8 June 2022

写真家&kudos/sodukデザイナー
工藤司のおすすめ写真集4選

My Favorite Photobooks vol.11

8 June 2022

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写真家&kudos/sodukデザイナー工藤司のおすすめ写真集4選 | 写真家&kudos/sodukデザイナー工藤司のおすすめ写真集4選

私物の写真集から選書してもらい、その魅力について話を聞く連載企画「My Favorite Photobooks」。第11回目のゲストは、ファッションブランドkudos及びsodukのデザイナー・工藤司。ファッションデザイナーとしての活動に留まらず写真家としての顔も持ち合わせる工藤は、親交が深い写真家たちと写真展を行ったり、写真集の出版レーベル「TSUKASA KUDO PUBLISHING」を立ち上げるなど、精力的に写真と向き合っている。彼はこれまでにどのような写真集に触れてきたのだろうか? 工藤が写真集に向ける眼差しからは、写真集への思いだけでなく、人との出会いや関わりを大切にする飾らない人柄が感じられた。

文=原知慶
写真=瀬沼苑子

テーマ:境目で揺さぶりをもたらすもの

意外にもファッションデザイナーより、写真家としてのキャリアの方が長いという工藤。10年ほど前に初めて発表したセルフポートレイト作品が、オランダのゲイカルチャーマガジン『BUTT magazine』に掲載された。それ以降、自身のブランドの撮影を手がけるほか、国内外のDAZED KOREA、i-D、VOSTOKなどさまざまなメディアでも写真を発表している。自身のセクシャリティを公表している工藤は、既存の価値観やジェンダーにカテゴライズされない存在が、境目から揺さぶりをかけることに対してこれまでの価値観そのものを転換させるような特別な意味を感じているという。今回工藤が選んだ写真集は、ゴーシャ・ラブチンスキーの初写真集『TRANSFIGURATION BOOK by Gosha Rubchinskiy』、ラリー・クラークとJWアンダーソンのコラボレーションによって実現した『The Smell of Us』、ヴァルター・ファイファーの『Pfeiffer/Wittwer』、そして彼にとって格別な思い入れがある森栄喜『intimacy』。

『TRANSFIGURATION BOOK by Gosha Rubchinskiy』

「ファッション写真が“ファッション写真”以上のものにはなり得ないという空気感にずっと違和感を抱いていました。もっとさまざまな評価軸があってもいいのではないかと、境目にいるフットワークの軽い人たちに自然と関心が向くようになりました」。工藤は2012年に『TRANSFIGURATION BOOK by Gosha Rubchinskiy』を手に入れた際、ラブチンスキーの存在に大きな衝撃を受けたという。本書は、ロシアの人工島に建設されたスケートパークで撮られたスケーターのポートレイトやローマ彫刻、絵画、ビデオキャプチャされた画像などのイメージによって構成されている。ユースカルチャーとストリートが育んだコミュニティにある無二の雰囲気、一方でその背景にあるソ連とロシアの文化圏を形成した歴史を感じさせる写真は、ファッションデザイナーとしての関心や表現以前に一人の若者の移りゆく目線を追体験させる。

「モデルがゴーシャの衣服を着ているか否かに関係なく、一括りにできない数々の写真にはファッションが成立している。それと同時に、これらの写真で写しだされたあらゆる要素は、ファッションとは何なのかという根底そのものを揺るがしかねない、決定的な危うさとも言い換えられるのではないか、とも感じました」。また工藤はこの写真集で、パブリッシャーとして携わっている山﨑潤祐(『FREE MAGAZINE』、現『198201111959』編集長)の存在を知った。「この本に出会ってから、修行先のヨーロッパから日本に帰ったら、まず山﨑さんに作品を見せようと決めていました」。山﨑にコンタクトを取ったことがきっかけで、コレクション作品の展示を始め、ブランド設立への道が切り開かれたという。工藤にとってこの出会いは、現在の活動を運命付ける転機となった。

TRANSFIGURATION BOOK by Gosha Rubchinskiy

タイトル

『TRANSFIGURATION BOOK by Gosha Rubchinskiy』

出版社

JUNSUKE YAMASAKI

発行年

2012年

仕様

ソフトカバー/130ページ


『The Smell of Us』

次に紹介してくれたのは、2015年にニューヨークのカルチャーマガジン『Document Journal』の付録として発表された、ラリー・クラークが監督を務めた映画『The Smell of Us』とJWアンダーソンのコラボレーションによって制作された1冊。2014年に公開されたこの映画は、パリでストリートカルチャーと共に暮らすティーンエイジャーの姿をクローズアップし、純粋であり繊細かつ過敏な若者の日常から、どこか危うさを感じさせる日々を描いている。しかし、ビデオチャットで行われるセックスやドラッグハイなどの描写があまりに過激だったため、日本では公開が見送られたそうだ。

