Book Review
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ブックレビュー『はな子のいる風景:イメージを(ひっ)くりかえす』
はな子との物語り

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はな子のいる風景 01

吉祥寺にある井の頭自然文化園の代名詞ともいえる存在で、人々から愛されていたアジアゾウのはな子。来日した1949年から、2016年に惜しまれながらもその生涯を閉じるまでの67年間、はな子の前で撮影された記念写真を一般家庭から公募し、集められた写真と当時の飼育日誌や新聞等の資料で構成された記録集がこの『はな子のいる風景』だ。丁寧に編まれた本書は発売直後から注目を集め、第1版は完売となった。2版の発売を機に、自身も吉祥寺に住んでいたというキュレーター、映像作家の小原真史がその魅力を解き明かす。

レビュワー=小原真史(キュレーター、映像作家)

大学院に入学してから東京を離れるまで、吉祥寺には10年間ほど住んだ。上京した弟と一緒に井の頭公園脇のマンションにいた頃は、ときおり園内を散歩したこともあったが、自然文化園には一度しか入らなかった。近くにありすぎると案外足を踏み入れないものなのだろう。夏になるとやたら蝉の鳴き声がうるさく、よく朝方に起こされたのを覚えている。大学院卒業後の見通しもなく、不安な二十代を過ごした場所だ。

はな子のいる風景 02

記録集『はな子のいる風景:イメージを(ひっ)くりかえす』(武蔵野市立吉祥寺美術館、2017年)を読んで思い出したのは、井の頭公園を見下ろす場所にあったあの部屋のことだ。本書は象のはな子の前で撮影された記念写真と同じ日に書かれた飼育日記をもとに時系列順に構成されており、それらの写真にまつわるエピソードが小冊子として付けられている。

はな子のいる風景 03

AHA!(Archive for Human Activities/人類の営みのためのアーカイブ)の手で一般家庭から集められた写真は、はな子が来日した1949年から亡くなった2016年までの計550枚。その中から被写体が正面を向いているものや撮影日がわかるもの、鮮明なものを優先して169枚が選ばれている。写真の提供者たちは、はな子の死をきっかけに自然文化園を訪れた当時のことをいろいろと思い出したにちがいない。考えてみれば、当たり前のことかもしれないが、はな子の姿がどの時代も毎日のように誰かの手によって撮影され続けてきたという事実に改めて驚かされた。はな子についての写真アーカイブの種が、一般家庭のアルバムの中に潜在していたのだ。

たしか私の実家のアルバムにも似たような写真があったように思う。ついこの間も動物園で同じような写真を撮ったばかりだ。どこの動物園でも同じだろうが、柵の内側の動物と一緒にフレームに収まることのできる位置というのは、ほぼ決まってしまうため、撮影の自由度は少ない。本書に収録された記念写真も、必然的にいくつかのポイントからの定点観測のような形になっており、金太郎飴のように似たパターンが繰り返されている。しかし写っている人たちの服装やポーズ、表情、はな子のポーズ、はな子との距離といった組み合わせで、単調な繰り返しの中に豊かなバリエーションや例外があることにも気付かされる。いや、それぞれが似ているからこそ細部の違いに目がいくのだ。

集められた際にはバラバラだった写真のサイズは統一され、モノクロ加工されて印刷されている。その写真の上にオリジナルのサイズと色で印刷された写真が張り込まれていたり、その裏側にも同じ家族の別カットや裏書きが書かれているページがあるため、読者はモノとしてのアルバムの質感を残したページをくりかえし、ひっくりかえしながら、見知らぬ家族の物語りを読み進んでいくことになる。

とりわけ一枚一枚の写真に奥ゆきを与えているのは、提供者から寄せられたコメントだ。「あなたがこれまでに失った大切なものをひとつ選んで、その経験を教えてください」という質問への答えということだが、内容は多岐にわたっている。一緒に行った家族や友人のことやその頃に起こった災害や事件のこと、成長して巣立っていった子どもたちのこと、人生における喜びや悲しみ、故人となった家族のことなど、写真の提供者の個人史とはな子が歩んできた戦後史とが横糸と縦糸のように編まれているのだ。はな子が戦後まもなくやってきて、もっとも長く生きた、人気者の象だったからこそ可能になった物語りだろう。ところどころに差し込まれた資料−−はな子の来園を伝えるチラシ、はな子を誘致する請願書、新聞記事、象舎の図面など−−も本書の「時代のアルバム」としての色彩を濃くしている所以だ。

はな子のいる風景 06


あらかじめ「語りの形」を編者の側が用意し、ともすればバラバラになりそうな個人史を「はな子との物語り」として再構成することで、地域アーカイブにありがちな無節操さを免れているように見える。また、編集過程もそこかしこに残されており、編者の名において「ファウンド・フォト」が私有されるような事態にもなっていない。

「はな子のことを思い出すと、娘の小さい頃を思い出すし、逆もそうです」という提供者の言葉によく表れているように、本書では若かりし頃や幼少期のよき思い出とともにあったはな子の喪失と、ときの経過にともなうさまざまな喪失とが重ね合わされている。死を頂点とした喪失の経験が本書に織り込まれたもう一本の糸として、バラバラの個人史を繕っているのだ。

人は皆、大切なものを失いながら自らもまた死に向かうのだろう。そして、遺された人たちがその喪失を受け入れ、消化し、物語っていくための重要な手がかりのひとつとして写真がある。おそらく読者は、見知らぬ誰かについてのページのあとに自分の物語りをそっと加えてこの本を閉じるのだと思う。

はな子のいる風景 07

【写真集プレゼント】
本書『はな子のいる風景:イメージを(ひっ)くりかえす』を1名様にプレゼント。締切は2018年11月5日(月)まで。 受付終了

タイトル

『はな子のいる風景 イメージを(ひっ)くりかえす』

企画

AHA! [Archive for Human Activities/人類の営みのためのアーカイブ]

発行

武蔵野市立吉祥寺美術館

価格

2,000円+tax

発行年

2017年(初版)

仕様

188mm×220mm/192ページ

備考

http://www.musashino-culture.or.jp/a_museum/info/2018/03/2.html

小原真史|Masashi Kohara
IZU PHOTO MUSEUM研究員として「荒木経惟写真集展 アラーキー」、「宮崎学 自然の鉛筆」展、「増山たづ子 すべて写真になる日まで」展などを担当。単著に『富士幻景―近代日本と富士の病』、共著に『時の宙吊りー生・写真・死』、『戦争と平和―〈報道写真〉が伝えたかった日本』、『森の探偵―無人カメラがとらえた日本の自然』など。監督作品に「カメラになった男―写真家中平卓馬」がある。現在、東京藝術大学・東京工芸大学非常勤講師。