2024年1月21日(日)まで東京都写真美術館にて開催中の個展「即興 ホンマタカシ」では、カメラオブスクラを用いて都市をとらえた〈Thirty-Six Views of Mount Fuji〉と、富士山が見える風景を撮影した〈The Narcissistic City〉が展示されている。ここでは、ホンマタカシの現在地を掘り下げた『IMA vol.40』より、その二つのシリーズの写真集を刊行したMACKを主宰するマイケル・マックとホンマの対談を転載。
テキスト=IMA
マイケル・マック(以下、MM):『Thirty-Six Views of Mount Fuji(富嶽三十六景)』の制作には、長い時間を費やしたとおっしゃっていましたね?
ホンマタカシ(以下、TH):富士山は冬の間しかはっきりと見ることはできないので、3〜4年かかりました。
MM:夏は、大気がクリアじゃないということでしょうか?
TH:そうなんです。夏は東京から富士山が見えないので、撮影は冬の晴れた日に限定されちゃうんですよ。
MM:どうして富士山がインスピレーション源となったんですか?
TH :多くの人たちが崇拝する対象として興味を持ったんです。それと、ご存知のように葛飾北斎は、アート作品として富士山を描いたわけではありません。ポストカードのような売りものだった浮世絵が、後々アート作品として人々に称賛されるようになったのが面白いなと。『Thirty-Six〜』では、アマチュアも含め、これまで多くの写真家が撮影してきた富士山にどうアプローチすべきか考えて、カメラオブスキュラの作品 『The Narcissistic City』を作った後に、同じ技法を使って富士山を撮影することにしました。最初は、それが作品になるかなんてわからなかったのですが、それでもトライしてみたかったんです。
MM:『Thirty-Six〜』とタイトルを付けましたが、ホンマさんの作品も、北斎同様に36枚ではないですよね(笑)。
TH:そう、北斎は『富嶽三十六景』の売れ行きがよかったので、10枚追加で制作しています(笑)。
MM:その後、さらに『富嶽百景』も作っていますしね(笑)。富士山はホンマさんにとって、何かを象徴するものですか? 日本人にとって、文化や精神などを象徴するものなのでしょうか?
TH:日本人の富士山に対する考え方はそれぞれです。MACKが『Thirty-Six〜』の出版ために執筆を依頼してくれた、作家のピコ・アイヤーさんのテキストがすごくよかった。彼は日本人の奥さんを持つ外国の方なんですが、奥さんは古都・京都出身だから、重要文化財である寺や神社に囲まれて育った。そんな彼女でさえ富士山を見ると、わぁとなる。日本人にとって富士山は普通の存在なんだけど、外国人から見ると驚きでしかない。また、彼は富士山の噴火について書いてるんです。私たちは富士山を見るとき無意識に、噴火については考えないようにしています。でも活火山だからいつかは、起こり得ること。そのことについて書かれていたのがよかったです。
MM:ポストカードのように富士山を象徴的に真ん中に配置するのではなく、街の背景に小さく富士山が見えています。それもまた北斎の絵みたいで。私が好きなのは、おそらく工場地帯の後ろに、小さな富士山が見える一枚です。あの構図は、東京では日常の中に富士山が存在することを示そうとしたのでしょうか?
TH:富士山と聞くと、多くの日本人は新幹線から見た富士山をイメージすると思います。だからこそ、富士山をさまざまな異なるアングルからとらえました。どこから見るかによって、富士山の形が少しずつ違うのが面白いんです。
MM:東京都写真美術館で開催されている個展「即興 ホンマタカシ」について教えてください。
TH:写真美術館の個展は、レトロスペクティブがであることが多いのですが、今回はカメラオブスキュラの作品のみを展示することにしました。回顧展を開催するのは、僕にはまだ早すぎるから(笑)。
MM:ははは(笑)。
TH:今回展示する内容の半分は『Thirty-Six〜』で……。
MM:『The Narcissistic City』も含まれますか?
