18 February 2022

笠井爾示×町口覚×野村佐紀子
「同世代の写真家二人と造本家、30年の付き合いの中で育まれた本、そして関係性」

18 February 2022

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笠井爾示×町口覚×野村佐紀子「同世代の写真家二人と造本家、30年の付き合いの中で育まれた本、そして関係性」 | 笠井爾示×町口覚×野村佐紀子対談「同世代の写真家二人と造本家、30年の付き合いの中で育まれた本、そして関係性」

笠井爾示の最新作品集『Stuttgart』(bookshop M)は、かつて一家が暮らしていたことのあるドイツの都市シュトゥットガルトを再訪した家族旅行の滞在中に、母・久子を撮影した135枚の写真から構成されている。昨年11月のパリフォトで初披露された本作のブックデザインを担当したのは、笠井の作品集を20年ぶりに手がけた造本家の町口覚。そこにはどのような偶然と必然があったのか。

かたや、二人と30年来の親交があり、これまで町口と数々の写真集を作ってきた野村佐紀子。出身地である九州・下関での個展「海」を控え、精力的な制作・発表活動を展開する。それぞれの写真と協働について語ってもらった。

文=小林英治
写真=高木康行


1990年代に出会った写真家と造本家

―3人は、遡ると1990年代からのお付き合いになりますか?

町口覚(以下、町口):そうですね。僕が1995年に24歳で『40+1 PHOTOGRAPHES PIN-UP』という写真家を集めた写真集を自分で出版したとき、一緒にやった40人の写真家の中に二人は入ってますから。

笠井爾示(以下、笠井):出会いはそれより前だから、もう30年ぐらいか?

野村佐紀子(以下、野村):そうなりますね。

―町口さんが爾示さんの写真集を手がけられたのは、今回の『Stuttgart』が20年ぶりになるということですが。

町口:そうなんです。2001年の『波珠』(青幻舎)以来だから。

野村:あれ以来?

笠井:そう。写真集は20年ぶりだけど、年に何回かはずっと会ってたよね。

町口:うん。一方で、佐紀子とは10冊も作ってるんですよ。僕の出版してるMレーベルの最初が大森(克己)さんと佐紀子だから。

野村:うん、そうだね。

野村佐紀子

―野村さんの本が95年から10年間空いたのはどうしてですか?

町口:その間の10年は日本の出版事情というのが大きく変化して、特に2000年代に入ってからは、自分で本を作る環境をデザインしないとマズいと思って、2005年に自分でレーベルを立ち上げたんです。それで佐紀子に声を掛けて、金沢の男性ヌードを撮りおろした展覧会に合わせて作ったのが『tsukuyomi』(MATCH and Company / 2005年)。その間も、爾示とは作品的なものはやってないけど、仕事はしてたと思います。

町口覚

笠井:おれも町口とは、チラシの写真とかはやってたし、それこそ親父(舞踏家の笠井叡氏)の「花粉革命」という公演のポスターの写真を撮れとかいわれて、撮ったりしてたんだけどね。あれは2001年だから。

町口:『波珠』をやる前から、爾示には叡さんを紹介されて、ダンスカンパニーの公演ポスターのデザインなんかをするようになってたんです。それまで僕は舞踏とは特に縁がなかったんだけど、なぜか叡さんとはすごいウマが合っちゃって、実は爾示より、叡さんやプロデューサーでもある母親の久子さんとのお付き合いが濃くなっていったんですよ。

笠井

笠井:そうそう。

町口:佐紀子とは、2008年に同時期に出した『黒闇』(Akio Nagasawa Publishing)と『夜間飛行』(リトルモア)が印象深い仕事かな。

野村:あのときは濃かったね!

町口:この年に僕はパリフォトに初出展したんですけど、『黒闇』を持って行ったら反応がすごく良かったのを覚えてる。そのあと、東日本大震災後にまた僕のレーベルで、『Nude/A Room/Flowers』(MATCH and Company / 2012年)を出して、2016年からは毎年のように本を作っています。

野村:そうだね。でも、爾示さんとは、なんでこんなに間が空いたんですか?

