25 March 2022

ニューヨーク通信
Photobook Now vol.1

25 March 2022

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ニューヨーク通信:Photobook Now vol.1 | ニューヨーク通信:Photobook Now vol.1

パンデミックの影響で人と物の流れが制限され、写真シーンにもその影響は表れている。ニューヨークの写真専門書店Dashwoodに勤める須々田美和が売り場にいて改めて感じるのは、実際に写真集を手に取って鑑賞する行為が作品に対する理解や愛を深めるのにいかに役立つかだという。作品が断片的に切り取られて紹介されるインターネットやSNSとは異なり、写真集は作家のビジョンを総合的に表現した集大成といえる。須々田による連載「ニューヨーク通信:Photobook Now」では、現地で話題になっている新刊3冊を紹介。そして、そのうち1冊の著者によるショートインタビューも掲載する。作り手と交流できる場が少なくなっているいまだからこそ、生の声もお届けしたい。

インタヴュー・文=Miwa Susuda
撮影=森山綾子
協力=Dashwood

第一回で紹介する新刊は、まずインスタグラムのフォロワー数33万人の写真家・ダニエル・アーノルドが、自身のSNSを通したプロモーションをしたことによって発売前から大きな話題を呼んだ写真集『PICKPOCKET』。アーノルドが写真に興味を持ったきっかけや写真集に込めた思いを語ってもらった動画も紹介する。2冊目は、奴隷制度とニューヨークとの知られざる関わりを、セルフポートレイトを通して提示し、ブルックリン美術館でローンチイベントを開催したばかりのノナ・フォスティンによる『White Shoes』。そして最後に紹介するのは、8ball communityの創立者で、現在は看護師として働く写真家のレレ・サヴェリによる少部数のZINE『LUNA 91』である。3つの新刊から、ニューヨークの写真家たちが閉ざされた状況の中でも前向きに活動するパワフルな姿が伝われば嬉しい限りである。


ダニエル・アーノルド『PICKPOCKET』

『ニューヨーク・タイムズ』に「インスタグラムのエグルストン」と評された写真家ダニエル・アーノルドは、33万人のフォロアーを誇る人気インスタグラマー。『PICKPOCKET』は、2012年から2020年初頭まで、スピード感あふれる街の喧騒や個性豊かなニューヨーカーたちが織りなすリアルな人間模様をとらえたストリートフォト143点が収録されたアーノルドの初写真集である。リリース前にインスタライブを通した宣伝を何度も行い、発行部数3,400冊のうち2,700部を先行予約で売り切る驚異の記録を打ち出した。版元は、映画監督のサフディ兄弟が主宰するElara Press。アーノルドが、彼らの代表作『グット・タイム』のキャスティングスタッフとして仕事をしたことがきっかけで『PICKPOCKET』を出版することとなったという。ジャンルにとらわれず、映画製作が主体の出版社から本書を刊行し、SNSを駆使したプロモーションを積極的に行ったことが、リリース前にも関わらず写真集が飛ぶように売れた秘密なのかもしれない。

動画では、ニューヨークでライターとして活動しながらも、常にカメラを手放すことはなく、ニューヨークの街を撮り続けたことで自然と写真家になっていたエピソードや写真集ができるまでについて話してくれた。いつも何かが起こっているニューヨークのストリートは、アーノルドにとって写真を学ぶフリースクールだったそう。『PICKPOCKET』は、版元に大量の写真をわたし、「トラベル」「ハプニング」「携帯電話」などのセクションに分けながら編集していき、最終的にはカオスも表現できたという。東京には1週間しか滞在したことがないので、写真集を持って再訪したいとのこと。ぜひいつか来日してほしい!

