9 November 2023

川内倫子の日々 vol.31

嬉しい連鎖

9 November 2023

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川内倫子の日々 vol.31「嬉しい連鎖」 | 川内倫子の日々 vol.31

嬉しい連鎖

ミュージシャンの原田郁子さんからのお誘いで、谷川俊太郎さんと本を出版するという機会に恵まれた。
この本の出発点は「暗やみの色」というプラネタリウムの企画で、郁子さんと谷川さんが出会い、郁子さんのお声がけによって新たに書き下ろした谷川さんの詩をもとに郁子さんが歌にしたことだった。
その後、この詩の世界が音楽だけでなく、さらに何かになって多くの人に届いてほしい、それにはやっぱり本をつくれたらいいのかもしれない、 と考えていた郁子さんが、昨年のオペラシティの個展に来てくれた際に、わたしの写真と谷川さんの詩に通ずるものがあると感じてくださったのだった。それは自分にとってとても嬉しい連鎖だった。

谷川さんとは15年くらい前に雑誌の企画でアラスカに一緒に旅したことがある。星野道夫さんが常宿としていたB&Bに宿泊したり、セスナに乗って空から氷河を眺めたり、毎夜お酒を飲みながら席を囲んだりした。旅を共にしたメンバーたちはこの機会を逃すまいと、いろいろな相談事を谷川さんに投げかけた。テーブルのあちこちからつぎつぎと飛んでくる質問に淀みなくノックを打ち返すように答えてくださり、簡潔で奥深い言葉の数々をそれぞれ胸に抱いて持ち帰った。
当時77歳だった谷川さんは、年齢をまったく感じさせない佇まいで、常に背筋が伸びていて受け答えもすばやく、食事もワインもしっかりと毎日取られていたし、セスナに乗ったあとに振動で気分が悪くなってふらふらになっている自分の横を、谷川さんはマサイシューズを履いた足でさっと追い越していかれた。旅の間中、その靴を履かれていたが、靴底は平坦でなく丸くて不安定なのに、足取りはいつも軽かった。
谷川さんの歩く背中を眺めながら、時々自分の丸くなった姿勢を正したり、早足で追いつこうとしたりした。そのたびに自分の未熟さと幼さと向き合うような気持ちだったが、それは嫌な感情ではなく、小さいころ憧れていたおしゃれで勉強もできる、近所の年上のお姉さんの真似をしていた頃の自分を思い出させた。
そうして一緒に過ごすなかで、どうして彼がたくさんの人々に支持される作品を出し続けてこられたのかをしみじみと納得し、またたくさんの学びをもらえた日々だった。
本をつくる過程でその思い出を反芻しつつ、谷川さんの言葉ひとつずつに瞬間的に反応するように写真を選んでいった。
「いまここ」というタイトルの詩を何度も読み返しながら、脳内では郁子さんの声と音が常に響き、時々谷川さんの声やこどもたち、生まれてすぐの赤ちゃんの声も聴こえてくる。たくさんの人がつながり、時空を超えた「いまここ」が集まってつながって広がっていく。
そうしてリズムを感じながら編集していく作業はとても豊かな時間だった。時折作業部屋の空間が強い力で空から引っ張られるような感覚があった。それは郁子さんのつくった音と谷川さんの言葉が作り出した引力だ。自分たちの住む世界が、いま、ここにあり、宇宙と繋がっている感覚。

本をつくる過程の最終段階の印刷立ち合いの日に、郁子さんも陣中見舞いに来てくれて士気を高めてもらえた。その日は思った以上に時間がかかり、最終電車が間に合うかどうかという時間になってやっと終わった。郁子さんも最後までつきあってくれて、アートディレクションを担当してくださったサイトヲさんとチーム感が強まったねとうなずきあった。
そうして出来上がった本を最初にお披露目する場所として、橙書店の名前が郁子さんから提案された。谷川さんと店主の久子さんは長年のお付き合いがあり、橙書店から本も出版されている。自分も橙書店で谷川さんと過ごした思い出があるし、郁子さんと久子さんも繋がりがあるのだった。
久子さんに相談すると、うまく調整してもらえて日程などもスムーズに決まっていった。自分にとってとても大切な友人が営むお店が、この本のローンチとなったことは自然な流れであり、これもまたひとつの嬉しい連鎖であった。
橙書店にはお店の横に展示スペースもあるのでそこで本に掲載されている写真の中から10点選び、額装したものを展示した。横に同じ高さで一列に並べようとしたら少しつまらなく思え、試しに横に並べて配置した写真の上にひとつ乗せてみた。正方形の同じサイズの写真だったから積み木のように見え、それは写真絵本という形態の、この本に合うような気がしてちょうどいいように思えた。

展示初日集まってくださったお客さんの前で、郁子さんと本を作る経緯などの話や朗読をしたあと、最後に「いまここ」の歌に合わせて自分が作成した映像を流しながら、郁子さんがキーボードを弾いて歌ってくれた。生の歌声は編集作業中に流していた録音された声とはまた違い、まさに「いま」発せられた声だった。それを全身で浴びると自分の内側と外側が同時にふるふると震えたように感じる。
そして編集作業中にも同じように感じた浮遊感、自分を含む橙書店ごと宙に浮かぶような感覚があった。郁子さんの音楽に包まれながら、「ここ」にいる自分たちが同じ空間と時間を共有できることの尊さを思った。

川内倫子の日々 vol.31

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