28 June 2018

Book Review
Emily Wei Rales

ブックレヴュー『RONI HORN』エミリー・ウェイ・ラリー
自在に領域を超越して表現する、多様性に満ちたコンセプチュアル・アーティスト

28 June 2018

Share

ブックレヴュー『RONI HORN』エミリー・ウェイ・ラリー、自在に領域を超越して表現する多様性に満ちたコンセプチュアル・アーティスト | RONI HORN 01

現代美術家として、写真を扱う作品も数多く発表し、日本にもファンの多いロニ・ホーン。アメリカのグレンストーン美術館で行われたホーンの大規模な個展に際して刊行された本書は、アーティスト自らが厳選した約30点の作品が収められているほか、展示風景やテキストが余す所なく収められた2冊組だ。特にここでは本書から写真を使ったシリーズを中心に考察し、ジャンルやメディアを横断し、ミニマムな作品群にときにユーモアさえも漂う彼女の作品における、不可思議な魅力に迫る。

レビュワー=錦多希子(POSTストアマネージャー)
企画=twelvebooks

Roni Horn(ロニ・ホーン)。ひょっとしたら馴染みの薄い名前だと感じられるかもしれないが、世界的な尺度でみれば、実はごく著名であり、そして評価の高いコンセプチュアル・アーティストのひとりだ。1955年にニューヨークで生まれ、現在もこの地を主な拠点として活動する一方で、定期的に遠征するアイスランドからも大いに影響を受けている。身を置く物理的な環境と、文学・哲学・自然科学における持続的な研究を通じて培った深い知識。これらが後ろ盾となった鋭い感受性こそ、彼女の独創的な表現を特徴づける。人間性、生態系、アイデンティティ、ランドスケープ、言語といったように多岐にわたるトピックを探索する作品群は、素材と文脈、その過程におけるオブジェクト、主題、そして鑑賞者との込み入った関係性を織り交ぜた表現が印象的だ。


RONI HORN 02

アメリカ・メリーランドのポトマックにある、広大で豊かな自然のなかにあるGlenstone(グレンストーン)美術館は、2006年に近現代美術に特化した美術館として設立された。室内空間のほか、屋外にも彫刻やインスタレーションの作品群が展示されるなど、美術史において欠かすことのできない錚々たる収蔵作品を擁する。この目覚ましいコレクションのなかに、ホーンの作品シリーズも名を連ねている。8年の歳月をかけて、彼女の多種多様な芸術的実践として結実した、あらゆるメディアの作品群を迎え入れてきた。

2017年3月から2018年1月にかけて、同館ではホーンの展覧会が開催された。グレンストーン・コレクションのなかから作家自らが厳選し、さらに設営まで手がけた、30点あまりの作品群で構成された本展を記念して刊行されたのが、この2冊組のカタログだ。

1冊目にはホーンの作品にまつわるフォト・エッセイののち、作家自らが綴ったテキストが収録される。2冊目には序文の寄稿テキストに続き、出版当時に同館が収蔵していたホーンのすべての作品(*本展で公開されなかった作品を含む)の図版が余すことなく収録される。彼女の作品が芸術的評価という軸のなかで重要な立ち位置にあるということに対する理解を促すように、複数の文脈になぞらえて作品が登場した本展の流れを汲みながら編纂された。


RONI HORN 03

本書に収録される作品図版は、大きく分けて2種類ある。ひとつめは、作品を単独で接写した写真だ。純粋に作品そのものと対峙し、こころゆくまで、そして細部までくまなく見入ることができる環境が整う。読者に作品鑑賞の追体験をもたらすということは、ごく基礎的なことではあるが、展覧会図録の根本的な役割だ。


ふたつめは、会場の展示風景写真だ。主にインスタレーションなどの体感型作品においては、空間に出現した現象をおさめた写真で記録されることが多い。そこに来場者の姿が写り込むことは、どのような働きがあるのだろう?まずは、作品の物理的なスケール感がわかる。ただ、それ以上に重要なのは、その現象が鑑賞者に及ぼす影響を客観視できることではないだろうか。従来の展示型作品のような「そこに設置して完成」というものとは異なり、ホーンの場合はインスタレーション自体が芸術的実践の延長である。そして彼女は、「『どのようにして観者が体験を紐解くか』ということは、作品の本質と切り離せない」という信念を持つ。作品を通じて投げかけた作家なりの着眼点が現象となってあらわれたとき、それがいかに観る者へ介入し、波及し、受け止められていくのか?本来ならば体験者のみが感じうる言語化できない作用を捉えるには、まさに体験中の状況を写し出した風景写真は大いに手助けとなる。それは結果として、作品の本質に対する理解へと導いてゆく。

