18 March 2022

チャーリー・エングマン インタヴュー、
パルコ2022年春夏のキャンペーンスローガン
「TEAM HARMONY」に込めた想いとは?

18 March 2022

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チャーリー・エングマン インタヴュー、パルコ2022年春夏のキャンペーンスローガン「TEAM HARMONY」に込めた想いとは? | チャーリー・エングマン インタヴュー パルコ2022年春夏のキャンペーンスローガン「TEAM HARMONY」に込めた想いとは?

11歳のときに90年代後半の東京を訪れて以来、この街に魅了され続けていると明かす写真家のチャーリー・エングマン。そんな彼が、クリエイティブディレクターのジェイミー・リードとともに、東京カルチャーを象徴する存在といえるパルコの2022年春夏キャンペーンビジュアルを手掛けた。パルコは東京、エングマンはニューヨーク、そしてリードはロンドンという、それぞれに異なる場所からのコラボレーションは、ある意味、コロナ以降の新しいものづくりを象徴していて、まさに今回のスローガンである「TEAM HARMONY」そのもの。コロナによる不安が晴れない世界で、エングマンとリードは広告というメディアを通じてどんなメッセージを伝えようとしているのか。写真やファッションという表現は、この世界にどんな影響を与え、どんな可能性を見せてくれるのか。3月の早朝、ニューヨークの自宅からズームインタヴューに答えてくれた。

文=タツミハナ

誰もが受け入れられるコミュニティ、
そしてファッションのあり方をポジティブに表現

―2022年春夏キャンペーンは、どこか60年代のヒッピームーブメントも彷彿させるような、サイケデリックでダイナミック、享楽的なイメージです。そこにはどんなメッセージが込められているのでしょうか?

世界がコロナに見舞われて2年以上が経ちます。そんな中、人々が本当の意味で連帯し、楽しく調和するーーコミュニティとハーモニーの精神を表現したいと考えました。仲間たちが引っ張りあう大きなブランケットの上に乗って高く飛び上がったり、ファウンドオブジェクトを用いて作った船に乗って新しい場所を目指したり。僕たちなりのユートピアの解釈です。次の秋冬キャンペーンでは、仲間たちが一緒に家のような建物を作ったり、バンドで演奏したりする姿をとらえています。ひとりではできないけれど、みんなと一緒ならできる。このキャンペーンでは、そういうシーンを創り上げたいと考えました。

―いわゆるプロのモデルではない、実に多様な人々をキャスティングしていますね。多様性の表現は、あなたにとってどんな意味を持ちますか?

多様性を表現するために、いつも多数のモデルをキャスティングする必要はないかもしれないけど、僕たちが生きている社会がまさにそうであるように、肌の色からボディタイプまでさまざまな人たちに登場してもらうことは、今回のキャンペーンにおいて非常に重要な要素でした。加えて、連帯し、互いに高め合うことをビジュアルで伝えるために、サーカス団員やアクロバット、ダンサーなどを起用して身体性の表現にこだわりました。

―とてもポジティブでインクルーシブなムードです。一方、ファッションはこれまで長いあいだ、必ずしもインクルーシブな場所とは言えませんでした。そこにも変化は生まれつつあると感じますか?

従来の画一的な「ファッションらしさ」は、そろそろ打破されるべきだと思います。ファッションはこれまで、エクスクルーシブで特別あることを最大の強みにしてきましたし、その結果、多くの人、コミュニティを排除してきました。誰かを拒絶したり優位性を煽るようなイメージ以外にも、人々をファンタジーと結びつける方法はたくさんあります。

―もし、ファッションに特別な力があるとしたら、それは何でしょう?

僕はすごく単純なので繰り返しになりますが、遊び心とファンタジーがファッションの最大の魅力だと思います。ファッションは人を夢見心地にさせてくれるものであり、ファッションを通じて、僕たちはキャラクターを作りだし、演じることができます。ファッションは表層的なものであり、ゆえに軽薄と見る人も多いですが、ファッションが表層的であるからこそ、さまざまな表現やファンタジーの解釈が可能で、それこそが僕がファッションに惹きつけられる理由なんだと思います。


混沌の時代だからこそ忘れたくない遊び心

―今回のキャンペーンの非常に享楽的なイメージに対し、「TEAM HARMONY」というスローガンは、現在の世界情勢に対する切実なメッセージとも取れます。世界は調和に向かっていると思いますか?

残念ながら、そうは思いません。だからこそ、このキャンペーンを通じて調和することの大切さを思い出してほしいと考えたんです。いま、多くの人が以前よりもずっと他者の存在を恐れているように感じます。だからファッション広告のような場所で、調和の素晴らしさや「遊び心」を持つ意味、そのポジティブなエネルギーを表現するのが、僕たちクリエーターができるせめてものことだと思いました。

―現在のような世界で「遊び心」を持つことは簡単ではありませんね。

遊びがある作品は楽しくて気楽で軽やかだけど、同時に複雑でちょっと怖くてリスキーでもあると思います。つまり遊ぶことができるというのは、リスクを恐れない姿勢の表れでもある。それは今回のキャンペーンに限らず、僕の作品制作すべてに通じるメッセージです。僕はそうした遊び心を通じて、制作の過程そのものを作品の一部にしてしまおうという試みを実践してきました。世界はそもそも複雑で混沌としているのだから、僕の作品制作のアプローチも複雑で混沌としているべきなんじゃないかーーそれが本当の意味で世界と繋がり調和するための唯一の方法なのではないかとすら思っています。