笠井:たまたまだよ。まあ、町口はすごい真面目に本を作ってるじゃない?おれはどっちかというともう少し写真集では遊びたいし、いかがわしさが写真に欲しいと思ってるので、そういうものは町口には頼めないなっていうのはあったかな。


家族旅行から生み出された作品

―今回『Stuttgart』を一緒に作られたきっかけは?

町口:被写体である久子さんは爾示の母親なんだけど、久子さんはずっとリュウマチを患われていて、その身体を石内都さんが写真に撮られてたりもしてるんですね。それもあって、父と弟二人が舞踏家という身体表現を生業にしている笠井家で一人だけ写真家になった爾示が、「いつかは母の身体としっかりと向き合って撮らなきゃいけないんじゃないの?」っていう話を、爾示だけじゃなくて、それこそ叡さんや久子さんにも僕はずっとしてたんですよ。

―巻末に掲載された文章を拝読すると、これらの写真は、かつて一家が住んでいたことがあるドイツのシュトゥットガルトへ家族で旅行に行ったときに撮った写真とのことですが、作品にするために撮った写真ではなかったんですか?

笠井:いや、全然。もともと家族旅行の計画があったんです。単純に、両親が高齢になってきたということもあって、家族全員で一時期住んでいたシュトゥットガルトにみんなで行ってみないかという話を、実際に行った2019年夏の一年半くらい前からしてたんです。だけど、なかなか家族全員のスケジュールが合わなくて、計画してもどんどんリスケになっちゃって、このままだといつになっても行けないから、半ば強引に2019年の7月の終わりから8月に全員が休みをとって行きました。

―その旅行中に久子さんを撮ろうと決めたんですね。

笠井:出発の一週間くらい前に閃いたんですよ。さっきも町口の話にあったように、「久子さんを撮ったらどう?」っていうのは、15年ぐらい前から町口にはいわれてて。といっても、会うたびにいつもというわけじゃないけど。

町口:酒が進むとね、そういえばさって(笑)。

笠井:おれはそれをどちらかというと聞き流してたというか、実家に帰って母親撮ってもねって感じだったけど、でもいつか撮るかもしれないなっていうのも頭の片隅にずーっとあったんです。だから、別に町口にいわれたからってことでもないんだけど、本当に家族旅行の一週間ぐらい前に、「あれ、これはドイツで撮るのが一番良いんじゃないかな?」ってふと思って、その場で久子さんに電話して「撮ろうと思うんだけど」って伝えたんだよね。

野村:そしたら久子さんは何て?

笠井:「あ、そうなの」みたいな(笑)。衣装とか持ってきてとか、裸を撮るとも僕は一切いってないですけど、もしかしたら裏で叡さんが何かいったのかもしれない。

野村:でもいいよね、そうやってドレスとか用意してくれてたとしたら。

笠井:それで、久子さんをいつか撮るかもしれないということが頭の片隅にあったのと同じように、町口とはまたいずれ何かやるだろうなっていうのも、どこかにあったんですよ。それが久子さんの写真なのかはわからないですけどね。20年前に『波珠』をつくったときも、侃侃諤諤、いい合ったよね。

町口:一年間ずっとやったもんな。一緒に撮影にも行ったし。

笠井:そのときの良い思い出、ぶつかった思い出、いろいろあるから、いい方は悪いけど、どこかで落とし前をつけたいなっていうふうに思ってた。それでシュトゥットガルトで撮って帰ってきて、見直して、セレクトして、プリントアウトしたら、これは本になりそうだと思うと同時に、完全に町口案件だなと思って、すぐ町口に見せたんです。

町口:そうそう。おお、よく撮ってきた!って。今回、この吉祥寺の書店book obscuraで展示しているものが、その時に持ってきてくれた現物のプリントなんだよね。時系列に並べられた写真が135点あって、見て、これはいいじゃないってすぐに思った。シュトゥットガルトで撮ったのもよかったし。光が素晴らしくて、これは久子さんの写真でもあるけど、光の写真だと思ってね。すべて縦位置っていうのも気に入ったし。

野村:なんで時系列なの?

