9 November 2023

STEP OUT! vol.4 木原結花
「傷みと悼み、形を与える写真」

9 November 2023

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STEP OUT! vol.4 木原結花「傷みと悼み、形を与える写真」 | 『行旅死亡人』(2016年、記事切り抜きと写真、サイズ可変)

『行旅死亡人』(2016年、記事切り抜きと写真、サイズ可変)

IMAが主宰する「STEP OUT!」とは、日本人の若手写真家を発掘し、世界へ羽ばたくサポートをすることを目的とした多様なプログラム。これまでにポートフォリオレヴューの開催や雑誌『IMA』、グループ展を通して作品紹介などを行なってきた。IMA ONLINEでの連載「STEP OUT!」では、書き手にキュレーターの若山満大を迎え、毎回ひとりの若手作家をフィーチャーする。第4回目で取り上げる写真家の木原結花は、名前や戸籍などがわからない身元不明の遺体、「行旅死亡人」をテーマに制作を続けている。本シリーズは遺体が発見された際のわずかな特徴をもとに、どういった人物だったのかを想像しコラージュされた作品だ。与えられた情報を結びあわせ見たこともない人物を生み出し続ける木原は、写真で何をとらえようとしているのだろうか。

テキスト=若山満大

疾走する馬の脚、牛乳の王冠、受精後18週目の胎児、最近ではブラックホールまで写真に撮られるようになった。風、磁力、感情、感動、関係性、果ては“妖精”や“幽霊”だって写真として表すことができる。目に見えないものも「写る」のだ。

「行旅死亡人」と言われても、ほとんどの人がピンとこないだろう。行き倒れて亡くなった身元不明の遺体。これに対する法律上の呼び名である。そして木原結花の被写体は、この行旅死亡人である。とはいえ、彼女は行旅死亡人に直接カメラを向けるわけではない。

『行旅死亡人(本籍・住所・氏名不明、推定年齢60歳から80歳の男性、身長163cm、着衣は白Tシャツ、ズボン、青色トランクス、黒靴下、黒色靴 )410人目』(2022年、インクジェットプリント、89mm×127mm)
ひとりの行旅死亡人の情報をもとに、1ヶ月間をかけて考えうる限りの人410パターンの物像を作成した作品。

『行旅死亡人』(2016年、記事切り抜きと写真、サイズ可変)
実際に遺体が発見された場所に赴き、その場所の風景を撮影、作成した人物像と合成し、あたかもその場で撮影されたかのようなポートレイト作品。


行旅死亡人の存在は官報などによって公告される。例えば「推定55歳位の男性、身長164センチメートル位、ヤセ型、着衣ジャンパー、ヨットパーカー、長袖下着2枚、半袖下着2枚、パンツ1枚、所持金なし」といった具合である。このような無機質な行政文書から木原は遺体の生前の姿を推し量り、その容姿に具体的な形を与えていく。生活の中に氾濫する画像を細切れに裁断し、そこから取り出した目や眉、鼻、髪、洋服やカバンを「文書の通りに」貼り合わせていくのだ。遺体に関する文字情報から生み出されたコラージュ写真は、さらに等身大のネガフィルムに反転される。彼女は遺体が見つかった現場に赴き、そのネガを印画紙に重ねて密着露光する。現場での水洗現像を経て出来上がったサイアノタイプ・プリントには、青色に沈んだ人像(ひとがた)が浮かび上がる。

『行旅死亡人(大阪府岸和田市小松町の空地)』(2017年、サイアノタイプ、1800mm×500mm)
直接太陽光で露光できるサイアノタイプの手法を用いて、風の影響を受けやすい画用紙を支持体にして制作されたシリーズ。行旅死亡人が最期に感じたであろう太陽の光や地面の感触、風など、レンズだけでは記録できない物理的な要素を取り込んでいる。

『行旅死亡人(大阪府平野区長吉川辺3丁目1番新明治橋下空地)』(2017年、サイアノタイプ、1800mm×500mm)
直接太陽光で露光できるサイアノタイプの手法を用いて、風の影響を受けやすい画用紙を支持体にして制作されたシリーズ。行旅死亡人が最期に感じたであろう太陽の光や地面の感触、風など、レンズだけでは記録できない物理的な要素を取り込んでいる。

『行旅死亡人(大阪府堺市築港浜寺町1番地ゼネラル石油株式会社堺製油所東側岸壁付近)』(2017年、サイアノタイプ、1800mm×500mm)
直接太陽光で露光できるサイアノタイプの手法を用いて、風の影響を受けやすい画用紙を支持体にして制作されたシリーズ。行旅死亡人が最期に感じたであろう太陽の光や地面の感触、風など、レンズだけでは記録できない物理的な要素を取り込んでいる。


木原のプリントにはシワやヤブレなど不自然に傷んだ箇所が多々ある。屋外で水洗までするのは結構な無茶だ。水洗中の湿った不安定なプリントは現場に吹く風の煽りを受けてぐしゃぐしゃになる。しかし、それには意味がある。彼女のプリントは遺体が見つかった現場の環境を、本来的な撮影とは別の方法で「記録」している。あるいはその記録は、通常の写真よりも迫真的な何かをとらえてすらいる。いうまでもなく、プリントが置かれた環境(=物理的な刺激)は、当の行旅死亡人が最期に感じていたはずのものだからである。

社会の周縁に霧散してしまった影を、彼女は写真によってとらえようとする。写真は形象を写すものであるが、彼女の写真は形象を与えるためにある。

木原結花|Yuika Kihara
1995年、大阪府出身。2019年、大阪芸術大学大学院芸術研究科博士課程前期修了。2016年、第15回写真「1_WALL」ファイナリスト。これまでの展覧会に「Belfast Photo Festival」(北アイルランド、2019年)、「あざみ野フォト・アニュアル とどまってみえるもの」(横浜市民ギャラリーあざみ野、神奈川、2021)、「DAZZLER」(京都芸術センターギャラリー北・南、京都、2022年)、「行旅死亡人(本籍・住所・氏名不明、推定年齢60歳から80歳の男性、身長163cm、着衣は白Tシャツ、ズボン、青色トランクス、黒靴下、黒色靴)」(IN SITU、名古屋、2023年)など。

若山満大|Mitsuhiro Wakayama
1990年、岐阜県養老町生まれ。東京ステーションギャラリー学芸員。愛知県美術館、アーツ前橋などを経て現職。最近の著作に『Photography? End? 7つのヴィジョンと7つの写真的経験』(magic hour edition)、「非常時の家族 — 戦中日本の慰問写真帖について」(『FOUR-D note’s』掲載)、『やわらかい露営の夢を結ばせて —戦中日本の慰問写真に関する断章』(『パンのパン03』所収)など。主な企画展に「写真的曖昧」「甲斐荘楠音の全貌」「鉄道と美術の150年」などがある。

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