Interview
Tomoko Yoneda

米田知子インタヴュー
「アルベール・カミュとの対話」をめぐって

米田知子

これまでのアーティスト活動の中で一貫して、世界の歴史の断片と向き合って来た米田知子。一見静かな写真は、その裏側にある物語を知ることで、観る者の記憶に長く濃い影を落とす。ジャーナリスティックな視点と美しい写真言語の交差するところに生まれる強く確かな表現は、徹底したリサーチと深い思索の末に生まれたものだ。現在、六本木のShugoArtsで開催中の「アルベール・カミュとの対話」(〜5月25日まで)で来日中の彼女に、作品の生まれた経緯と制作について話を聞いた。

文=小林英治
写真=高木康行

現代にかえってくるカミュの存在

―今回の展示は去年、パリ日本文化会館『トランスフィア(超域)』#5『米田知子 アルベール・カミュとの対話』」)が元になっていますが、なぜカミュをテーマに選ばれたのでしょうか。

2015年の終わりにインディペンデントキュレーターの岡部あおみさん(パリ日本文化会館展示部門アーティスティック・ディレクター)からお話をいただいたときは、シリア内戦が引き金となった難民危機が起こり、またパリの同時多発テロ事件が起きた直後で、ヨーロッパの情勢が大きく変わりつつある、不安定を抱えるときでした。ソ連解体を機に民主化・独立を成し遂げたエストニアとハンガリーを撮った「雪解けのあとに」シリーズや、歴史に翻弄された文学者や知識人たちをテーマにした「見えるものと見えないもののあいだ」シリーズなど、ヨーロッパを舞台にした写真はこれまでに撮ってきていますが、「フランスについて何かやりたいテーマや好きな作家などいますか?」と聞かれて、フランス人でありながらアルジェリア生まれという異邦人的な存在で、平和に対してどのように人間が関わり、時の情勢によっていかに振り回されてきたかということを考えた人物として、アルベール・カミュが浮かんできました。

カミュ

―カミュは以前からよく読まれていたのでしょうか。

日本でも小説は中学生の頃に読みましたけど、80年代後半にアメリカの大学にいたときに、英語で読んだのが真のカミュとの出会いでした。社会的なことや文化、時代的なことに理解力がないときに読んだのとは、印象はかなり違いました。今回の制作のきっかけとなった、「Neither Victims nor Excutioners 」(D MacDonald訳) というエッセイ(1946年)も、これは日本語にすると「犠牲者でもなく執行人でもなく」という意味ですが、冷戦中のアメリカで最初に読んだものです。それから、直接的には関係ないですが、若い頃に無意識的に聴いていた音楽、ザ・キュアー(The Cure)っていうイギリスのバンドの「キリング・アラブ(Killing An Arab)」(1978年)と言うカミュの『異邦人』にインスパイアされて作った曲があり、「I’m the stranger / Killing An Arab」という歌詞が出てきます。当時は、何気なくラジオでも流れていましたが。様々なコノテーションを含むいまは、難しいでしょう。バンドは歌詞を変えライブでは演奏をしているようです。 イギリスでは『異邦人』という小説は『Outsider』というタイトルで刊行されてるんですが、アメリカでは『Stranger』という英題で通っています。

―そしてまた現在のヨーロッパ情況が、カミュの存在を思い起こさせたと。

カミュは時代によって読まれ方が違うと思うんです。テロの情勢がかなり深刻なことになって、排斥運動もヨーロッパに限らず、アメリカでも日本でも世界的に起きていて、右翼的な動きも再開してきています。それはどことなくカミュが活動していた1930~50年代と近いものを感じています。