笠井:プリントアウトしたときに、時系列にプリントアウトされるじゃん。それをそのまま持って行っただけ。

町口:僕はそのまま見ただけ(笑)。

笠井:でもおれは、写真集作る過程で、町口は何かしらやるんだろうと思ってたの。いろいろこね繰り回したり。

野村:ひどいこといってるね(笑)。

笠井:いやディスってるわけじゃないよ。でも何もいわずに、これでやってって渡したら、校正上がってきてシークエンスが変わってないから、むしろびっくりした。

野村:収録されてるのは何点?

町口:135。

野村:あ、そのまま全部?順番通りに?

町口:そうそう。135点で、順番通りで、俺はレイアウトしただけ。あとタイトルかな。「久子さん」ってタイトルにするか、「Stuttgart」っていうタイトルにするかっていうのがあったけど、そこは僕が「Stuttgart」がいいんじゃないかと。

縦位置か横位置か

野村:しつこいようだけど、順番通りが良かったの?

町口:変える理由ないしね。裸が3回出てくるからさ、ちょっと地に色を入れたりして、そこの見せ方を考えたりはしたけど。

野村:どれくらい枚数を撮ったの?

笠井:覚えてないんだよね。これに関しては。

野村:何となくあるじゃない、撮った分だけ出したのか、それとも一部なのか。

笠井:いや、この10倍も撮ってないとけど、これ以外にも横位置で風景撮ったりとか、家族を撮ったりとかしたのもあるから、それでいうと結構な量になるかな。

町口:あなたたち二人とも、膨大な枚数を撮る人たちだからね。

野村:シーンごと外してるものもある?

笠井:それはない。撮っているときは作品集にしようとはそこまで強く意識してなくても、久子さんの写真は久子さんで完結させたかったから、全てを縦位置の写真にしたんだと思う。普段は横位置で撮ることが圧倒的に多いから。

野村:何で縦位置にしたの?

笠井:なんかね、単純に縦位置やってみたいなと思って。それも、降りてきたんだよね。久子さん撮ろうって思ったときに。

町口:佐紀子の写真も横位置が多いけど、『春の運命』(Akio Nagasawa Publishing / 2020年)のときは、横位置の写真を上下で縦に見せたいんだって、自分でラフを作ってきたよね。

野村:うん。片ページ白でもう片ページに縦の写真を組む見開きの二枚じゃなくて、見開きで縦に二枚で見たいと。

町口:「本っていうのは、ノドがあるから写真が見えずらくなるぞ」っていっても、「それをやるのがあなたの仕事でしょ」って(笑)。でも、これはよく作ったよね。こういう読書体験はあんまりないと思うな。

笠井:横位置写真二枚を縦に並べたかったのは何で?

野村:気持ちがいいんだよね、縦っていうのは。横の関係と縦の関係ってちょっと違うでしょ。

笠井:前からそう見せたかったのか、それともこのときに初めてそう思ったの?

野村:写真を上下で見せるというのはやりたいなって以前から思ってた。やっぱり、私も写真は横位置ばかりなんで。

野村佐紀子

笠井:そういう意味では、おれもどっかで縦位置の写真集は作りたいと思ってたよ。

野村:それはわかる。「縦で撮ろう」っていう決心みたいなものはあるよね、うん。

笠井:そうそう。それがたぶん、このときにパッとそうなった。直観で(笑)。

―でもいまの若い世代の人たちは縦が圧倒的に多かったりするじゃないですか。たぶんデバイスで見せる意識が強いんだと思いますけど。

町口:あ、それはあるね。

笠井:おれとか佐紀ちゃんは、「あえて縦」なんだけど、いまの若い人は「あえて横」ってことか。

町口:だから、昔よくいわれていた「横が客観で縦が主観」というわけじゃないんだろうね、いまの若い人は。また先人とは違う縦位置・横位置論があるかもしれない。でも、僕と爾示からしたら、今回の『Stuttgart』は、あえて縦位置で1冊の本を作ったっていう意識があるかな。


造本からみる写真の違い

―佐紀子さんは、2月11日から下関市立美術館で開催される個展(野村佐紀子写真展「海」)にあわせて、写真集『海 1967 2022 下関 東京』(リトルモア)を発売されます。まず展示はどのような内容ですか?

