19 May 2021

平林奈緒美がおすすめする写真集3選

My Favorite Photobooks vol.9

19 May 2021

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平林奈緒美がおすすめする写真集3選 | 平林奈緒美

私物の写真集のなかから3冊を選書してもらい、設定したテーマやセレクトした1冊ごとの魅力について本人に話を聞く連載企画「My Favorite Photobooks」。第9回は、パッケージデザインからファッションブランドのロゴ、ラベルのデザインを手がけ、アートディレクター/グラフィックデザイナーとして活躍する平林奈緒美を訪ねた。自らを「時間貧乏」と称す平林は、多忙な中で、仕事以外に写真集を見ながら感慨に浸るようなことは皆無だという。それでも何度も見てしまう写真集は、普段は立ち入ることのできない施設や場所を写したもの。それらは平林にとって「夢みたいな場所」だという。

文=小林英治
写真=川島宏志

平林奈緒美

テーマ:機能的なデザインに出会える写真集

紹介してくれた3冊は、入念なリサーチをもとに写真とテキストを使ってさまざまな世界の仕組みを解き明かすアメリカのアーティスト、タリン・サイモンが、「隠された未知なる場所」の写真を撮影して同一フォーマットで羅列した『An American Index of the Hidden and Unfamiliar』。ハイキーな白い光が特徴的な風景写真で知られるイタリアの写真家、ウォルター・ニーダーマイヤーが、ドイツのある病院内を撮影した『RAUMFOLGEN』。そして、ドイツの慈善団体が、運営する病院の内部を3人の写真家に依頼して撮影された記録写真を、3つの異なるテキストとともに編集し、病院にまるわる多様なイメージとコンテクストを浮かび上がらせた『Im Krankenhaus』。平林によれば、公開を目的に作られたのではない空間には、シンプルで機能的なデザインを見つけることができるという。そこには、写真の鑑賞とは異なるデザイナーならではの独自の視点があった。

平林が以前から注目していて作品集をいくつか持っているというタリン・サイモンは、自らのプロジェクトにかける労力のうち、その9割はリサーチや撮影許可を得るための交渉にかけるという。本書は、9.11後にアメリカ政府が国外で大量破壊兵器を懸命に探していた時期、彼女が一般市民と特権階級の間に引かれた“知る権利”の境界を探ろうと、国内の「隠された未知なる場所」を訪れ撮影した写真と、その場所を説明するテキストとともに1冊にまとめた作品集。「普通の人がアクセスできないところや施設の裏側を覗いてみたいという欲望は私も強くて、海外に行くとそういう特別なツアーに参加することもよくあります。ここに収められているのは、例えば核廃棄物の貯蔵管理施設、アート作品がたくさん飾られているCIAの施設、処女膜を再生する手術を行っている病院、視覚障害者のための図書館にある点字の『プレイボーイ』など。実はこの『プレイボーイ』は私も持っています。中は写真がなく真っ白で、点字しかないんです」。作品集の表紙にはイメージはなくタイトルが金で箔押しされているだけで、百科事典のような佇まいも印象的だ。「この造本とデザインも好きです。基本的に写真の対向ページは白くあいていて、ほかのものが目に入らないようになっています。ひとつの場所につきほとんどが一枚の写真だけで、ほぼ同じ文字数で説明が書いてあって、すべて同じフォーマットで淡々と並んでいるのがいい。まさにインデックスですよね。一枚だけを見たり、テキストがなければ意味がない本ですが、全体として塊になることですごく意味が出てきます」。

タイトル

『An American Index of the Hidden and Unfamiliar』

出版社

Steidl

発行年

2007年

仕様

ハードカバー

URL

https://steidl.de/Books/An-American-Index-of-the-Hidden-and-Unfamiliar-0310222632.html


良い意味で「デザインされていない」と感じられる工場や倉庫が大好きだという平林は、普段使用する身の回りの物も、加飾されていない業務用のプロダクトを愛用している。そんな平林にとって、機能的な美しさに満ちた空間のひとつが病院だという。「この写真家は雪山のゲレンデのパノラマ写真などで知っていましたが、これは彼が同じ手法でドイツにある病院の中を撮った写真集です。ロビーから待合室、手術室、病棟、遺体安置所と、病院内のいろんな場所を撮っているんですが、光源がいろいろあるはずなのに全部ハイキーでとばして、フラットに白のテンションが淡々と続いているのが気持ちいいんです」。さらに平林が注目するのは写っている病院内のサインや文字の書体、什器などのインテリアだ。「色の使い方だったり、書体だったり、インテリアの質感や整理の仕方をつい見てしまいます。考えてみると、私のデザインのネタ元になってる部分もあるかもしれないです」。ちなみに平林は、治療のために病院を訪れるのは大嫌いだという。

平林奈緒美

タイトル

『RAUMFOLGEN 1991-2001』

出版社

EIKON

発行年

2001年

仕様

ソフトカバー

URL

https://www.eikon.at/content/en/zeitschrift_detail.php?sonder_id=22


もう1冊も病院で撮影された写真集を選んでくれた。「『Im Krankenhaus』というドイツ語のタイトルは、英語でいうと「In hospital」、シンプルに「病院にて」という意味です。実はこの写真集には元ネタがあって、1993年にオリジナル版が出ています。私はこの本で初めてその存在を知ったんですが、オリジナル版は写真がティム・ラウタート、デザインをオトル・アイヒャーがやっていて、二人が組んだ最後の本らしいんです。この本は、25年後に同じ病院の中を、写真家3人が撮った写真をミックスして作られています」。3者による写真は、病院内の日常、医療従事者のポートレイト、患者や施術の様子、最新の医療機器など、被写体や場面の切り取り方もさまざまだが、平林が惹かれるのは、やはり写り込んでいる機能的なデザインのディテールだ。「同じ病院でも先ほどのニーダーマイヤーの写真と違って、もっと記録的なシーンが多いので参考になるところがいっぱいあります。載っている文章もたぶん重要なんですけどドイツ語で読めないからわかりません。この写真だけをこんなに見ているのは私だけかもしれませんね(笑)」。見る人によって違ったとらえ方ができるのも写真の尽きない魅力のひとつだ。この夏に事務所の引っ越しを予定しているという平林だが、これらの写真集が移転先のインテリアの参考になるのかもしれない。

平林奈緒美

タイトル

『Im Krankenhaus』

出版社

Spector Books

発行年

2018年

仕様

ハードカバー

URL

https://spectorbooks.com/im-krankenhaus

平林奈緒美

平林奈緒美|Naomi Hirabayashi
東京都生まれ。1992年、武蔵野美術大学空間演出デザイン学科卒業後、株式会社資生堂宣伝部入社。2002年よりロンドンのデザインスタジオ「MadeThought」に1年間出向後、2005年よりフリーランスのアートディレクター、グラフィックデザイナーとして活動を始める。これまでの主な仕事に、la kagu、UNITED ARROWS、ARTS & SCIENCEなどのアートディレクション、矢野顕子や宇多田ヒカル、サカナクションなどのCDジャケットデザイン、書籍や雑誌の装丁などを手がける。主な受賞に、NY ADC金賞 / 銀賞、British D&AD銀賞、JAGDA新人賞、東京ADC賞などがある。

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