TH:そう、残りの半分は『The Narcissistic City』です。
MM:『Thirty-Six〜』の装丁は、『The Narcissistic City』に比べるとそこまで複雑ではなく、全体像がつかみやすい造りになっていますよね。凝ったギミックは使われていないので、途中で止まることなくページをめくっていけますから。グラフィックデザインの観点から見ると、『Thirty-Six〜』と『The Narcissistic City』は、兄弟もしくは姉妹のような関係性にあると思います。現時点では、この2冊は、ホンマさんの作品に対する私たちふたりの対話の歴史と言っていい。次に一緒に本を作るときは、同じようなフォーマットかもしれないし、そうじゃないかもしれません。その2作品が展示されるということなので、会期中に来日できたら、ぜひ展覧会を案内してください。
TH :MACKからリリースされたソフィア・コッポラ『ARCHIVE』のサイン会を、東京でもしたらいいのでは?
MM:そうできたらいいですね! ソフィアは、あなたの写真の大ファンですからね。ところで、いまもいろんな場所へ行き、カメラオブスキュラの作品を制作していますか。
TH:現時点ではありませんが、少し前にソウルでザハ・ハディッド建築の巨大な東大門デザインプラザ(DDP)をカメラオブスキュラの技法を使って撮影しました。この技法を使った方がよいと思える機会があれば、またやると思います。
MM:そもそもなぜカメラオブスキュラに興味を持ったんでしたっけ?
TH:答えはいくつかあります。いまや、写真を撮るのは簡単すぎるということ。だから古典技法に回帰したいと思ったんです。写真の最初期のテクニックにね。また、常に何か新しいことに挑戦することが自分にとって重要なんです。新しいプロジェクトを始めた直後は、いつもそれでよかったのかよくわからないんです。今回も同じで、カメラオブスキュラを使い始めてしばらく経って、見たことのないイメージが生まれて、面白いなと思うようになりプロジェクトに発展したんですけどね。
MM:iPhoneを使ったスナップショット的な手法から離れたのが面白いです。像が生まれるまで30分から1時間という長い時間待ち続けるので、その間に起こったことや動きはぼやけてしまい、瞬間をとらえることはできませんよね。そこにずっと動かずに存在するものがすべてで、そこで動く生き物は何ひとつとらえない。世界中で毎日クラウド上にアップされている何十億ものスナップショットとは正反対ですね。
TH:そうですね。コントロールできないものに興味があるんです。晴天だったのに、急に雨が降りだしたり、曇ったり……天気の変化によっては、イメージが真っ暗になることもあります。「この位置にこの像が出てほしいと思って印画紙を貼っても、その像がズレて写ることもあるし。コントロールするのが難しくて、デジカメでスナップするのとは全く違いますね。いまは、そういったことに興味があります。
MM:技術的な完成度を目指すのではないというところが重要ですね。そうすることで、物事がイメージメイキングに引き寄せられるんでしょうね。
TH:そうですね。そしてそこに写真の可能性があると思います。写真家はカメラの後ろにいて写真を撮るべきといわれますが、『Thirty-Six〜』において、僕自身は撮影現場の半分くらいしか行っていません。それ以外は、アシスタントに現場へ行ってもらっています。
MM:そうなんですね!
TH:現場でどういう風に富士山が見えるか、アシスタントに写真を撮って送ってもらって、僕はそれを見ながらディレクションするんです。ある意味、写真というメディアを使ったコンセプチュアルアートと言えるかもしれません。私にとっては新たな発見で、ひとつの可能性を感じています。
マイケル・マック|Michael Mack
ドイツの出版社、Steidlのディレクターとして17年間にわたり活躍した後、2011年ロンドンで自身の出版社、MACKを設立。写真からスタートし、アート、文学、批評へと領域を広げ、世界のアーティスト、ライター、キュレーターや美術館や文化機関などの施設と共に本を制作している。これまでに刊行したホンマの写真集は、『The Narcissistic City』『Trails』『Thirty-Six Views of Mount Fuji』の3冊。