野村:回顧展といういい方がふさわしいのかわからないけど、地元で撮った昔の写真から、撮り下ろしの新作までの151点で構成しています。写真集にもある巻頭の馬の写真は、なんと大学一年生のときの課題で阿蘇山に行って撮ったもの。

―作品選びはご自身ですか?

野村:今回は藤木(洋介)さんという方がゲストキュレーターとして入っていて、過去の作品から新作まで全部を渡した中から彼が選んで、やり取りをして決めました。写真集は展示とは別のセレクトでいいといったんですけど、結果的には展覧会の流れとほぼ同じでしたね。

―写真集には芥川賞作家の田中慎弥さんが文章を寄せています。

野村:田中さん、下関の実家が目と鼻の先のご近所なんですよ。家のすぐ目の前に海があって、同時期にたぶん全く同じ風景を見て育ってるんですよね。それで、版元のリトルモアの大嶺さんという編集者が、田中さんに短編小説を書いてほしいと依頼して、書き下ろしていただきました。

笠井:展示のプリントはどうしたの?

野村:今回、九州産業大学でプリントしてもらった。8ミリとかもあったから、スキャンをしてもらったり。

笠井:地元で撮った新作はどういうもの?

野村:故郷の下関で展覧会やるから、自分のご先祖様ではないけど、下関中のお墓をまわって、お墓の花を2,000枚くらい撮ったの。結局一枚しか使わなれなかったけど(笑)。

笠井:その一点はこの写真集に入ってる?

野村:入ってない(笑)。

笠井:残念……!まあ、そういうもんだよね(笑)。

町口:爾示は佐紀子の写真をどう思ってるの?

笠井:よい意味で、変わらないよなあって思ってる。それがすごいなって。あと単純に、見た瞬間すぐに佐紀子ちゃんの写真って分かるじゃん。それだけですごいと思う。でもやっぱり、「変わらない」かな。佐紀子ちゃん自身の中では変わってるのかもしれないけどね。

野村:いや、変わってないんだと思う。だって大学生の時の写真といまの写真が一緒に並べられるんだから(笑)。

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町口:でも、そういう人もなかなかいないよね。だいぶすごいんじゃないの?

―町口さんは、野村さんの写真の特徴はどんなところにあると思いますか?

町口:爾示とは真逆だよね。

笠井:え、どういう意味で真逆なの?

町口:造本的な話になっちゃうけど、例えば、今回『Stuttgart』でこだわったのは、コート紙に刷るということ。シュトゥットガルトの光をそのまま見せたいと思ったから、もっともスタンダードなコート紙で、ストレートに写真がパキッと見えるように作りたかった。これが風合いのある紙でやったら、もっと感傷的なものになっちゃうはずで。そういう意味でいうと、佐紀子の本でコート紙に印刷したものは1冊もないよね。佐紀子の写真は、写真がたたえている気配とか、奥の方に存在しているものをものすごく感じるから、それをパキッと印刷しちゃうと、余計なものまで見え過ぎちゃうというかね。闇の向こうにディテールがあるんだとか、そういうことに気を使って本を作ってるよね。

野村:うん、そうなんだろうなと思う。

町口:もちろん二人ともそれぞれに、佐紀子の光と影、爾示の光と影というのがあるんだけど、本を作る側からすると、佐紀子は影というか闇だよね。『黒闇』なんて、黄色味がかった書籍用紙に墨4色で刷ったし、『another black darkness』(Akio Nagasawa Publishing / 2016年)にいたっては、黒い紙に黒いインクで刷って作っちゃったし。