カミュが過ごしたアルジェリアでの撮影

米田知子 02

―米田さんの作品制作では、入念なリサーチにもとづいた、その場所固有の記憶や歴史をもつ現場での撮影が非常に重要です。

作品にとって、バックグラウンドやさまざまな身の回りからの影響というのは大切で、私の作品についても、私が戦後に生まれた日本人であり、アメリカとイギリスで学び、いまロンドンに住んでいること、そしてそのあいだにヨーロッパで冷戦体制の崩壊を目撃したということが影響しています。そういう意味で、カミュが生きた時代も、第一次世界大戦でお父さんを亡くされて、第二次大戦では自身がレジスタンス活動に参加し、アルジェリア戦争が起こりと、激動の時代で出会った人や経験が作品に取り込まれていますから、カミュと縁のある地に足を運んで、現場を見たいと思いました。

―その意味でも、今回のプロジェクトでは、カミュにとって重要な土地であり続けたアルジェリアでの撮影は欠かせないものだったと思います。

はい。小説のイメージとも結びつく太陽が照りつけるアルジェのビーチや、子供のころよく遊んだという植物園、家族で暮らしていた労働者たちの街、エッセイに何度も登場する古代ローマの遺跡が残るティパサの街など、カミュが過ごした場所をリサーチして、くまなく巡りました。

―現地の人とカミュについてディスカッションなどもされたのでしょうか?

現在のアルジェリア人たちにとって、カミュがどのような存在なのかはぜひ知りたかったのですが、現地で誰かにインタビューするということは叶いませんでした。報道規制が厳しいので、観光ビザで入国して、撮影も通常の機材も持ち込めず、警官も街中にたくさんいて、同伴してくださった通訳の方もけっこうピリピリしていました。

―自由に撮影はできなかったんですね。

撮影ができない場所も多く、また「人の写真は撮ってはいけない」としつこく言われましたので、顔がはっきり映る写真は撮影していません。カミュが在学した大学の図書館での作品は、密かにシャッターを押しました。

―そうなんですね。ということは、今回はカメラもいつもと違うものだったんでしょうか?

フランスではいつもと同じ4×5の大判とマミヤの6×7でしたが、アルジェリアではデジタルと、それからオリンパスのPen。それは1959年製の初代のハーフカメラで、実際に私の父が家族のスナップなどを撮っていたものであり、時代的にはカミュが生きていた時代のカメラです。フィルムの一眼レフも持って行ったのですが、シャッター音が大きすぎて目立つので使えませんでした。アルジェ港に立っている後ろ姿の女性も監視の目を気にしながら、こっそり撮影しました。カミュの父親が軍に徴兵されるとき、そしてカミュ自身がフランスにわたるとき、この港から船に乗ってマルセイユへ向かいました。私もこの被写体の女性と同様にここで船を待ってマルセイユへ渡り、そのあと北上しながらフランスでの撮影を続けました。

船を待つ、アルジェ港

米田知子 船を待つ、アルジェ港, 2017, Chromogenic print, 56.5x83cm copyright the artist, courtesy of ShugoArts


父のハーフカメラで撮影したモノクロシリーズ

―2点1組になっているハーフサイズのモノクロ作品のシリーズは、オリンパスPenで撮影したプラチナプリントとうかがいました。

数年前から何かの作品でとアマナサルトさんにお声がけいただいていたんですが、今回、フィルムの小さいハーフサイズで、かつ隣り合うイメージのコントラストに差があるものもあって、1枚の印画紙にプリントすることが技術的にかなり難しく、パリの展示までに期間も限られていたので、せっかくの機会と思いお願いしました。

―実際の仕上がりはいかがですか?

初めての試みでしたが、とても綺麗ですね。プラチナプリントはグレーの階調が無限に近いといわれますが、きめ細かく出ています。

―左右のイメージは実際に撮影された順番ですか?