作品のディテールに寄ったかと思えば、会場全体を俯瞰する。ズームレンズを操作するかのように視野の倍率が変化することで、読者により多くの視点を与える。


ところで、領域横断を物ともせず果敢に臨んでゆく彼女の取り組みにとって、果たして「慣例」のようなものはあるのだろうか?この答えを探るには、彼女の手法に目を向けるのがよさそうだ。

1980年代以降に度々用いる手法として、「ふたつの写真を隣り合わせに並べる」というものがある。作品の醍醐味を味わうために作家が仕込んだ美的でコンセプチュアルなしかけ、その効果は絶大で、観者に注意深くじっと物事を見つめるようにと誘い、次第に同じカテゴリーに属する物事の多様性が見て取れるようになる。

この手法を説明するうえで、アイスランドに生息する猟鳥の剥製を被写体にした写真シリーズ「bird」は外せない。一貫して剥製の後ろを眺めるアングルにより、写真の表面に不可解な形状やパターンがあらわれる奇妙なタイポロジーがあらわれる。(おそらくオスとメスが)一対になって終始展開されるため、両者の差異や類似性が際立つ。


RONI HORN 04

今度は、彼女自身のポートレイト写真で構成されるシリーズ「a.k.a.」に着目してみたい。本作は面影をほのかに残した少女時代から青年期、中年期…と、年代の異なるふたつの肖像写真が一対になって展開される。年月を経るごとにその外貌が変化するのは当然のこと。見た目のみならず、内面にだって変化があるだろう。しかし鑑賞者は、隣り合わせになった二者が同一人物だと感覚的に把握し、その前提のもとに被写体と対峙することになる。


RONI HORN 05

このように観る側の立ち位置を固定し、絶えず移ろいゆく現象を見つめてみると、普段は特段意識することのない時間の流れやそれに伴う変貌が可視化されることによって、同じカテゴリーに属する個体の多様性がより明瞭に提示される。

確実に変わりゆくものがある一方で、決して変わらないものがある。そもそも、アイデンティティとは、一体何をもって証明されるのか?そのものであるために、揺らがない定義が必要なのか?仮にそうだとしたら、それを支えるための必須条件はあるだろうか?

ホーンは作品を通じて、わたしたちにとって通念として浸透している物事に対して、容赦なく揺さぶりをかける。

RONI HORN 06

作家の内側にうごめく思想に形を授けることにより、目に見えずとらえがたい物事を体感できるようになる。これを達成するために伝達手段を厭わず、しかもその選択肢を数多く持ち、臨機応変に活用する。メディアや主題、ジャンルといったカテゴリーを軽やかに超えることは単なる気まぐれなどでは決してなく、必然性があるように思えてならない。

一人のアーティスト、2冊の本、3人の寄稿者、数多くの図版。この多様な観点の集積というのは、ホーンの作品においては典型的なものであり、彼女のスタンスにも沿うものだ。各々が個性豊かな作品シリーズをひとところに集約することは極めて困難だったろうが、これは制作者たちの編纂力あってこそ。端正なブックデザインもまた、完成度を引き上げることに一役買っている。これまでの活動を包括的に振り返るうえでうってつけの、手元に置いておきたくなるような出来栄えは見事の一言に尽きる。展覧会図録は会場に足を運んだひとがそこでの経験や気分を持ち帰るための拠り所となり、また観ることが叶わなかったひとたちのもとへ時空を超えて届けられる。書籍としての魅力にあふれた本書は、単なる資料としての範疇をゆうに超えた、作家との密な協働の賜物なのだ。

RONI HORN 07

タイトル

エミリー・ウェイ・ラリー『RONI HORN』

出版社

GLENSTONE & PRESTEL PUBLISHING

価格

9,400円+tax

発行年

2017年

仕様

2冊組ソフトカバー/184mm×245mm/220+80ページ

備考

https://ja.twelve-books.com/products/roni-horn-by-emily-wei-rales

エミリー・ウェイ・ラリー|Emily Wei Rales
1976年生まれ。アメリカ・メリーランド州の私設美術館、グレンストーン・ミュージアムの共同創立者、チーフキュレーターであり、美術史家。
http://www.glenstone.org/

錦多希子|Takiko Nishiki
1984年東京生まれ。2012年より東京・恵比寿にあるアートブックショップ+ギャラリーPOSTに勤務。店頭対応のほかに、ウェブサイト上で新着本の紹介を更新する。その傍らに、CLUÉL hommeやPen onlineでの連載、インタビュー記事・コラム執筆などを手がける。

2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。

Share

Share

SNS