野村:全ページ真っ黒だからね。

町口:見る人が本に光を当てれば像が見えてくるっていう本を作りたかったんです。逆説的だけど、光を当てると佐紀子の闇が立ち上がってくる。

野村佐紀子

野村:あれは素晴らしい本でしたよね。

町口:だから、やっぱり佐紀子は闇じゃないかな。だからその闇にどうやって光を当てるかという本造りになるんでしょうね。


久子さんの写真に人は何を見るのか

野村:『Stuttgart』の評判はどうですか?

笠井:日本では1月25日に刊行したんだけど、その前に、去年の11月に町口がパリフォト行っている間に、叡さんの稽古場である「天使館」で一週間ほど展示をしたんです。おれにとっては実家だし、国分寺だし、しかも駅から歩くと15分ぐらいかかるんで、人が来るのかなと思ってたんだけど、結果的に400人来てくれて。ギャラリーで普段やる展覧会より来場者が多くて、それにまず驚いた。

野村:面白いね。

笠井:で、そのときの評判は良かったから、ああ良い本ができたんだなって、そこで実感したかな。展示自体は、それも佐紀子と同じく藤木さんがキュレーションしたんだけど、点数はすごく少なくて6、7点で、一点をすごく大きくプリントして額装したものを壁に立て掛けてるだけ。ただ、町口はよく知ってると思うけど、天使館っていう場所は50年前からあるんですね。建物自体は一回建て替えてるけど、それも30年ぐらい前。だから、土方巽のアスベスト館じゃないけど、いろんな人がそこに来てたっていう空気感とか感覚は天使館にもあって。

町口:あるある。あそこは精霊がいるよ。

野村:そういうところでやるのは、面白いね。

笠井:天使館を全く知らないで来る人も、何か感じるものがあるみたいで。最初、天使館でやるっていわれても全くピンとこなかったんだけど、いままでとは全然違う体験をした。

野村:写真集を見たり買ったりする人は、男と女でどっちが多いですか?

笠井:どうなんだろう?

野村:男の人は何ていうの?

笠井:結構ね、自分の母親を思う人とか。

野村:そういう人いる?

町口:男は多いよね。

野村:この写真を見て?そういう写真じゃない気がするけど。

笠井:おれもそう思ってたよ。でも、結構そういう人は多い。

町口:パリフォトで売ったときは、買うのは圧倒的に女性だったね。ブースの中から対面で売ってるから、見てて分かるのよ、「この人、いま刺さってるわ~」って(笑)。で、それは圧倒的に女性。それも、ある程度お歳を召した方が多かった。

野村:そこに何を見るんだろう?

町口:何を見るんだろうね。やっぱり、老いた久子さんの皮膚とかから感じるものがあるのかもしれないね。

笠井:女性でも、子供がいる人は、母親として見たっていう人はいる。自分は母なんだっていうのをここにトレースしてる人が。

野村:やっぱりそういう家族の視線になっちゃうのかな?

笠井:おれもそういうつもりで作ってはいないんだけど。

町口:でも、本を作った側としては、それはとてもよかったと思うよ。いろんな見方があるというかさ。僕らは久子さんのことを知ってても、初めて見た人は「体が不自由な老女」という情報を受け取るわけで、そこから自分の家族を想起したり、自らの老いを想像したり、いろいろなことを思う人がいるんだなって。


国内と海外で変わるコンテクスト

野村:写真だけじゃなくて、原稿を入れるのは迷わなかった?

