30 July 2021

森岡督行×山根晋、陶芸家・黒田泰蔵が辿り着いた世界を時間で抽出する写真集

30 July 2021

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森岡督行×山根晋、陶芸家・黒田泰蔵が辿り着いた世界を時間で抽出する写真集 | 森岡督行×山根晋、陶芸家・黒田泰蔵が辿り着いた世界を時間で抽出する写真集

今年4月に逝去した陶芸家・黒田泰蔵(1946-2021)は、30年以上にわたりほぼ白磁のみを制作し、世界の真理を現前させるかたちを追求してきた。現在、大阪市立東洋陶磁美術館で個展が開催されている彼の代表作である円筒と梅瓶(メイピン)を山根晋が撮影した作品集が、このほど森岡書店から刊行された。撮影の手法は、日の出から日没まで、移り行く光とともに変化する作品の姿を10時間以上にわたって撮影するという、他に類を見ないものだ。プロジェクトを企画した森岡督行と撮影を担当した山根晋に、作品集制作の舞台裏を聞いた。

インタヴュー・文=小林英治
ポートレイト写真=高橋草元
書籍写真=関健作

世界の表象としての円筒と梅瓶

森岡督行×山根晋、陶芸家・黒田泰蔵が辿り着いた世界を時間で抽出する写真集

―作品集を制作した経緯を教えてください。

森岡督行(以下、森岡):去年(2020年)の暮れに、伊豆にある黒田泰蔵さんのアトリエに初めて伺う機会がありました。黒田さんのお仕事はもちろん存じていましたし、書かれた文章なども読んでいましたが、お話をうかがったり、お庭や集めている絵画、オブジェ、骨董などを拝見したりしていると、黒田さんは世界に対するご自分の考え方を白磁で表象しているんだなということが、少しずつ理解できたような気がしました。ただ、そのとき泰蔵さんが作品について語ったことは、本質的なひと言だけでした。「イエスでもノーでもないかたち、わかるだろ」と。

―そのときは本の企画があったわけではなかったんですね。

森岡:はい。最初に訪れたときはそこで終わったんですけども、あまり間を空けずに再び訪れたとき、決定的に、作品集を作りたいなと思いました。アトリエにあったのは、円筒と梅瓶(メイピン)の2種類だけだったんです。その意味っていったい何なんだろう? と考えると同時に、その背景にある大きなものを抽出するような1冊の本が作れたらなと。でもいま振り返ると、黒田さんが長年懇意にしてこられた、プロデューサーの木本和久さん(今回の写真集の監修者でもある)が私を連れて行ったということは、そういう導きみたいなことだったんだろうなと思います。

―円筒と梅瓶を、日の出から日の入りまで撮影するというアイデアはいつ生まれたのでしょうか。

森岡:何となく、梅瓶と円筒で本を構成するんだろうなとは漠然と思っていたんですが、実際に今年に入ってから山根さんとロケハンに行くまでは、こういう本になるとはまったく考えていませんでした。正直、どんなふうに撮ったらいいかもわからなかったんです。それが、実際に円筒と梅瓶を目の前にしたときに、これをひとつずつ、一日の時間の中で撮っていくのがいいんじゃないかと直観したんです。

山根晋

山根晋(以下、山根):決まるまで、ほんの5分ぐらいでしたよね。撮るなら自然光だよねという話は事前にしていたんですけど、黒田さんの旧邸に作品を置いて見たときに、もうこの方法しかないんじゃないかなと、自分的にもすごく腑に落ちるものがありました。でも僕は実際に撮る立場ですから、そこから具体的に考えはじめるわけですけど、森岡さんは、これで決まったという感じで、「じゃあ、僕は庭で寝てきます」って(笑)。

森岡:最初にアトリエを訪れたときにから、あの庭に寝転がってみたいと思ってたんですよ。それで、方針が決まったからあとは山根さんに任せようと、庭でごろごろ寝たんです(笑)。でも、それも良かったんですよ。庭の傾斜と梅瓶の傾斜は対応しているんじゃないかとか、庭から望む伊豆大島の眺めと海面とが、何となく梅瓶の口のところと対応しているのかなとか。寝ることによって、その土地と作品の関係性というものが、身体で納得できたようなところがありました。

森岡督行×山根晋、陶芸家・黒田泰蔵が辿り着いた世界を時間で抽出する写真集


光の推移による作品の変化を受容体として撮る

―それぞれの作品を一日を通した複数の写真でとらえようとしたのは、1枚の写真では黒田さんの作品の本質を伝えられないと思われたからなのでしょうか。

森岡:そうですね。かたちの中にある黒田さんの哲学みたいなものを引き出すような、ビジュアルランゲージとして表す必要があるというのはわかっていたのですが、一日の時間の中で撮っていくというアイデアが出てきたときに、それがくっきり見えてきました。だから、あとは余計な要素だなと思って、当初は僕も撮影に同行するつもりだったんですが、変なディレクションはない方がいいという気がして、山根さんの感覚にすべてを委ねました。

山根:現場には撮影前日の昼過ぎくらいに行って、黒田さんがイギリスで見つけて持ち帰ってこられたという板の上に作品を置いて、ミリ単位で調整して構図を決めていきました。完全にセットしてから、寝袋に入って夜明けを待ち、日の出から日の入りまで10時間以上かけて撮り続けました。最初に梅瓶を撮って、翌週、同じ手順で円筒を撮影しました。