―確かに私たちは、情報を整理したり、理想を追い求めようとしたりするあまり、遊び心や余白、プロセスの価値をないがしろにしがちかもしれません。

世界は自分よりもずっと大きな存在なのだから、その輪郭を知るすべはありません。つまり、ビッグピクチャーを描くことなど僕には到底できないと思っています。もちろん、僕にも自分の価値観はありますが、価値とは時間とともに変わるものでもあります。だから、できる限り目を大きく見開いて、経験値や先入観に邪魔されることなく世界を見るよう心がけています。

―それは、自分とは何者なのかを探す旅でもありそうですね。

はい。そうやって手探りで、作品制作を通じて自分を模索しているのだと思います。


代表作「MOM」から得たもの

―お母さんを被写体にしたプロジェクト『MOM』も、そのひとつなのでしょうか?

そうですね。僕自身、最初はそれをやる理由も、それが意味することも分かっていませんでした。でも、それを進めることは正しいことのように感じられたんです。そうして遊びを続けているうちに、だんだんと輪郭が現われはじめ、自分にとって必要なものとそうじゃないものが見えてきた。なるほど、そういうことだったのかって。そんなふうに、決め込みすぎず、余白を持って遊んだり実験したりしているうちに、自分にとって大切な価値とは何かがわかってくるんです。

―ちなみに、『MOM』に対するオーディエンスの反応のなかで最も印象深かったものは?

中国は規制が厳しいため『MOM』の作品すべてを展示することはできませんでしたが、それでも個展を開催する機会を得て、母と一緒にアーティストトークを行いました。そこに参加してくれた恐らく50代と思われる中国人の女性が、母に対してこんな質問をしたんです。「もし私があなたと同じことをしたら、私は幸せでしょうか?」と。もしかしたら、うまく通訳できていなかっただけなのかもしれないし、彼女が本当は何を聞きたかったのかわかりません。でも、いまでもこの質問が頭から離れないです。自分では想像していなかった視点で人が僕の作品を見ているのかもしれないということを、彼女の質問から知ることができたという意味で、すごく興味深い経験でした。

―それであなたのお母さんは、その女性の質問にどう答えたんですか?

確か、こんなふうに答えていたと思います。「あなたが人と関わることを恐れず、リスクを承知で目の前のチャンスを受け入れることができる限り、あなたは幸せでしょう」って。

―いい答えですね。

はい。それに、すごくクレイジーな質問だったと思います(笑)。

from the series "MOM"

from the series "MOM"

from the series "MOM"

from the series "MOM"

from the series "MOM"

『MOM』(Edition Patrick Frey、 2020)


いま作りたいのは、”人にやさしい作品”

―今回のインタビューでは、リスクの話が随所に出てきました。このパンデミックは、あなたにとって大切な価値を再発見するきっかけとなったり、制作スタイルに影響を与えたりしたのでしょうか?

パンデミックはいまも続いているので、それが自分の価値観にどんな影響を与えたのかはまだわかりません。この状況が自分の作品に与えるインパクトや、作品を作る理由、それにアートの価値について逡巡しているところです。アートが非常に重要な存在であることはわかりますが、なぜ重要なのか。正直、その答えは僕にはまだわかりません。僕はいつも、周囲の人々やオーディエンスをいかに自分の作品に巻き込んでいくか、どうすればそういう作品を成立させることができるのかを考えながら制作してきました。自分のエゴで作品をつくるのは簡単だし、世界には、そうしてできた素晴らしい作品ももちろんありますが、僕はそれよりも、“人にやさしい”作品を作ることに興味があります。

―現在の世界において、作品に他者を介在させること自体、容易ではありませんね。

そうなんです。僕の作品はそもそも人との関わり合いによってできているので、その意味でも、人と会うことが難しい状況下での作品制作は困難を極めます。作品そのものに人が写っていなかったとしても、あるいは作品が特定の誰か/コミュニティを代表するものではなかったとしても、僕は人とコラボレーションするのが好きだし、できるだけ多くの人々を作品制作のプロセスに巻き込みたいと考えて活動してきました。でもいまは、それが叶いません。だから作品制作はちょっと休止して、リサーチにより多くの時間を割くようにしています。加えて、自分の価値、そしてコロナの影響によって自分の価値体系がどんなふうに変わったのかについても、よく考えています。コロナ禍でのブラック・ライブズ・マター運動の再燃やパレスチナ紛争の激化、そしてロシア軍によるウクライナ侵攻が意味することとは何なのか……。いま身の回りで起きているそうした全てのことを消化するのには時間がかかるし簡単ではないけれど、世界を新しい目で学ぼうとしているところです。

チャーリー・エングマン

チャーリー・エングマン |Charlie Engman
1987年、シカゴ生まれ。オックスフォード大学にて日本語・韓国語を専攻しながら、ファッション写真家として活動を開始。現在はニューヨークを拠点とする。ユニークな身体表現と鮮烈な色使いを得意とし、身体、洋服、プロップなど、被写体の表層の背景にある歴史や文化に言及する。代表作に自身の母を撮影した写真集『MOM』(Edition Patrick Frey、 2020)などがある。
http://www.charlieengman.com/
https://www.instagram.com/charlieengman/

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