Book Review
Russian Independent SelfPublished

注目のロシアのセルフパブリッシング写真集3冊

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ロシア

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ロシアのセルフパブリッシング写真集

モスクワの現代美術館でフォトフェスが2度も開催されたことに表れているように、ロシアではいままでに存在しなかった写真集文化への関心は高まっている。歴史、イデオロギー、建築、宇宙、キリル文字のタイポグラフィーとロシアで生まれるフォトブックには独特のテイストとスタイルがある。ここではカッセルのフォトブックフェスティバルの、「Russian Independent SelfPublished」によるキュレーション展示で見つけたおすすめの3冊を紹介したい。

文=浦江由美子
写真=山田梨詠

今年のカッセルフォトフェスティバルでの展示の様子

今年のカッセルフォトフェスティバルでの展示の様子

「Russian Independent SelfPublished」は、2015年に3人のロシア人女性ビジュアル・アーティスト、ナタリア・バルータ、アラ・ミロヴスカヤ、エレナ・コルキナが集まり、写真集文化の発展を目指し結成されたグループ。ロシアのアーティストの写真集を中心に、写真集文化の発展促進のため、ワークショップの開催や、国内外のフェアへの出展など精力的に活動している。今までもアムステダムのUnseen 、アルル国際写真フェスティバル、パリフォトなどにも出展し、メンバーの少なさにも関わらず、興味を持つ人は増え続けている。今年のカッセルフォトブックフェスティバルでは、Russian Independent Selfpublishedのキュレーションによって、ロシアの自費出版の写真集が紹介されていた。ここではその中で特に興味深かった3冊の写真集をピックアップする。


エレナ・コルキナ『Time of the Moon』

本書は、図書館のアーカイブやNASAから取り寄せたデータなどさまざまな出典からのイメージをデジタル撮影し、光沢のある紙にプリントした写真集はソビエト時代に未来のシナリオを掲げ開催されていたAll-Union Agricultural Exhibition(農協組合合同博覧会)がテーマとなっている。古き良き社会主義時代の象徴的な画像やパワフルなプロパガンダ・ポスター、洗練されたタイポグラフィーが並び、見る人を飽きさせない。宇宙飛行士ユーリイ・ガガーリンがスーパーマンになって空を飛んでくるパロディまでが紹介されており、当時のセンサーシップはそれほど厳しくなかったのかと思わせるほどに自由な表現が並んでいる。50冊限定で販売され、表紙には写真集の中で登場するイメージのカラーポジが50冊それぞれに、貼られている。バレエ「白鳥の湖」の象徴的なダンサーのイメージはソビエト時代、政府が何かを隠れて企てようとしている際に、お決まりのようにテレビに出てきた映像だったという。一見、自由に見えるクリエイティブな表現の中にはこうしたロシア人であれば、誰でも理解できる重く、暗い時代の過去が潜んでいる。

タイトル『Time of the Moon』には、1969年に実際に人類が月に到達する前に作家や科学者が月に行くという夢のようなシナリオを考えていたように、或いはこの本に記録されているAll-Union Agricultural Exhibitionの時代ごとのシナリオのように、現代に生きるわたしたちにもまったく新しいシナリオを考え出すことができるというポジティブで深いメッセージが込められている。


Photo zines about renovation of Moscow, curated by Russian Independent SelfPublished

Photo zines about renovation of Moscow, curated by Russian Independent SelfPublished

人口2,000万人を擁するヨーロッパの最大都市のひとつモスクワは中心部に行政地区とビジネス地区があり、1950年から70年には郊外に典型的な5階建ての団地住宅が建設された。現在、モスクワ市局は「リノベーション・プログラム」と称し、こうした建物を解体し、高層住宅を建てる計画を実施している。

この住宅団地を巡るRussian Independent SelfPublishedによるドキュメントのZINEシリーズはいままでに2冊出版されており、うちの1冊はジャーナリスティックな視点からリノベーションの反対派と賛成派の対立、モスクワ市局の姿勢、団地に住んでいる人々の幼児期のノスタルジックな写真が綴られている。もう1冊は文化人類学的な視点から、5階建ての団地をめぐる人たち、緑や庭、子供の遊び場、建築様式などの写真が並んでおり、住民のポラロイド写真や、いろいろな形のファサードを並べて見せるなど、コンパクトな本の中に情報がいっぱい詰まったZINEになっている。

建物の建て替えが進み、景観などが変わりゆく中でも、それまで住んできた人々の生活は何ものにも変えることが出来ないという静かな抵抗が込められたシリーズになっている。


ナタリア・バルータ『SEA I BECOME BY DEGREES』

『SEA I BECOME BY DEGREES』通常盤

『SEA I BECOME BY DEGREES』スペシャルエディション

スペシャルエディションの白いカバーの表紙に貼られた、砂漠に錆びた船が佇むスナップ写真はこの砂漠がたどった不思議な歴史を示唆している。1960年代の地図に、はっきりと水色で表記されているアラル海はカザフスタンとウズベキスタンにまたがる塩水の湖だった。農業や漁業で生活していた貧しいエリアであったが、生活用水や産業などで水を使いすぎたため、2012年にはほぼ何もない砂漠に変化していった。近年はこの地区に天然ガスや原油があることが発覚し、再び人が戻っているらしい。

本書の作者であるアーティストのナタリアは友人を訪ねた際に、この塩湖の過去、半世紀の変化を知った。モスクワから飛行機で3時間のタシュケントまで飛び、そこから車で4時間のアラル海跡の砂漠には貝殻や塩のかたまり、船の残骸、地元の人たちが残していった生活雑貨、生き物の痕跡が見られる。空撮のアーカイブや地図、トレーシングペーパーなど薄い紙に印刷した写真を挟むなど、繊細な作りをしたページと、茫洋としたランドスケープが印刷された見開きのページとを対象的に見せるなどデザインにも工夫がある。通常盤の表紙には、この湖に生息していたカニが大量に干上がり、赤オレンジ色の風景が広がっているというショッキングな一枚が選ばれている。