町口:僕は最初からこの写真集には入れようと思ってた。とにかく「爾示書け。自分で書け」っていって。

笠井:おれはすごい迷った。テキストがない写真集も考えられると思ったし。いままでの自分の感覚でいうと全部を明かしたくないとか、写真で煙に巻きたいところがあるから。写真というものは嘘つきだっていう思いもあるし、それが楽しかったりもするし。だから、情報を与えないで「これって何なの?」っていうところで見せるんだったら、文章はいらないかもしれないなと。

野村:やっぱり、一瞬そう思うよね。

笠井:でも、そのへんは結構長いこと町口とは話したよ。だから、町口の中では文章入れると決めてたかもしれないけれど、おれは即決ではなかった。

野村:それは久子さんとの関係性を書くみたいなことが必要だってこと?

町口:僕はね。

笠井:でも、これはどっちが正しいってことでもないからさ。

町口:本人が書けないなら、爾示がわかってくれて、ある程度久子さんにも取材していただいて、それで書いてくれるっていう人にしようって話はしたよ。

笠井爾示

笠井:あと、単純にセンチメンタルなものにはしたくなかったんだよね。結構、文章によっては感傷的になってしまう可能性もあったから。

野村:この文章があるかないかでは、全く違うものになったと思いますよね。

町口:全く別物ですね。でも今回はそうしようっていう話で。最後の最後まで「お前が書け」って話はしたんだけど。

笠井:いや、おれは書けなかったね。でも、いまとなっては、大平(一枝)さんに頼んですごくよかったし、正解だったと思う。感傷的な話もすごく軽やかに書いてくれたし。

町口:あと、この写真集の読者は日本の方が圧倒的に多いとは思うけど、巻頭に英語を持ってきて、巻末に日本語を入れたっていうのは、ちょっとしたこだわりです。もちろん本はどこから見てもいいものだけど、台割上で考えたときに、日本の読者に対しては、テキストを最初に読んでから見てくださいってことじゃないだろうなと。でも外国の人っていうのは外堀から埋めていくところがあるから、「なぜ母と向き合うんだ?」とかさ。そういう意味でいうと、今回の写真集は、外国の人には「この写真にはこういう背景があります」というのを英語でしっかりと宣言してから写真に入ってもうらおうと。


20年ぶりの邂逅が結実した写真集

笠井:それにしても完成するまで結構、会ったよな。撮影は2019年夏で、町口に会ったのはたぶん帰国してすぐの8月の終わりだったけど、そこから本にしようっていって、でもそのあとコロナとかいろいろあって、形になるまで、まあまあ時間かかったんだよね。丸2年以上?

町口:かかったね。だって20年ぶりにやるんだからさ、飲みにも行きたいしさ(笑)。写真家はどう思うか分からないけど、本を作るっていうのは、すごく楽しいんだよ。同世代で、久しぶりに本を作るっていったらさ、ワイワイやりながら作りたいし、そうやって作ってる気分が本には絶対乗り移ると思うから。

野村:うんうん。

町口:いまの時代、出版っていうのは、いくらキャリアがあってもなかなか難しい状況で。だったら、うちのレーベルで出すか?って話に最後なって。

町口覚

笠井:おれの頭の中では最初から「Mでいいじゃん」って思ってたけどね(笑)。でも、町口はこれに賭けてたというか、いい本にしたいっていう気持ちがすごく伝わってきてたから、逆に下手に「Mでいいよ」っていいづらい感じがあった。

野村:私は傍で見てて、いおうと思ってたよ(笑)。

町口:結果的には、造本も、裏抜けがする薄いコート紙にこだわったり、こういう三方背ケースを作って、しかもそこから固い本じゃなくてペロンペロンの本が出てくるっていう、普通あり得ないことやったり。多分これは自分のレーベルじゃなかったらできなかったと思う。だから、でき上がったときには、「爾示、よかったな」っていう話になったよな。

笠井:そうそう。ああでもないこうでもないっていってたよな、飲んでるときに(笑)。

町口:でもそういうことも大事じゃん。いまの時代に本を出すには、どういう形で出すか、部数が多ければいいのかとか、こういうテーマの写真集を出版することにはどういう意味があるかとか、そこらへんまで僕は考えたいと思ってるから。

笠井:ほんとそうだよね。ここ4、5年は一年に1冊は写真集を出してるんだけど、そうすると、中には話をもらってから3カ月ででき上がっちゃったりする本もあったりする。そういう意味では、2年って長いんだけど、苦労したとかそういう話じゃなくて、つまりすごく有意義な時間だったなと。

町口:そう正面からいわれると恥ずかしいけどな。

野村:ハハハ(笑)。

笠井:20年間ブランクがあったとしても、いずれにしろ、町口とはこういうことはすると思ってたから。

町口:また20年後にやりましょうよ。そのときまだお互いやってるかな?