森岡督行×山根晋、陶芸家・黒田泰蔵が辿り着いた世界を時間で抽出する写真集

―シャッターは、例えば30分ごとに規則的に押しているというわけではないんですね。

山根:はい。時間の中で何か変化が起こるだろうと思っていたので、その変化に反応しようと決めていました。黒田さんのお住まいの空気を感じながら、それぞれの器と一晩ともに過しているので、すごく感覚が微細になっていって、光の移ろいが若干違うだけでも差異がわかるようになってくるんです。梅瓶を撮影した日は雲がすごく出ていたので、どんどん光が変わるごとに違う表情を見せてくれました。逆に、円筒のときは雲がひとつも出ない晴天だったので、きれいに光が推移していく様子をとらえることができました。だから撮影自体に関しての迷いはなかったですけど、本として絶対に成立させたいという気持ちもあったので、一枚一枚が成立する強度をどうやって作るかを撮影しながら考えていました。アイデア一発勝負で終わってしまっては駄目だと思っていたので。

―場合によってはコンセプト先行に見えてしまうかもしれないと。

山根:そうなんです。だから、そのためにも時間ごとに機械的に撮っていくのではなく、撮り手の感覚を反映させる記録性を持たせた方がいいと思いました。

山根晋

―被写体を対象物としてとらえるというよりは、やり取りする相手として対峙するような感じでしょうか。

山根:完全にそうでしたね。ちょっと変な話かもしれないですけど、黒田作品と対峙するのは、ほぼ神事みたいなものだなと思ったんですよ。要するに、光と黒田作品の神事を記録していく、そういう認識で臨んだところが結構ありました。作品自体がとてつもないフォルムなので、撮り方としては絵として作りたいという欲求はすごく出てくるんですが、そういったエゴはなくして、とにかく自分は神事の目撃者として、ただの器になろうと。

―受容体としての器ということですね。

山根:はい。だから写真家としての自己表現ではまったくないんです。受容体だからこそ感じられるものをとらえようとしたので、正直、自分でシャッターを押した感覚がないところも少しあります。見ているけれど、逆に見られているような感覚というか。

森岡:そう、黒田さんの作品には、「見られている」感覚がありますよね。

山根:そんな状況で、しかもひとりで、何十時間も黒田さんの作品と向き合えたのは贅沢でしたね。どんどん引き上げられる感じがあるというか、「ここまで来い」といわれているような感じがあって、完全にゾーンに入りました(笑)。


見る人それぞれの言葉を引き出す写真

―山根さんが撮られた写真を最初に見たとき、森岡さんはどう思われましたか?

森岡:梅瓶と円筒でこれだけイメージが違うのか、という驚きがありました。同じ条件で撮っていながら、まるで別の世界が立ち上がっている。その相違にこそ、もしかしたら黒田さんが表したかったことがあるのではないか、そんなふうに思えました。特に円筒の方は厳しい世界だなと感じました。ほかの作品と比べると一目瞭然なんですが、黒田さんの円筒というのは、人が作った痕跡が一切ないんですよ。ソリッドで、ストイックに極限まで削ぎ落とされている。一方で、梅瓶の方は手の痕跡が若干あって、エロスみたいなものというか、人間の生を肯定するような感じがあります。そこの違いが、この写真でよりわかりました。

山根:具本昌(クー・ボンチャン)に『白磁』(ラトルズ/2007年)という写真集がありますが、あれは数百年前に作られた白磁を撮影しているので、その時間が写真に写っていますよね。でも黒田さんの白磁はいま作られたものなので、その強度を表すにはどうしたらいいかということを考えました。現象的にも観念的にも、「今の光」を撮ろうという意識は強くありましたね。

森岡:当初はシンプルに「黒田泰蔵」という作品集のタイトルを考えていたんですけど、上がってきた写真を見て、「A day in february with light / Kuroda Taizo」というように、より光を見てもらうようなタイトルに変えました。それから、本造りの段階になったときに、53枚の写真全体で「時間」をとらえてもらいたいと思ったので、ノンブルを入れないことにしました。

山根:本になると時間が形になっているのが見えるので、楽しみですね。

森岡:たぶん見る人によって、見る人それぞれの言葉を引き出す写真なのではないかと思っています。黒田さんに完成したものがお渡しできなかったのは、本当に残念なのですが……。

山根:そうですね。結果的に、これは黒田さんが最晩年に作られた円筒と梅瓶を撮ったものになりました。

―森岡書店での展示はどのようなプランを考えていますか?

森岡:黒田さんからは、円筒一点だけを展示したいというご希望を生前にうかがっていたので、円筒を中央に一点置いて、その横に本を置いて、山根さんの写真を壁に飾ろうかなと思っています。作品集とあわせて、山根さんのプリントも販売します。最後にこの円筒と梅瓶の二つが残ったという意味を、いろんな人に考えてもらうための本でもあるかなと思いますので、会場ではみなさんの感想をぜひ聞かせてほしいです。

▼写真集
タイトル

『A day in february with light / Kuroda Taizo』

出版社

森岡書店

出版年

2021年

価格

7,700円

仕様

ハードカバー/B5

URL

https://www.moriokashoten.net/

▼展覧会
タイトル

黒田泰蔵作品集『A day in February with light – Kuroda Taizo』出版記念展覧会

会期

2021年8月17日(火)~8月22日(日)

会場

森岡書店(東京都)

時間

13:00~19:00

URL

https://www.moriokashoten.net/
*現在オンライン展覧会開催中

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