これらの写真は、作品になればいいなとは思ってましたけど、サブ的な感じで撮っていたというところもあったので、隣同士のイメージは1〜2点除いてはすべて偶然的なものです。

―それこそ観光客的に撮っていたというか。

そうです。それにあのカメラは音がまったくしないし、玩具のように見えるので、逆に周りの人にも気に止められずに撮れたというのもあります。

―結果的にかもしれません、500年保たれるといわれるプラチナプリントの特性が、被写体に新たな意味を与えている感じもあります。

そうなんですよ。アラビア語で「荒廃した都市」を意味するティパサのローマ遺跡も、侵食され草木に覆われて自然に還るような。

―今回、映像作品もひとつ制作されています。音楽はパートナーでもあるフィンランドを代表する現代⾳楽家、トミ・ライサネンさんが作曲を担当されていますね。

彼も用心棒のように、撮影についてきてもらって、荷物も持ってもらって。そして作曲もしてもらいました(笑)。

米田知子 Dialogue with... 2018, Single Channel video installation, 6 min.7sec copyright the artist, courtesy of ShugoArts

米田知子 Dialogue with... 2018, Single Channel video installation, 6 min.7sec copyright the artist, courtesy of ShugoArts

―同じ場所に行かれてるんですね。作曲にあたって米田さんからのリクエストは何かありましたか

幼少時代を思い起こすような何か柔らかい音でとお願いしました。曲はトイピアノとバロック期のテオルボという弦楽器で演奏されていますが、その他素材に、私が撮影時にさまざまな場所で録音したもの挿入されています。例えば、冒頭の船上から見るアルジェが映るシーン(カモメが飛んでいるもの)で聞こえる「ママ!」という子供の声はパリの地下鉄で録ったもの。車の音はアルジェのカミュが住んでたベルクールで、飛行機の音はカミュが眠る墓地で録ったものだったり。複雑で重層的に組み合わせた構成になっています。

米田知子03


拒絶ではなく対話を

―カミュの論考「Neither Victims nor Excutioners(犠牲者でもなく執行人でもなく)」は、その後のアルジェリア戦争における彼の立場にも関わってくるものですが、米田さんは、いま一度この言葉に込められた意味を考える必要があると思われたのでしょうか。

そうですね。本来、これは直訳すると「犠牲者でもなく死刑執行人でもなく」となると思うのですが、私は日本語にするときに「死刑」という言葉をつけるのは抵抗があって、ただの「執行人」としました。私としては、「死刑執行人」という言葉だけでとらえられると、カミュのフィロソフィーが狭い意味でとられてしまったら困るなという気持ちもありました。

―「執行人」という言葉をもっと広い意味でとらえているんですね。

その通りです。一方で、カミュのことをご存じの方は、彼が死刑への関わりを自身の中に持っていることを知っているかもしれません。カミュは物心つく前に亡くなった父親のことを知りたくて、母や祖母より聞いた数少ない話に、公開処刑を父が勇んで見に行くということがあったが、父親は帰宅後、激しく嘔吐し、その後全く死刑について話さなくなったということを伝え聞いています。処刑の惨さというのは、父の思い出と重なるところがあったようで、人を裁くということに対しての疑問をずっと抱いていました。

カミュ

―展示タイトルには「アルベール・カミュとの対話」とつけられています。この「対話」ということを、米田さんがすごく意識されてるのかなと感じました。日本社会を見ても、世界的にも対話自体が成立しづらくなっている、その前の段階で拒絶されてしまうような状況が強まっています。アルジェリアで直接の対話はできませんでしたが、制作プロセスを通して米田さんはカミュとの対話を行なっているわけですし、鑑賞者も作品との対話をそれぞれでしてほしいと。

そうですね。映像作品の中ではパリのアルジェリア文化センターに勤める女性に、アラビア語版の『異邦人』の冒頭を朗読してもらいました。彼女の反応もすごく気がかりでしたが、パリのオープニングで作品を見てくれたあとに「ありがとう」といってくれて、思わず涙が溢れてきて、嬉しかったです。

―2019年4月27日 シュウゴアーツにて

タイトル

「アルべール・カミュとの対話」

会期

2019年4月13日(土)~5月25日(土)

会場

シュウゴアーツ(東京都)

時間

11:00~19:00

休館日

日月曜・祝日および展示替え期間

URL

http://shugoarts.com/news/8947/