4 August 2021

両足院大書院の襖を
杉本博司「放電場」が占領する

AREA

京都府

4 August 2021

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両足院大書院の襖を杉本博司「放電場」が占領する | 両足院大書院の襖を杉本博司「放電場」が占領する

自身の集大成であり、いまもなお進行中であり、自らそれを「遺作」と呼ぶ江之浦測候所を建設し、公開した。京都市京セラ美術館での大個展などを手がけた後も決して安穏とすることなく、自身の作品制作、舞台演出、建築から大河ドラマのタイトルまで幅広いジャンルにわたり走り続ける杉本博司。このたび、京都の建仁寺を舞台に新しいプロジェクトを手がけた。お寺と写真というあまり馴染みのないコラボレーションを繋ぐものは何か。晩秋の一般公開が待ちきれない人たちのために、予習を兼ねた解説をお届けしよう。

インタヴュー&文=鈴木芳雄

京都の名刹、建仁寺の塔頭である両足院は室町時代(14世紀)に開山した。周囲に半夏生(はんげしょう)が茂る池を抱く池泉廻遊式庭園に面している大書院は、今からおよそ180年前に建てられた建物。その襖絵をこのたび、現代美術作家の杉本博司が手掛けた。

襖絵として杉本の「放電場」シリーズが大胆に広がっている。計8面。雷電、稲光をとらえたとも見える図様がこの書院にあって、その場を引き締め、特別な空気感を醸し出す。龍が舞い降りるとき、雷が轟く。寺に龍を招き入れるという見立てでこのような情景が出来上がったのだという。


杉本は現代美術作家として、作品制作にあたっては、独自のコンセプトを立て、それを高度な技術を用いて、他の追随を許さない作品に仕上げている。一方で、神道や仏教の古美術収集にも力を注いできた。自身の展覧会でもしばしば自作と古美術を並べる展示をしている。

そんな杉本の活動は、宗教と科学は一見、遠いところにあるようで、実は近しい関係にあるということを常に語っているといえる。人はどこから生まれきて、どのように生きていき、そしてどのように終わりを迎えるのか。それを想うとき、私たちは宗教的な思惟と科学的な思考から逃れられないということを作品を通して伝えてくれている。

宗教と科学。杉本の仕事を巡っては、記憶に新しいところでは昨年、京都市京セラ美術館での展覧会「瑠璃の浄土」で、仏や菩薩が住まうという浄土の「光」と、近代科学の父、アイザック・ニュートンによって解明され、その後の光学、物理学研究の基礎となった「光」の研究を作品で示した。


今回、襖として設えられた「放電場」だが、これは杉本が10数年前から発表しているシリーズである。カメラを使わない写真作品。暗室にジェネレーターを持ち込んで、40万ボルトの高圧電流をつくり、直接フィルムの上に落雷(スパーク)させて感光させる。手法はいくつかあり、フィルムに直接放電するやり方と、帯電させたフィルムを塩水中で放電させる方法も。その結果、出現する画像はいかにも雷の図像だったり、あるいは原始的な生物の姿と見紛うものなど、さまざまなヴァリエーションを生む。

杉本博司


雷は自然現象であるが、立場や見方、時代によっていろいろに解釈されてきた。両足院副住職の伊藤東凌師はこう話す。

「雷が科学的に電気であることが証明される以前は、神の怒りであったり、雨をもたらす龍の化身、あるいは怨霊の祟りと考えられていたそうです。一方で、闇の中にさす光が心の中の光明と重なって感じることもあるでしょう。その閃きが現代を生き抜く想像力の逞しさ、力の象徴にも私には思えています」

建仁寺は臨済宗の開祖栄西によって、建仁2年(1202年)に創建された。栄西の入寂後、その墓所を栄西直系の弟子たちによって守塔された寺院が知足院で、それがこの両足院の前身である。両足というのは、智慧と慈悲、二つのものが足りているということ。二つのもの、雷に置き換えれば、光と水。それがここに現れている。

「放電場」の襖は東に向いているがその裏側、つまり西面は手漉き鳥の子、薄鼠に黒雲母の唐紙が貼られている。模様を斜めにしてあることからこちらは雨の見立てであるのがわかる。栄西は葉上房と号していたが、これは雨乞いをし、見事に雨を降らせ、そのとき、木々の葉の上の雨つぶ一面に栄西の姿が映ったことからであるといわれている(唐紙の制作はかみ添の嘉戸浩氏、襖と掛軸の表具は藤田雅装堂の藤田幸生氏)。

襖には「放電場」、床には杉本の手になる掛け軸「日々是荒日」と「日々是口実」。「日々是好日」の地口ととれるが、ここにも両義性が込められている。杉本はこう語る。

「『荒日』、これは荒れた天気は破壊の嵐でもある一方で、恵みの雨でもあるということ。『口実』、人間は自分を正当化して生きていく上で口実を考えているものです。言い訳を考え、理屈をこね、口実を並べる。それは人間が人間である所以でもある。また、科学的事実をつきとめるために疑問を呈しながら、あれこれ理屈、説明を考えることに通じます。人間の業、営みなのです。」

伊藤東凌師はさらにこう続けた。

「この『放電場』の襖が入ることで、場の気配が大きく変わりました。多くの人にここで瞑想的な時間を過ごしてほしいです。第六感をよみがえらせる空間になると思います」。

杉本博司

タイトル

特別展「杉本博司:日々是荒日」

会期

2021年11月1日(月)〜11月14日(日)

会場

両足院(京都府)*両足院は非公開寺院であり、一般公開は期間限定、完全予約制で9月よりウェブサイトにて受付を開始予定

休館日

11月9日(火)、11日(木)*11月3日(水・祝)は貸切

観覧料

2,000円

URL

https://www.ryosoku.com/

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