私物の写真集のなかから3冊を選書してもらい、設定したテーマやセレクトした1冊ごとの魅力について本人に話を聞く連載企画「My Favorite Photobooks」。第10回目のゲストは、2021年、英訳版『おばちゃんたちのいるところ――Where The Wild Ladies Are』で世界幻想文学大賞・短編集部門を受賞した作家、翻訳家の松田青子。昨年も、短編集『男の子になりたかった女の子になりたかった女の子』、文庫『女が死ぬ』、エッセイ『自分で名付ける』を刊行し、世界でも注目を集める松田に、創作のインスピレーションを与えてくれる写真集について話を聞いた。
文=竹花帯子(エトセトラブックス)
写真=大久保歩
テーマ:これまでの見方や価値観を変えてくれる写真集
美術展や写真展に行くのが好きで、写真集もよく見るという松田は、その理由として「ただ見て楽しいということもあるけど、創作のアイディアが浮かびやすい場や時間なんです」と話す。作品を前に、ただじっと見つめたり、これはどういう作品なのかと考えたりしているうちに、ふとアイデアやフレーズが浮かぶことがあるそう。写真は作家の経歴や作品の意図を調べて、”答え合わせ”をすることはあまりなく、写真集は書店やミュージアムショップで偶然出会ったものを買うことが多いという。そんな彼女が今回選んだのは、どれもアイデアやコンセプトがおもしろい写真集だ。ワンアイデアで撮影された写真集『BEARS』と『PLAYGROUND』。ミニチュアのモデルセットの中で少女たちを撮影した『TEENAGE STORIES』。1900年から1960年までの同性愛者カップルの写真を収集した『The INVISIBLES: Vintage Portraits of Love and Pride』。「なんでおもしろいのか、本当はあんまり言語化する必要もないんですけど……」と前置きしながら、その言葉にしがたい魅力を語ってくれた。
ケント・ロゴスキーの写真集『BEARS』で写されるのは、背中を切り裂いて綿をぬき、裏返して再び縫製したテディベアたち。解体されたくまのぬいぐるみはまるでモンスターのようで、ちょっとこわい。「私たちがすっかり慣れきってしまっている物事が、作者のアイデアによって、まったく違う様相を見せるのが好き」と松田は言う。
松田青子の小説には、読者を異世界に連れてくような寓話、奇妙な物語が多い。『おばちゃんたちのいるところ――Where The Wild Ladies Are』では、皿屋敷のお菊や八百屋お七といった「異形のもの」たちの楽しそうな姿が描かれた。「ベタなほどにかわいいくまのぬいぐるみが、裏返されることによって異形のものになるんです。ひっくり返すことでそのぬいぐるみのコアの部分というか、新たな顔が見えるんですよね」。
ジェームズ・モリソンが世界各地の学校の校庭の様子を切り取った『PLAYGROUND』も、ワンアイデアの写真集だ。イギリスから始まり、ケニヤ、インド、イスラエル、ブータン、アメリカなど、十数カ国の校庭や遊び場で子どもたちが遊ぶ様子がとらえられている。中にはガザ地区やヨルダンの難民キャンプのほか、日本の写真も。「学び場のプレイグラウンドを撮る、という同じルールのもとに撮られたシリーズで、子どもたちが遊んでいるだけなのに、一瞬で人種や階級の違い、貧富の差を浮き彫りにしてしまう。プレイグラウンドは、遊ぶという無防備な行為のための場所だけれど、同時にすでに社会的な場になっている」。
子どもたちの遊ぶ姿は、見る人それぞれの記憶を喚起する。「個々の子どもたちが何をしているのか細かく見ているだけでも飽きないし、遊びと暴力の境界線について考えさせられる瞬間もある。子どもたちが生きている場所の複雑さが一枚の写真に刻みつけられていて、単純なようで、そうでない」。
タイトル | 『BEARS』 |
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出版社 | powerHouse Books |
発行年 | 2007年 |
仕様 | ハードカバー/72ページ |
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タイトル | 『PLAYGROUND』 |
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出版社 | Aperture Foundation |
発行年 | 2015年 |
仕様 | ハードカバー/136ページ |
