレ フェラガモ、ブルガリ、ジバンシィなどのビッグメゾンをクライアントに持つウゴ・コント。インタヴューの前日、日本を初めて訪れたというコントは「今日は天気が良いし、せっかくだから外を歩きながら話そう」と、散歩をしながらのインタヴューを提案してくれた。
文=安齋瑠納
もともと大学で建築を学んでいたというコントは、建築に対する理解を深める手段として写真を撮り始めた。
「学生時代は、とにかく建築に熱中していて、あるときからカメラを持ち歩き、建物や街の写真を撮るようになりました。そのうち、より客観的な視点から建築を見ることで、建築家ですら気づいていないであろう、意図せずに生まれたディテールに惹きつけられるようになりました」
新しい視点から建築を探求するようになったコントの興味は、窓のちょっとした角度や光の差し加減、カーテンの揺れる様子などの細部に注がれるようになる。安藤忠雄や藤本壮介を始めとする日本の建築家からも多大なインスピレーションを受けたという彼は、あるとき、建築と写真の共通点を見つける。
「建物の構造や写真の構図は、そこに住む人やその写真を見る人の“ものの見方”をコントロールすることができます。例えば、建築家は、住人が毎朝ベッドルームの窓から見る景色の広さ、そこから見えるもの、そしてその街の印象までをも決めています。また、写真においても、洋服のシルエットやテクスチャー、モデルの表情のとらえ方など、すべてが完全にフォトグラファーの手に委ねられているといえます」
手法やアウトプットが異なる両者に共通点を見いだした後、どのような経緯でファッション写真を撮り始めたのだろうか?
「建築や風景の写真を見たファッション関係の人に『雑誌でエディトリアルを撮ってみないか?』と提案されたんです。当時、写真は趣味のようなもので、勉強したこともなく、『それでもよければ』という感じで引き受けました。そして、その雑誌のクリエイティブディレクターに『90年代をテーマに撮影してほしい』と頼まれたんです。90年代といえば僕は生まれたばかりで、当時の女性がどんな格好や髪形をして、どういったアティチュードだったのか想像もつきませんでした。そこで過去のアーカイブをリサーチして、勉強するようになったんです。当時、ちょうどファッション業界にも、90年代のトレンドが戻ってきていました。そして、本当にたまたま僕が、そのスタイルを最初に取り入れたフォトグラファーの一人になったのです」
コントの代名詞とも呼べるような90年代を彷彿とさせるスタイルは偶然生まれ、ファッションのトレンドの中でタイミングよく起用されたというのだから驚きだ。
「僕にとって、写真を撮ることは簡単です。例えば、今年の初めにパリで『Testament』という個展を開催しました。構想には2年かかりましたが、モデルやセット、スタイリングなどの要素がそろい、いざ撮影を開始すればほんの2秒もかからずにシャッターを押すことができる。撮ろうと思った瞬間から撮影終了までの時間はほんのわずかです。一方で映画や絵画、建築は、一枚の写真を撮影するより制作に長い時間を要します」
会話を重ねていくと、コントが持つ写真への感覚がユニークだということに気づく。彼の創り出す写真こそ、セッティング、ライティング、ヘアメイク、ポージングなどすべてが綿密に計画され、シャッターを押すまでに多くの時間がかけられていることが明白だからだ。しかし、同時にそもそも彼は、写真というメディアに依存していないからこそ、フラットに向き合い、自分自身の写真を客観的にジャッジしているのではないかと感じる。いまでは、自分以外が撮影した写真をほとんど見ることがないというコントは「自分の写真が好きで、満足しているから、ほかの人の写真を見る必要がなくなった」と話す。
© Hugo Comte
そんなコントの次なるプロジェクトは、自身が脚本、撮影、編集、楽曲制作を手がけた映画と、イギリスのテックカンパニーと共同で制作している仮想都市空間だ。
「写真や建築のように“ものの見方”をコントロールするツールのひとつにスマートフォンなどのデバイスがあり、そしてその影響力は年々大きくなっています。いままで、建築家が社会に対して持っていたのと同じ影響力を、現代ではソフトウェアの開発者が持っているといえるでしょう。今日何を食べるか、どんな音楽を聴いてどんなニュースを消費するか、そういった生活をつかさどる重要な要素を左右するのがデバイスなのです。例えば、Instagramを都市に例えたら? というテーマを仮想都市上で具体化していくようなことがいま進行しているプロジェクトです」
インタビュー終盤、タイミングよく日の入りの時刻を迎えた。コントは「日本で初めて見る夕日だ。景色のきれいなところまで歩きたい」と、その足を早める。そして近くの公園を見つけ、日が沈むまでの数分間、静かに空を見つめた。蝉の声、ビルに反射する夕日のオレンジの光、風に揺れるブランコ。それらに目を輝かせるコントを見ていると、日々の生活の中で見落としがちな些細なものこそが彼の創作意欲をかき立てているのだと確信する。「写真は簡単だ」とコントはいう。しかし、普遍的なものに誠実に向き合い、価値を見いだす。その簡単そうで極めて難しいことを当たり前にやってのける審美眼が、彼に写真を「簡単」といい切らせるのだろう。
ウゴ・コント|Hugo Comte
ニューヨーク、ロサンゼルス、パリの三都市を拠点に活躍するフランス人。パリで建築を学び、写真の技術は独学で習得。雑誌『Interview』でファッションエディトリアルを手がけたことをきっかけに、ファッション写真の道へ進む。2021年には、初のモノグラフ『The Book』を出版。さらには、自身が手がけるアパレルブランドDear Nikitaをローンチ。現在では、映画監督や仮想都市空間のプロデュースを行うなど、その活動は多岐にわたる。