4 November 2021

川内倫子の日々 vol.10

印刷立会いの時間

4 November 2021

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川内倫子の日々 vol.10「印刷立会いの時間」 | 川内倫子の日々 vol.10

印刷立会いの時間

2001年に出版した最初の写真集、「うたたね」と「花火」が同時に重版されることになったので、印刷立会いに行ってきた。初版から丸20年経っても版を重ねてもらえることになるとは感慨深い。

ちょうど一年まえにも「うたたね」の9刷りめの印刷立会いをしたのだが、そのときは何度も刷ってもらっているし、出版社の担当の方にお任せしようかなと思っていた。ところが印刷直前になって、いままで使っていたインクとは異なり、新しいタイプのインクになるので発色が変わる可能性がある、ということがわかった。どう仕上がるのかわからないのでやはり立会いましょう、ということになったのだが、いままで馴染んできたような色味とは少し違う印象だったので、やはり自分の目で確かめられたことはよかったなと去年も思ったのだった。そういった経緯もあり、今回も立ち会わせていただくことにした。いつもは出版社の方がひとりついてくれるのだが、新型コロナの影響で自分ひとり、印刷所のなかの一室で刷り上がってくるのを待つ。だいたい1時間に1回の割合で刷りだしを確認させてもらう。朝9時に入って18~19時くらいまで。それが数日かかるので、毎回PCと自宅で未読の溜まっている本の山から何冊か持ってくる。待ち時間はメールの返信といくつかの原稿を書くこと、合間に読書することで退屈はしなかった。

初版から20年経っているから、もう今の自分では撮影できないような構図や選ばない被写体もあり、色味としてはもう少し全体的に黄色を抜きたいような気持ちになる。でもあの頃の自分には世界はそのように見えていたのだから、そのままの色味を再現できるようにただ見守るような役割として立ち会った。普段自分の作品をゆっくり見直すことはないので時間の経過を感じる。毎日肩からローライフレックスをぶらさげてポケットにフイルムを入れて歩き回り、帰ったら夜中じゅうプリントをしていた日々を思い出す。入稿前は毎日プリントを床に並べてファイルの並びを差し替えては悩んでいた。結局終わりのない作業だから徹夜でプリント作業して、入稿の朝に半分諦める気持ちで最後の構成を決めたのを覚えている。初めての印刷立会いでは途中で色味が気になってこだわりすぎて何度か刷り直してもらったり、なかなかスムーズには行かなかったように思うが、結果的には美しい仕上がりとなった。

発売に合わせて渋谷のパルコギャラリーで展示が開催され、当時ギャラリー横にあった本屋さんで平積みになった本がだんだん減っていく様子を見ながらいったいどんな人たちが買ってくれるのだろう、と嬉しくもあり、怖いような気持ちにもなった。

その後、あまり間をおかずに2刷り、3刷りとなり、また色味にこだわりすぎて3刷りのいくつかのカットの色がずれすぎてしまい、4刷りで元に戻してほっとしたことを覚えている。9,10刷りはインクが違うのでそれまでの色やトーンがどうしても再現できなかったものはあるが、ずっといまでも刷ってもらえることはありがたい。

そしてほぼ同時期に「うたたね」の進化版ともいえる「Illuminance」が10周年記念エディションとして再版された。こちらはアメリカの出版社と日本の出版社の共同出版なので英語版と日本語版がある。でも印刷したのは中国だ。今回は印刷立会いにはいかなかったが、初版のときは立ち会った。3日間の予定で現地に着くと、アメリカから先に到着していたプリンティングディレクターのSueが、寝ないで3日間印刷するか、眠って5日間にするかどっちがいい?と挨拶もそこそこに聞いてきた。事前にそれは聞かされていなかったので、帰りの飛行機のチケットは3日後だ。選択肢がなく、じゃあ寝ないで3日間でお願いします、、と言ったものの多少は眠れるだろうと思ったのだが、結局印刷作業は夜中じゅう丸3日間続き、隙間の待ち時間にソファで横になって細切れに睡眠をとるくらいしかできなかった。

Sueとはずっと3日間一緒に仕事をして、すっかり信頼関係ができた。初めて来た街で英語は通じないし、最初は心細い気持ちだったのだが、最初の刷りだしにOKサインを書いたあと、彼女がいてくれるなら大丈夫だ、とほっとした。印刷現場の職人さんは誰も英語は話せないが、Sueは何度もこの印刷所で仕事をしたことがあるそうで、単語だけでもコミュニケーションがとれた。込み入った件はひとりだけメールでなら英語のやりとりがきるという営業担当者を通してしたのだが、Sueは完璧なプロフェショナルで、すべてわたしの意向を最優先に汲み取ってくれ、すばらしくスムーズに作業は進んだ。

早朝にすべての印刷が終わり、彼女と一緒にタクシーに乗って明けていくピンク色の空を見ながらなんだか離れがたい気持ちになった。印刷の合間、お互いの家族のことや今興味のあること、仕事のことなども色々と話していて、なんだか打ち解けあったような空気があった。どこにも行かなかったけれど、一緒に長く旅をしたあとのような気持ちになっていた。睡眠不足と仕事が終わった興奮で少しテンションがおかしかった自分は、このまま一緒に祝杯をあげたい気持ちだったが、名残おしく握手をして空港で別れた。あのとき以来彼女と会っていないが、あの不思議な3日間をともに過ごした仕事仲間のことを、この写真集を手にするたび、どうしているのかなと思い出すことがある。

川内倫子の日々 vol.10

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