パンデミックの影響で人と物の流れが制限され、写真シーンにもその影響は表れている。ニューヨークの写真専門書店Dashwoodに勤める須々田美和が売り場にいて改めて感じるのは、実際に写真集を手に取って鑑賞する行為が作品に対する理解や愛を深めるのにいかに役立つかだという。作品が断片的に切り取られて紹介されるインターネットやSNSとは異なり、写真集は作家のビジョンを総合的に表現した集大成といえる。須々田による連載「ニューヨーク通信:Photobook Now」では、現地で話題になっている新刊3冊を紹介。そして、そのうち1冊の関係者によるショートインタヴューも掲載する。作り手と交流できる場が少なくなっているいまだからこそ、生の声もお届けしたい。
インタヴュー・文=Miwa Susuda
撮影=森山綾子
協力=Dashwood
連載第6回では、小説家と写真家のコラボレーションシリーズ『The Gould Collection』の最新刊『Falsification(改竄)』、イタリアへの強い愛から生まれた写真集『Napoli, Napoli, Napoli』、写真評論家の秘蔵のコレクション集『The Drawer』と趣が異なる3冊を取り上げる。最初に紹介する『Falsification(改竄)』は、小説家の川上弘美とアルゼンチン出身の写真家、セバ・カーティスの共作。ビデオインタビューでは、発行人のラセット・レダーマンが2人を選出した理由や本書の魅力を解き明かしてくれた。2冊目は、イギリス出身の写真家ブレット・ロイドがファッションフォトグラファーとして有名メゾンのキャンペーンを手掛ける多忙な日々を過ごす中、どのような経緯を経てイタリアのナポリに魅了され本作の出版に至ったかを紹介。最後の1冊は、70年代からイースト・ビレッジに居を構え、ピーター・ヒュージャーと親交があった写真評論家ビンス・アレッティのプライベートコレクション集。ユニークで多彩な本作りを模索する、現在の出版の傾向を検証する。
セバ・カーティス 川上弘美『Falsification(改竄)』
2015年に逝去した写真と文芸書のコレクター、クリストフ・クリゾンへの追悼の意を表して発足されたシリーズ『The Gould Collection』の6冊目となる写真集。毎年刊行される本シリーズは、ひとつのテーマに掲げ、作家と写真家を選出。言葉とイメージの合間にある感覚や、その可能性の広がりを模索する。本書は、自身の選択、もしくは強制的に変わってしまった現実を通して、私たちが”普通”だと思っている状態や記憶の不確かさ、存在自体の危うさを問う作品である。コロナによって生活が無意識レベルでも、実感するレベルでも変わった昨今、まさにタイムリーな1冊といえよう。母国アルゼンチンの政治・経済危機をきっかけにヨーロッパへと渡り、バルセロナに不法移民として5年間滞在していたセバ・カーティス。社会的に危うい存在となった経験を表現した彼の実験的な作品と、川上のマジックリアリズムとファンタジーあふれる世界観が見事に合わさり、「存在・記憶の改竄(かいざん)」という挑戦的なテーマに迫っている。
タイトル | 『Falsification(改竄)』 |
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出版社 | The Gould Collection |
発行年 | 2022年 |
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ブレット・ロイド『Napoli Napoli Napoli』
2010年に初めて訪れた海辺の町、ナポリの美しさと人々の明るさに魅了されたブレット・ロイド。以来、コマーシャルの仕事に追われながらも、毎年夏になるとナポリに赴いたイギリス出身の写真家が、同地への熱い想いを詰め込んだ1冊。海辺で戯れる少年少女や年老いた漁師、古代遺跡や魚を撮影した写真など、そこで暮らす人々の暮らしを切り取った写真が、大きなフォーマットに裁ち落としで掲載されている。また、ネオレアリズモ(第2次大戦直後イタリアに興った潮流)のモノクロ映画の構成にヒントを得て、ナポリの人たちが日の出から日没までを過ごす様子をシンプルに辿り、カラー写真は含まず、クラッシックな雰囲気を醸し出す工夫をした。そして、何よりロイドがこだわったのはメイド・イン・イタリーの写真集にすること。気鋭のクリエイティブエージェンシーMACSIOTTI にデザイン、タイトル文字をイタリア人クリエイターのジオ・パストーリに依頼し、印刷もイタリアで行うことで、同国の空気感が感じられる写真集を完成させた。近年、歴史やジェンダー、環境問題など社会的な問題を問う写真集が多くを占める中、作家の情熱や喜びをストレートに表現する本書からは、ロイドが自身の作品を信じる潔さを感じる。パリフォト期間中にMichel Rein Galleryで開催した写真展を皮切りに、ミラノ、ロンドン、ニューヨークを巡ってサイン会を開催し、作品を積極的に紹介しようとするロイドの姿勢から、作家としての責任を完うしようとする熱意が伝わってくる。
タイトル | 『Napoli Napoli Napoli』 |
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出版社 | Morel Books |
発行年 | 2022年 |
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ビンス・アレッティ『The Drawer』
雑誌『Artforum 』や『The New Yorker』に寄稿する写真集や展示会の批評が、写真家やコレクターに多大な影響力を持ち写真界のご意見番的存在のビンス・アレッティは、写真集や写真作品のコレクターとしても知られる。そのコレクションの徹底ぶりは、雑誌や新聞、展覧会のフライヤー、ポスターの写真部分を切り抜いて集めるほど。『The Drawer』では、コレクションの醍醐味を伝えるため、切り抜き写真が保管されている戸棚の引き出しを俯瞰で撮影した。戸棚の大きさとほぼ変わらない書籍のサイズ(56×37cm)から、アレッティのコレクターとしての視点をリスペクトする出版社の姿勢が感じられる。アレッティのファンタジーが反映されたスポーツ選手や男性ヌードの写真のほか、リチャード・アベドンやアーヴィング・ペンなどのファッション写真などが、カテゴリー分類されずに収められている。クレジットや解説文などは省かれ、写真だけにフォーカスしているのは、写真の価値を決めるのは、掲載された本の価格や作家の名前ではなく、写真自体にあると信じるアレッティの考えの表れである。
タイトル | 『The Drawer』 |
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出版社 | Self Published Be Happy |
発行年 | 2022年 |
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須々田美和|Miwa Susuda
1995年より渡米。ニューヨーク州立大学博物館学修士課程修了。ジャパン・ソサエティー、アジア・ソサエティー、ブルックリン・ミュージアム、クリスティーズにて研修員として勤務。2006年よりDashwood Booksのマネジャー、Session Pressのディレクターを務める。Visual Study Workshopなどで日本の現代写真について講演を行うほか、国内外のさまざまな写真専門雑誌や書籍に寄稿する。2021年より、ニューヨークのPenumbra Foudnationでワークショップを開催し、ニューヨークの美術大学Parsons School of Designの写真学部のポートフォリオレビューのアドバイザー、22年度のThe Paris Photo – Aperture Foundation Photobook Awardの審査員を務めた。
https://www.dashwoodbooks.com
http://www.sessionpress.com