タイトル

『PICKPOCKET』

出版社

Elara Press

発行年

2021年

URL

https://elara.world/shop/product-pickpocket


ノナ・フォスティン『White Shoes』

2020年5月に起こったジョージ・フロイド事件をきっかけに黒人に対する暴力や人種差別の撤廃を訴えるBLM(ブラック・ライブズ・マター)の抗議運動が世界中に拡大したのは記憶に新しい。アメリカの美術館などの公共施設や出版においては、BLMをきっかけにより多くの素晴らしいブラックアーティストが取り上げられるようになった。今年2月、ブルックリン美術館で新刊『White Shoes』についてのトークイベントとサイン会を開催したニューヨーク出身のノナ・フォスティンもそのひとりと言えるだろう。

『White Shoes』は、フォスティンが国際写真センター(ICP)大学院の卒業制作として手がけたシリーズ。2012年から3年にわたり、ニューヨーク市内で過去に黒人奴隷制の売買が行われた場所でセルフポートレイトを制作した。ニューヨークは歴史的に奴隷制と深い関わりのある都市であり、現在においてもその影響があると指摘する政治的なメッセージが込められた話題作である。14歳のフォスティンが(1991年)下校中にローアー・イースト・サイドを通りかかると、奴隷として埋葬された黒人の死体が発見され、掘り起こされている現場にたまたま遭遇した記憶が本作を作るきっかけとなったという。その経験は、「ニューヨークは世界中で最もグローバルなマインドを持つ都市であり、全ての人に自由と人権が約束されている」と教えられてきたことに相反するものとして、フォスティンに疑問を投げかけた。そして『White Shoes』では、ニューヨークは人種問題に対して最もリベラルな都市として表面上は平等を装っているが、実はいまだに階級制度が強く残っており、経済的に豊かな白人たちが有色人種たちを経済的かつ心理的に搾取してきたことを訴えている。これまでアメリカの女性写真家のセルフポートレイトは、シンディ・シャーマンやフランチェャスカ・ウッドマンなどメディアカルチャーやパーソナルな文脈が主流で、政治的なアプローチはこれまで少なかったが、フォスティンは昨今の人種の問題に敏感に反応した作品として高く評価されている。


レレ・サヴェリ『LUNA 91』

2012年よりZINEの収集や展示を行い、ラジオやオンラインTVなど独自のメディアを通じて、ニューヨークのサブカルチャーシーンを支えてきた8Ball Communityの創始者であるレレ・サヴェリ。新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化した2020年秋に同団体から退き、現在はニューヨーク市にある病院の緊急治療室で看護師として勤務している。その一方でアーティストとしての活動は継続しており、そのひとつが、3年半前にスタートした毎月満月の日にリリースする『LUNA』と名付けたZINEのシリーズ。今年1月に刊行した『LUNA 91』には、同僚の看護師が慌ただしく働く姿、友人宅でのニューイヤーパーティ、自宅の前でサヴェリに笑顔を向けるパートナー(アーティストのタウバ・アウエルバッハ)、サンフランシスコに住む父親のポートレイトなどが収録されている。看護師としての仕事に追われながらも、大事な人たちに囲まれた穏やかな時の流れが感じられる。iPhone、フィルムカメラ、デジタルカメラなどさまざまカメラを使って撮影した写真をプリントし、それらを紙の上に配置したものを印刷機で出力した簡素なZINE。しかしながら、その手作り感からサヴェリの実直な人柄とクリエイターとしての瑞々しい感性が伝わってくる。毎号20冊限定で販売。

タイトル

『LUNA 91』

出版社

私家版

発行年

2022年

須々田美和|Miwa Susuda
1995年より渡米。ニューヨーク州立大学博物館学修士課程修了。ジャパン・ソサエティー、アジア・ソサエティー、ブルックリン・ミュージアム、クリスティーズにて研修員として勤務。2006年よりDashwood Booksのマネジャー、Session Pressのディレクターを務める。Visual Study Workshopなどで日本の現代写真について講演を行うほか、国内外のさまざまな写真専門雑誌や書籍に寄稿する。2013年からMack First Book Awardの選考委員を務める。2018年より、オーストラリア、メルボルンのPhotography Studies Collegeのアドバイザーに就任。
https://www.dashwoodbooks.com
http://www.sessionpress.com

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