2020年11月に発刊された野村佐紀子の新写真集『春の運命』は、その判型から目を引く。装丁デザインを手掛けたのはアートディレクターの町口覚。細く、縦長のそれは写真集というより経本のようだ。今回の被写体の中にはすでに亡くなった人もいるという。ダークなトーンで撮る一葉、陰翳溢れる男性のヌードで写真界を牽引してきた野村。暗く官能的な新刊について聞いた時間は、野村の写真美学にまでおよんだ。
写真=劉怡嘉
文=IMA
『春の運命』
―今回、かなり暗い印象です。内容について教えてください。
『春の運命』は祖母や友人たちへの追慕をまとめたものです。奥付けに彼らへRIPを捧げています。写真集『黒闇』(Akio Nagasawa Publishing、2015)で撮ったものからスタートして、亡くなった人にまつわる写真集を出したいと思っていました。
-縦長の判型、見開きで上下2枚配置される写真、また時折見せる見開き全面の縦位置写真。大胆で新鮮なページレイアウトに引き込まれました。
写真集『NUDE / A ROOM / FLOWERS』で4枚の写真を配置したんですが、写真はシークエンスになると、どうしても意図を読み取りたくなってしまいます。なので、今回は見開きで縦に並べた2枚組を中心に、途中で縦位置1枚が出てくる、写真が強い構成。写真集で縦位置写真1枚だけを見開きで全面に見せられるのはなかなかないので。それも良いなと思っています。
―最初のページは、パリのサーカスの象と野村さんの祖母の遺骨の2枚。以降はヌードやセックスシーン、花や風景など野村さんらしい写真たちが続きます。
サーカスの象には、どこか悲しみを感じますよね。縦位置の男性ヌードは、既に亡くなっている、私の初めてのヌードモデルだった男の人です。縦位置の花は、満州ハルピンのお寺に供えられた造花。祖母がハルピンに住んでいた時、近所にあったお寺です。住宅が並ぶ写真は川の近くの町の洪水にあった家々で、屋内は洪水のせいで空っぽなんです。
ほかにも私の出身地・下関の中学校が解体される様子や亡くなった友人が飼っていた犬、葬儀、スペインの詩人ガルシア・ロルカの生まれたベッドなどなど、死に近いものが多いかもしれません。説明するとめちゃくちゃ暗くなります(笑)。
―濃密な死の空気が漂っていますが、死についてどう考えますか?
私は……よくわかりません。
亡くなった人はずっと写真の中で生きていたりします。私はたくさんのカメラをあれこれ使っているので、1本のネガの中で笑っていた友人が次のカットではお葬式になっているということもありました。また中学生の時、友人が亡くなった日、友人がいないこと以外何も変わらないことに呆然としました。
死というものは、不思議です。ぴゅっといきなりいなくなる。なのに、日常は変わりなく続いていく。
―死に対して、ヌードやセックスは生の絶頂ともいえます。この対照的な裸を撮り続ける理由はなんでしょうか。
出会うから、ですね(笑)。18歳から男性ヌードを撮り始め、長く続けていますからそうすると、周りの人が紹介してくれるのですよ。あるときは男性ヌードばかり発表していましたから。
女性も撮影しますが、男性とは違って。女性の場合は対面している感じではなく、共犯というか一緒にたくらんでいる感じです。ホテルで撮ったり相手の家で撮ったり、不思議な良い時間です(笑)。脱いでもらって1~2時間のみ過ごす、凄く特殊な関係。
―撮るときのテンションは?
もちろん緊張します。お互いかもしれません。
そして脱ぐという行為で空気が変わる。緊張したままでもほぐれてもいい。どちらもいいです。それはそういう被写体ということです。場を和ますことも、いまではしなくなりました。そんな中、つながった、というときがあります。脱いだとき、さらけ出したときにどこかでつながる。1時間もお互いを見つめ続けるなんて恋人とでもない経験ですよね。
―ヌードが野村さんの代表作なイメージがありますが、花や風景、動物の写真も美しいです。ダークでどこか悲しげです。
私の眼にはより痛みが見えるのかもしれません。必ず痛みは同居しているでしょ。笑顔にも悲しみが写ったりとか、いつも両側同居していると思って撮っています。私が撮ったときは悲しみの比率が多いかもしれないけど。
―そのためか、1枚1枚の写真からはストーリー性を感じますが、今回の写真集では脈絡なく並べられている印象です。
「祖母の棺桶を見ている叔母」と「ベッドの奥にある窓の外の風景」の上下の写真の組み合わせなど、少し関連性を感じさせるページもあります。でも説明はしていません。見る人がわかるようなわからないような、惑わすような。鑑賞者がページを繰るうちに、彼ら自身の記憶と結びつけばいいと思っています。
綺麗に撮っていれば壊したくなるし、ストーリーが分かりやすくできてしまったらそれも壊したくなる。タイトルも。なるべく意味が分からない方がいい。何が写っているか説明しないのは、見て考えてくれればいいけど、説明して分かったというのでは写真として嬉しくないんです。
―何も伝えたくないと。
写真なのに、自分の世界に見る人を引き込んでしまうのはもったいない。写真はリアルにあるもの、実際に見られる現実を撮ったものなので、なるべく何も伝わらない方がいい。撮った思いは伝わらなくてもいいんです。
見た人に写真として、あ!と思ってもらえれば良い。馬の写真だったら、その人の馬の記憶と重なってくれることで、その人の馬の写真になってくれればいい。鑑賞者の記憶とリンクして広がればいいんです。
写真でメッセージを伝えたいわけではないんです。『春の運命』でも、私が撮ってきた時間が見る人の時間にリンクしてくれれば嬉しいですね。
タイトル | 『春の運命』 |
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出版社 | Akio Nagasawa Publishing |
出版年 | 2020年11月 |
価格 | 6,600円 |
URL | https://www.akionagasawa.com/jp/shop/books/akionagasawa/fate-in-spring/ |
2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。