価値を集めるのではなく、価値を生み出すコレクター
パリを拠点に活動するアーティストのトーマス・ソヴァンが、2009年からコレクションするのは、中華人民共和国が誕生した1949年以降の、同国の市井の人々が撮ったファウンドフォトである。つまり、比較的近い過去に、無名の誰かが撮った“普通の写真”である。なぜ、彼はそこに価値を見いだしたのだろうか?
「2014年まで、ロンドンを拠点にさまざまなイメージをアーカイブする機関Archive of Modern Conflictの北京オフィスで働いていました。中国の現代写真家と交渉し、フィーを支払って彼らの作品をアーカイブするといった仕事をしていた一方で、徐々にフリーマーケットやインターネットでタダ同然で売られている中国のファウンドフォトに興味を持つようになりました」
そんな矢先であった2009年、北京北部にあるリサイクル場に大量のネガが存在するという噂を聞きつけたソヴァンは、それらを買い取ることにした。それ以降、定期的にネガを購入しているため、現在では、その数は50万枚以上にも上るという。「それらは、一般の人たちもカメラを持ち始めた1985年から、デジタルカメラが台頭する2005年くらいまでに撮られたネガでした。ゴミとして捨てられていたネガは安価ですが、コレクションを整理するために人を雇ったりしていたので多くの時間とお金を費しましたし、最初はこのコレクションが一体何になるのか不安もありました。しかし、そこに価値があることは確信していました」。
ソヴァンが、ネガに限らず、写真集やポストカードなどを収集するときに心がけているのは、比較的新しいものであること。「当時の中国では人々の意識が未来に向いていたので、少し前の過去に興味を持つ人は皆無でした。マーケットではよく『これは歴史ではない、ほぼ現代だ。なぜこんな誰の家にでもあるようなものを買うんだ』と不思議がられました。でも数十年たてば、これらもビンテージになる」。そして、もうひとつの基準は、「誰かが自分のために撮った親密な写真であること」だという。
「ネガを何度も観察する中で、繰り返し出てくるイメージに目が留まるようになりました。例えば、家電が一般家庭に普及した時代は、多くの人々が冷蔵庫やテレビと一緒にポートレイトを撮影してるし、文化大革命以降はマリリン・モンローのポスターを貼っている部屋が多く登場する。私は、誰かひとりに焦点を絞るのではなく、小さな出来事を集めることで、普遍的な物語を創出することに興味がある」と話すソヴァンは、それらをまとめた書籍『Silvermine Albums』を2013年に刊行し、以降もファウンドフォトをソースにした作品集を作り続け、世界的に注目を集めるようになった。
「自分が残さなかったら、歴史から消えてしまうものを集めたいんです。私にとってコレクションとは、養子を受け入れているような感覚に近いかもしれません。自分も一緒に成長しながら、それらを育て、熟させるような関係でいたい。だからコレクションするだけでなく、展覧会や写真集というかたちで発表しているんです」
ソヴァンが、スタジオを埋め尽くすほどのコレクションに、今後どのような錬金術を施すのか楽しみで仕方ない。
トーマス・ソヴァン|Thomas Sauvin
フランス、パリ生まれ。アーティスト、写真コレクター。これまでに刊行した写真集に『Beijing Silvermine』、『Until Death Do Us Part』など多数。 Paris Photo-Aperture PhotoBook Awardに選ばれるなど、高い評価を得ている。
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