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ジュリア・フラートン=バッテンの『TEENAGE STORIES』には、ミニチュアセットの中でポーズをとる少女たちの写真などが収められている。「小さく、非力な存在とされている少女のサイズが「普通」よりも大きく見えたり、数が増えたりするだけで、異形となり、その場を制圧する、何かよくわからないものになる。彼女たちがやっていることはいつも通りなのに。その違和感に惹かれます」。ショッピングカートを押して歩いたり、靴についたチューインガムを取ろうとしたり、水に浮かんだり、ただ座っていたりする巨大な少女たちからは、どこか不穏さが漂う。松田はこの写真集を「文学的で、ひとつひとつの作品から短編小説が書けそう」だと話す。「写真家の美意識を感じさせる作り込まれたファンタジーにも見えるんですけど、独特のユーモア感覚もあって。子供時代ってなんだか説明がつかないような瞬間があるじゃないですか。そういう瞬間を再構築しているのかなと」。
水着姿やミニスカートの少女の写真も多いが、性的なニュアンスは感じられない。「これらの要素を有しながら性的にならないバランス感覚がすごい。写真家自身がかつては少女だったわけで、少女の在り方を被写体というより、内側から撮っているような感じがあります。少女という存在を再解釈することで、新しい意味や可能性を生みだすような表現のバリエーションを提示してくれます」。
タイトル | 『TEENAGE STORIES』 |
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出版社 | Actes Sud |
発行年 | 2007年 |
仕様 | ハードカバー/99ページ |
松田が2017年にイギリスのテート・モダンで開催された「Queer British Art」展に行き、ミュージアムショップで出会った写真集だ。1900年から1960年という、いまよりさらに同性愛者がクローゼットに隠れていなければならなかった時代の、ゲイやレズビアンカップルたちのプライベート写真が収録されている。「すでに亡くなられていて、もう語ることができない、“見えない者”であることを余儀なくされていた人たちの、幸福な瞬間が収められています。驚いたことに、これらの写真はすべて作者がフリーマーケットやガレージセールから発掘したものだそうです」。
どの写真も生き生きとしていて、写っている人たちの親密さをうかがわせる。「作者自身も、苦しみ、権利を求めてたたかう、といった当時の彼ら、彼女たちのイメージを覆されたと前書きで書かれていますが、どれも幸せな写真ばかりで。信頼できる人たちだけの空間で密かに撮った写真だと思うんですが、写真館のような場所で撮っているものもあるそうです。大胆な、ふざけた写真もあるし、すごく楽しそうで、切実な喜びに溢れています」。
タイトル | 『The INVISIBLES: Vintage Portraits of Love and Pride』 |
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出版社 | Rizzoli |
発行年 | 2014年 |
仕様 | ハードカバー/144ページ |
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松田青子|Aoko Matsuda
1979年、兵庫県生まれ。同志社大学文学部英文学科卒業。2013年、デビュー作『スタッキング可能』が三島由紀夫賞及び野間文芸新人賞候補となり、2014年にTwitter 文学賞第一位。2021年に短篇「女が死ぬ」がアメリカのシャーリイ・ジャクスン賞短篇部門の最終候補に、2021年に『おばちゃんたちのいるところ』がレイ・ブラッドベリ賞の候補となったのち、ファイアークラッカー賞、世界幻想文学大賞を受賞。その他の著書に『英子の森』『持続可能な魂の利用』『男の子になりたかった女の子になりたかった女の子』『女が死ぬ』、翻訳書にカレン・ラッセル『狼少女たちの聖ルーシー寮』『レモン畑の吸血鬼』、アメリア・グレイ『AM/PM』、ジャッキー・フレミング『問題だらけの女性たち』、カルメン・マリア・マチャド『彼女の体とその他の断片』(共訳)、エッセイ集に『ロマンティックあげない』『じゃじゃ馬にさせといて』『自分で名付ける』などがある。
今回の取材場所:
エトセトラブックスBOOKSHOP(東京都世田谷区代田4-10-18ダイタビル1F)
https://etcbooks.co.jp/