笠井:それはわからないけどね(笑)。

▼展覧会
タイトル

笠井爾示写真展「Stuttgart」

会期

2022年1月20日(木)〜2月28日(月)

会場

book obscura(東京都)

時間

12:00~19:00

定休日

火水曜

URL

https://bookobscura.com/items/61d5559f113ce069e0a616b1

タイトル

特別展 野村佐紀子写真展「海」

会期

2022年2月11日(金・祝)~3月27日(日)

会場

下関市立美術館(山口県)

時間

9:30~17:00(入館は閉館の30分前まで)

定休日

月曜(祝日の3月21日は開館)

観覧料

【一般】1,200円(960円)【大学生】960円(760円)*( )内は20名以上の団体料金/18歳以下、高等学校、中等教育学校、特別支援学校に在学の生徒は無料、下関市内在住の65歳以上の方は半額

URL

http://www.city.shimonoseki.yamaguchi.jp/bijutsu/2021/sn/index.html

▼写真集
タイトル

『Stuttgart』

出版社

bookshop M

発行年

2021年

価格

5,500円

仕様

ソフトカバー/255mm×171mm/184ページ/カラー

URL

https://bookshopm.base.ec/items/56546568

タイトル

『海 1967 2022 下関 東京』

出版社

リトルモア

発行年

2022年

価格

3,520円

仕様

ソフトカバー/303mm×227mm/104ページ/カラー

URL

http://www.littlemore.co.jp/store/products/detail.php?product_id=1057

笠井爾示|Chikashi Kasai
1970年生まれ、写真家。1996年、初個展「Tokyo Dance」(タカ・イシイギャラリー)を開催。1997年、同名の初作品集『Tokyo Dance』(新潮社)を出版。以降エディトリアル、CDジャケットやグラビア写真集を手がけ、自身の作品集も多数出版している。11作目となる『Stuttgart』(bookshop))を2022年1月25日に刊行。
https://chikashikasai.com/

野村佐紀子|Sakiko Nomura
1967年、山口県下関生まれ。1991年九州産業大学芸術学部写真学科を卒業し、1991年に荒木経惟に師事。1993年より国内外で写真展を多数開催している。主な写真集に、『裸ノ時間』(平凡社)、『夜間飛行』(リトルモア)、『黒闇』(Akio Nagasawa Publishing)、『TAMANO』(Libro Arte)、『another black darkness』(Akio Nagasawa Publishing)、『雁』(BCC)、『Ango/sakiko』(bookshop M Co., Ltd.)、『愛について』(ASAMI OKADA PUBLISHING)、『GO WEST』(Libro Arte)、『春の運命』(Akio Nagasawa Publishing)などがある。
http://sakikonomura.com/

町口覚|Satoshi Machiguchi
造本家、グラフィックデザイナー、パブリッシャー。1971年東京都生まれ。デザイン事務所「マッチアンドカンパニー」主宰。日本を代表する写真家の写真集をはじめ、映画・演劇・展覧会のグラフィックデザイン、文芸作品の装丁などを幅広く手掛ける。2005年、自ら写真集を出版するためレーベル「M」を立ち上げ、2008年より世界最大の写真の祭典「PARIS PHOTO」に出展、世界を視野に“日本の写真集の可能性”を追究している。2009年、2015年に造本装幀コンクール経済産業大臣賞、2014年に東京TDC賞などを国内外で受賞多数。

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