9 February 2021

長坂常がおすすめする写真集3選

My Favorite Photobooks vol.6

9 February 2021

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長坂常がおすすめする写真集3選 | 長坂常

私物の写真集のなかから3冊を選書してもらい、設定したテーマやセレクトした1冊ごとの魅力について本人に話を聞く連載企画「My Favorite Photobooks」。第6回は、建築家の長坂常を訪ねた。工事現場で大工らが自らの作業効率を上げるために、無駄がなく安価でしつらえた家具や道具に魅せられたことがきっかけで、昨秋長坂が開催した「まかない家具展」。この言葉をよりどころとして、脈絡なく撮りためていた写真がぎゅっと括られひとつにつながる喜びや楽しさを知った長坂が選りすぐる写真集は、いずれも作者の視点が特段際立つ作品群が揃った。どうやら両者の視点には、相通じる感覚が備わっているらしい。期せずして、その目線の重なりを知る好機となった。

文=錦多希子
写真=広光

長坂常

テーマ:気付きをもたらし、目線を変えてくれる写真集

一言で「写真」といっても実にさまざまな切り口があるが、とりわけ長坂が興味を持つのは、「気付き」を与えてくれる作品。建築家やデザイナーとは異なる視点から物事を見つめる写真家のまなざしに、度々感心させられることもあるという。今回の3冊は、偶然写し出された人間模様に遭遇できるユーモアに溢れた松江泰治の『cell』。マライケ・ファン・ヴァルメルダムが田園風景に身を置いて鏡を持ち、鏡面に映る情景とともにその場面全体を写し出そうと試みる言葉のない絵本『Het schaap en de zwaan, de zwaan en het schaap』。スウェーデンを拠点とする写真家モルテン・ランゲが独自の観点を頼りに世界各国の都市景観をとらえる『THE MECHANISM』。めいめいの独特な着眼点が色濃く現れるラインナップを通じて、長坂が何気なく抱き続けてきた、実は自身のものづくりにおいても非常に大事にしている「目線」が浮かび上がってきた。

実はあまり物欲がなく、本当は何もいらない性分だと自認する長坂も、アイディアというものには目がない。己の記憶力では到底全てをつなぎ留められないから、記憶するために写真集を買ったり、写真を撮る。また、購入する行為には、表現者に対する称賛の意も込められているが、この本においても例外ではない。「普通、ポートレイトだったら撮られていることがわかっているだろうけれど、これらは誰も撮られることを想定していない。そうした、ある一瞬がとらえられているのがすごくおもしろいです。無防備な感じがブレてないですよね。『こんな目線ってあったんだな』と気付かされました」。誰にだってできることや当たり前のこと、何となく体感として味わっていても誰も着手してこなかったことを表現へと落とし込む。「こういうのが大事な作品性ですよね。職能は異なりますが、同じ職種と思ってやっています」。同じような目線を持ちあわせているからこそ、普段の生活のなかで刻まれている物事をうまく切り取って再認識させてくれるような写真作品が気に留まるのだろう。

タイトル

『cell』

出版社

赤々舎

発行年

2008年

仕様

ハードカバー

URL

http://www.akaaka.com/publishing/books/matsue-cell.html


「LLOVE」プロジェクトをはじめとして、オランダとの関係性が深い長坂。大事な友人であり、ロイドホテルのディレクターを務めたスザンヌ・オクセナーから贈られたのがこの本だ。当人をとりまく景色と、鏡のなかに広がる世界とが同時に被写体となって現れる。「鏡に映る情景が動いていたら自然ですが、写真では動きが止まっている。その瞬間を見せられると、すごく不思議な風景に思えるのでしょうね。ごく当たり前のことなのに、全然気付いていなかった……とショックを受ける。そういうふうに目線を変えてくれるものが基本的に好きなんです」。事務所設立20周年を迎えた2018年には、所員全員を連れて訪蘭。簡易的な仮設の寝床をつくって寝泊りをし、合間に友人たちが手がけたホテルやアトリエを訪ねた。「緻密に積み上げていく日本とは真逆で、オランダは割り切りがいいが、価値がなければ全く評価にならない。彼らのありようを傍らで見させてもらったいい旅でした」。彼らとまたいつか、一緒に何かプロジェクトをやろうとタイミングを見計らっているのだそう。実現が待ち望まれる。

8日間にわたりオランダ各地をめぐったツアーの集大成ともいえる冊子「Still in LLOVE」。

8日間にわたりオランダ各地をめぐったツアーの集大成ともいえる冊子「Still in LLOVE」。

タイトル

『Het schaap en de zwaan, de zwaan en het schaap』

出版社

Uitgeverij van Waveren

発行年

2005年

仕様

ハードカバー

URL

https://marijkevanwarmerdam.com/het-schaap-en-de-zwaan-de-zwaan-en-het-schaap-the-sheep-and-the-swan-the-swan-and-the-sheep/


必要な機能を備えて設置された電柱や駅の構造は、長坂の心を掴んで離さない。普段から街中を見て歩くことを好み、気になった構造物を見つけては記録を兼ねて撮影するのだと嬉しそうに語ってくれた。「『これはすごい』と思って写真に撮っても、その瞬間に愕然とするんです。写真家の作品って見事ですよね。当人が思った以上にちゃんと的確にとらえている。そういう意味で言うと、この人の写真はいいなって思って見ていました。僕の目線ともすごく似ている。よく見てるなあと感心します」といって、この本を手元に寄せた。人に見られることすら想定されていないであろう視点が、鋭く盲点をつく。ページをめくりながら、現代的なビルの一部に顕在化した三角形の部分に着目した構図の作品を指差す。「設計士はこんなふうに見えることなど想像していないでしょうし、この視点は持ち得ていないはず。そういうところを見つけてニンマリする人はいるでしょうけれど、それを撮って写真集にしてしまうこと自体がすごい。たとえ同じ目線を持っていても、僕は絶対に写真作品になどできないです。まさに、写真の質ですよね」。

タイトル

『THE MECHANISM』

出版社

MACK

発行年

2017年

仕様

ハードカバー

URL

https://ja.twelve-books.com/products/the-mechanism-by-marten-lange

長坂常

長坂常|Jo Nagasaka
1998年東京藝術大学卒業直後にスタジオを立ち上げ、シェアオフィス HAPPAを経て、スキーマ建築計画を設立。 仕事の範囲は家具から建築まで幅広く及び、どのサイズにおいても 1/1 を意識した設計を行う。2013年には「タケオキクチ渋谷明治通り本店」がJCD デザインアワードで金賞を獲得。近年では、清澄白河や青山、中目黒などの「ブルーボトルコーヒー」の店舗設計を手がけ、話題となった。

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