この写真集では、実際の映画のカットとアンダーソンによってスタイリングされ、映画の登場人物たちのファッション写真が混在している。映画と本作中で登場するモデルやロケ地が共通し、どのカットからも撮影者であるクラークの世界観を感じさせるため、どこからが映画でどこからがクラークの写真作品であるのか、その境目は一目では見分けられないほど交錯している。アンダーソンの服を使ったシューティングでありながらも、同時にクラークの作品であるということを観賞者により強く印象付けるような一枚として、窓辺に佇む男性モデルがパンツのチャックを開けながらこちらを見ている写真と工藤は話す。「この写真からはクラークのリアリティとエゴイズムが渾然一体となった感じがして、彼が描く危うい男性像、中性像に共感を覚えました。初めて見たとき、ファッションストーリーを超えたすごさに衝撃が走ったんです。この作品のように作り込んだ世界観と、その空間全体を包みこむ空気感が混ざりあったファッションシューティングをすることが、僕の目標です」。

タイトル

『The Smell of Us』

出版社

Document Publishing, LLC.

発行年

2015年

URL

https://www.documentjournal.com/2015/04/document-ss-2015-come-here-look-back-move-forward/


『Pfeiffer/Wittwer』

友人からプレゼントで貰った『Pfeiffer/Wittwer』は、工藤が好きだというスペインのインディペンデントマガジン『EY!』の編集長、ルイス・ベネガスが手がける書籍版『EY! BOY COLLECTION』の第3弾にあたる。一人の青年を一人の写真家が撮影するこのシリーズで、写真家、ヴァルター・ファイファーが俳優のアントナン・ヴィットヴァーをモデルに迎え作り上げた1冊だ。

「ファイファーのことを一言で説明するのは難しいですが、彼のことは“最高の趣味人”だと思っています」。自宅に作り上げたアトリエを舞台にしたファイファーの写真には、ホチキスで壁に貼りつけたカラフルな布の背景やビーチパラソル、バナナなど目を引くキャッチーなアイテムが揃う。エレガンスかつ刺激的なフェティシズムが漂う写真からは構図の面白さだけでなく、ゲイであることを公に理解されるまでに多くの抵抗と偏見があり、セクシャリティへの差別が強い社会において、クローゼットの中でこのような創造的な活動が行われていたことの意義について考えさせられる。特に工藤は、ファイファーが自身の秩序で空間を支配すること、いわば「環境そのものをスタイリングすること」に、ほかのフォトグラファーにない遊び心と狂気を感じたそうだ。「日常にあるものがフォーカスされ、彼の中でのセットアップが組まれている。これらの写真にはプロップもスタイリングもないけれど、自らの手で創意工夫してまとめ上げる力強さに胸を打たれました。自分自身で空間全体を触ろうとして、手の届くところだけを描写するファイファーはコミュニティを作る人だともいえます」。

タイトル

『Pfeiffer/Wittwer』

出版社

Luis Venegas

発行年

2016年

仕様

ハードカバー/100ページ

URL

https://byluisvenegas.myshopify.com/products/ey-boy-collection-volume-1-no3-antonin-wittwer-by-walter-pfeiffer?variant=15309914636337


『intimacy』

2013年に出版され、本作で第39回木村伊兵衛写真賞を受賞した森栄喜の『intimacy』は、森がある一人の男性と親しくなり、恋人として共に暮らした約一年間の記録を収めた個人的な作品集だ。カップルが築く普遍的な日々の景色が写され、パートナーの素の表情と眩いほど鮮やかな光が印象的である。実は被写体であり、当時の森のパートナーが工藤だった。「この年にゲイであることを公言した写真が日本で生まれていることはとても画期的で、客観的に見ても貴重なことだと思います」。

「表情ができる前の原初的な素顔を撮るのが好き」という工藤にとって、日常的に写真と接したり、被写体として過ごした経験は、撮られている側の意識について考える機会でもあった。「カメラという異物を向けられたときに、あたかも“撮られてないですよ”という自己暗示をかけた立ち振る舞いをすることがありました。意識を向けられる前の表情をカメラでとらえることを、被写体として感じたというか。被写体として体験した駆け引きは、逆説的に写真を撮ることの勉強になりました」。時には工藤から撮ってほしいカットの提案や、意識的に一瞬の隙を与える場面もあり、コミュニケーションの積み重ねが被写体と撮影者の境界を越えるものとなった。この写真集が完成した一カ月後に工藤は留学のため渡欧。アルバムのように時間と記憶を編んで綴られたこの本の存在には、ひと掬いでは拾いきれないほど多様な意味が込められているようだ。

「僕はこの本を通して、ひとつの価値の転換点に立ち会えた気がしています。僕自身も服や写真を通して、誰かの価値の転換点になれたらいいなと思っています」。

intimacy

タイトル

『intimacy』

出版社

ナナロク社

発行年

2013年

仕様

ソフトカバー/264ページ

URL

https://nanarokusha.shop/items/5a013ea1428f2d16160036a5

工藤司|Tsukasa Kudo
沖縄県出身。早稲田大学卒業後、ベルギーのアントワープ王立芸術アカデミー中退。「クードス(kudos)」「スドーク(soduk)」のデザイナー。写真家としても活動する。2020年に出版事業「TSUKASA KUDO PUBLISHING」を始動し、『TANG TAO by Fish Zhang』を出版。

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