10 May 2022

川内倫子の日々 vol.16

歳を重ねる

10 May 2022

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川内倫子の日々 vol.16「歳を重ねる」 | 川内倫子の日々 vol.16

歳を重ねる

先月50歳になった。
先に50歳になった年上の友人たちは、50になったときに50だよ、50だって、50か、、と、一様に半世紀分生きたことについてなにかしらの節目を感じているようだったから、自分もそう思うのかなと思っていた。

誕生日当日は、すごろくでサイコロを振ったら1が出て、コマをひとつだけ進んだときのような、す、と日付が変わっただけのような気もした。

老化現象は徐々に進んでいるので、どちらかというと白髪が急に増えたときのほうが感慨深いものがあったし、1日の仕事量が若い頃よりも進まないことや、身体の不調に年齢を感じていた。

あたりまえだが、49歳から誕生日を境に1日超えただけで50歳になるのだから、急に何かが変わるわけではない。

ただ、幼い頃のイメージの50歳とはほど遠いものなのだなと思った。相変わらず幼い頃の自分はそのまま自分の一部としているし、そこからなにか大きく変わった実感もない。

経済的に早く自立したかったから、それはなんとか叶ったものの、精神的には自立できた気がしない。

この年齢までひとりでできることはなるべくやってみたけれど、人に頼ったほうがいいこともあると学んだことぐらいが年を重ねた良さかもしれない。

いまは他の人に頼れるものは頼りたい。若い頃は何が苦手かわからなかったから、とりあえず色々試してみたけれど、いまはなるべく気が進まないことはしたくない。そしてその時間を大切な人たち、家族や周りの友人と過ごす時間に費やしたいし、ほかの時間は自分のなかの広がりを感じるために使いたい。そこで得たものは作品に昇華してシェアしていきたい、、そこまで考えてから、もうあまり時間がないんだな、と、やっと50歳になった実感が湧いてきた。

2月に東大阪で展示した際、トークイベントに高校2~3年の担任だった先生が来てくれた。思い出話をしていると、3年のときの文化祭などの様子を撮影したビデオの話になった。多分自分の実家にあるのかもしれないが、記憶が定かでないようなことを言うと、先生が後日DVDにして送ってくれた。

すぐに送ってくれたのに、忙しかったこともあり、なかなかゆっくりと見る気持ちになれなかった。それで昨日やっと見てみたら、冒頭が教室で文化祭の準備をしている、なんでもないシーンで、急にタイムスリップしたような気になった。

32年前に撮影したものだから、画像も荒く、音も割れていて聞き取りにくいのだが、あの頃の空気感はしっかりと伝わってきた。写っているクラスメートはほとんど名前を思い出せないけれど、顔は全員覚えている。

自分の顔が写ってすぐに自分だと認識したものの、記憶のなかの高校生の自分よりも、ずっと幼く、よく知っている親戚のようだった。髪の毛は長く、クラスメートの複数の女子が、同じような髪型をしている。前髪上部だけくるっと巻いて立ち上げて、髪の毛先10cmだけパーマをかけていて、時代を感じるものだ。いま見るとださいし、当時もださかったのかもしれないが、とにかく周辺では流行っていたのだ。

そして荒い映像のなかで恥ずかしそうに笑っている自分は、将来の夢は?と聞かれて、どんなジャンルでもいいけど、本を1冊出してみたい、自分が装丁もしてみたい、と言っている。結婚は?と聞かれて26歳にしたい、それまでは遊びたい、と言っていた。なぜそんなことを言ったのか覚えていないが、実際に26歳になったときの自分は結婚願望などまるでなかったし、それから結婚するまでさらに14年が必要だったようだ。
本を出す夢は叶ったので、そちらに労力をかけた結果かもしれない。

最後に高校時代で楽しかったことは?と聞かれて修学旅行、と答え、高校生活楽しかった、と笑っていた。実際は楽しいことばかりではなく、当時友達とうまくいかないこともあったりして、辛かったはずなのだが、映像だけ見ていると楽しかったように見える。

ほかのクラスメートも皆笑顔で、自分の記憶のなかで意地悪な人はいなかったなと思い出した。それは思い出せてよかったことだった。

この映像のなかの自分の先に、いまの自分があるのが少し奇妙な感じだったが、少し無理して笑っていたあの子はまだ自分のなかにいるのも確認した。

10月に東京で10年ぶりの大規模個展(自分比)が開催されることになり、準備に追われる日々なのだが、まだどの作品を展示するのかはっきり決まっていない。なるべく新作を出したい気持ちはあるのだが、過去作で未発表のものもいいのかもしれない、、と過去のアーカイブを見直していると、初期の頃と最近の作品がとくに大きく変わらないように見えて、成長がないような気がして少し気が沈んだ。良く言えば飽きずに同じことができることもひとつの持ち味かもしれない、、と、なんとか気持ちをあげようとしたりしながら作業しつつ、未読の本の山積みから1冊に手を伸ばし、数ページ読んでは作業に戻ったりするので、1日の仕事量が限られる。集中力が長く続かないのも加齢の弊害かもしれない。

先日もへんな姿勢で撮影を続けたせいか、翌朝起きると背中が肉離れをおこしたようで、起き上がれずに苦労した。ああ、50歳か、、筋トレしないとな、と、そこでもへんな感慨があった。

こうやってじわじわと自分の年齢を受け入れていくのだなと天井を見つめながらしみじみとしていたら、ちょうど一桁年が違う娘が横で目を覚ましたようで、跳ね起きてリビングへ向かって走っていった。廊下を駆ける音が響き渡り、家が一段明るいトーンで包まれたようだった。

川内倫子の日々 vol.16

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