15 August 2022

浅間国際フォトフェスティバルで
「連夜の街」カラー写真を発表した石内都にインタヴュー

15 August 2022

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浅間国際フォトフェスティバルで「連夜の街」カラー写真を発表した石内都にインタヴュー | 石内都にインタヴュー

3年ぶりに長野県の御代田町で開催中の「浅間国際フォトフェスティバル 2022 PHOTO MIYOTA」。浅間山の山麓で豊かな自然に囲まれた複合施設「MMoP(モップ)」を舞台に、国内外の作家の作品を堪能できる。出品作家であり、今回のフェスティバルで1981年から取り組む「連夜の街」シリーズから、ほとんど発表したことがないカラー写真を大きくプリントし、ダイナミックな空間を作り出した石内都。赤線を被写体にし、いまなお撮影を続けている「連夜の街」の制作の背景、そして今回の展示の意図を石内に聞いた。

文=森かおる
写真=高橋草元

―「連夜の街」は「絶唱、横須賀ストーリー」「アパート」に続く、1970年代後半に発表された初期三部作のひとつとされる作品ですが、なぜ今、Photo Miyotaで展示しようと考えたのでしょうか。

「連夜の街」は初期三部作のひとつではありますが、赤線(※)を撮っていって、制作年が「1981年〜」と表記されているようにいまも撮影を続けていて、まだ完結できていないシリーズです。私は6歳から19歳まで横須賀に住んでいたのですが、通っていた中学校の通学路に赤線だった地域があって、朝と夕方、その前を通るわけです。すると、何かそこだけ空気が違う。まだ中学生でしたし、そこが何かは考えてもわからなかったのですが、不思議だから入ってみたいという気持ちと、いかがわしい、危険な雰囲気を同時に感じていました。でも、少し年齢を重ねると、そこが赤線地帯だったんだということがわかってきました。

また、初潮を迎えて自分が女であることもわかってきて、「身体は商品になるんだ」という自覚を持ちました。それは、自分がこの先どうやって生きるかと考えるときにとても大きな問題でした。作品を見てくれる人の中には「赤線」という言葉すら知らない世代もいると思いますが、戦後は生活のために、本当に困った女性は身体を売っていたんです。大変な時代でした。私は戦後すぐの生まれなので、そういう日本の戦後の空気や匂いようなものに対するリアリティがあります。まさに赤線は、ひとつの戦後日本の歴史を体現する空間なんです。

赤線(旧遊郭)は昭和33年(1958年)に廃止されたのでもう存在しないことになっているけれど、建物は全国各地に残っているので、どこかへ行くたびに地元の方に教えてもらって撮影を続けています。赤線だった建物が、いまは旅館やアパートになっているところもありますね。部屋が多いから。私が被写体としての赤線に出会ったのも、横須賀のアパートを撮っていたときでした。たたずまいや雰囲気がどうも違うな、変だなと思ったアパートが、実は昔は赤線(旧遊郭)の建物だったことがわかって、それで、次に撮るのは赤線だと思いました。中学生の頃から感じていた好奇心と、目の前の建物が結びついた。それがいまだに続いています。

「浅間国際フォトフェスティバル 2022 PHOTO MIYOTA」での展示風景。

「浅間国際フォトフェスティバル 2022 PHOTO MIYOTA」での展示風景。


―展示についてお伺いします。「連夜の街」はこれまで主にモノクロで発表されてきましたが、今回はカラーで展示されています。また、額装したプリントを展示するのではなく、かなり大きく引き伸ばした作品を、明るさを少し落とした展示室の壁に直接貼るという方法をとられていますね。

初期に発表した当時は、モノクロで撮っていました。発表はほとんどしてきませんでしたが、80年代に入ってからはカラーでも撮り始めて、かなりたくさん撮り貯めています。また、展示については以前から温めていた構想がすでにあって、展示会場が旧メルシャン軽井沢美術館だと聞き、そういう閉ざされた空間ならばそれを実現できるかもしれないと、ディレクターと相談して「連夜の街」のカラー作品を展示することにしました。

その構想というのは、一軒の遊郭を展示空間の中に建てるというものです。長い時間をかけて撮ってきたさまざまな赤線の写真を、建物に入るとダンスホールがあって、階段があって、2階に上がると部屋がある……というふうに、ある一軒の赤線として構成しています。それで、大きく引き伸ばした作品を壁に貼るという展示方法になりました。高さ3メートルの作品を22点展示したのですが、作品をこんなに大きくしたのは初めてですし、壁に直接貼るのも初めてのことです。もとは35ミリのポジで撮った写真を、アマナのプリンターを使って出力しています。こんなに大きくできるなんて、びっくりしましたね。

「浅間国際フォトフェスティバル 2022 PHOTO MIYOTA」での展示風景。

「浅間国際フォトフェスティバル 2022 PHOTO MIYOTA」での展示風景。


この場所に出会ったことは偶然ですが、構想とかなり近い展示空間をつくることができて、自分で言うのもなんですが、とてもうまくいったと思っています。2021年に西宮市大谷記念美術館で開催した個展ではカラー作品をスライドプロジェクションで少し見せましたが、まとまった展示としてカラーを見せるのは、今回が初めての機会です。


―石内さんが撮影した時点でその赤線は営業をやめているので、当然ながら人物は誰も写っていないわけですが、実寸よりもさらに大きく引き伸ばされた作品がほとんどの壁を覆うような展示空間に立つと、ダンスホールの壁に貼られた色とりどりのタイルや、すり減った階段、風呂場の剥がれたタイル、そういった細部の痕跡が目に入り、たしかにそこに誰かがいたということを強く感じました。また、当時の空気まで漂ってくるような、視覚だけでなく肌で感じるような展示だとも思いました。

ありがとうございます。私は赤線(旧遊郭)の建物を撮っているけれど、でもただ建物を撮っているわけではないんです。時間や空気とかにおいが写れば一番いいと思っているから、うれしいですね。

「浅間国際フォトフェスティバル 2022 PHOTO MIYOTA」での展示風景。

「浅間国際フォトフェスティバル 2022 PHOTO MIYOTA」での展示風景。

―「連夜の街」はまだ完結していないということですが、いつか終わりを迎える日は来るのでしょうか。

完結していないということは、まだ問題があるということなんですね。赤線はすでに終わった街ですが、身体を売ったり買ったりする行為はいまもあります。人間は、そんなに美しいものではありません。いろいろな汚いものを抱えていて、中でも売春は象徴的なものだと思います。この作品自体には私の女性性という問題が含まれていますが、もっと大きな、人間全体の問題としても性の問題はあって、どんなにがんばっても解決できないし、答えがない。それが人間だという気もしますが、だから私も「連夜の街」を終わりにすることはまだできないんです。


石内都インタヴュー風景

―なるほど。それでは最後に、今後の展開についてお考えのことがあればお聞かせください。

地方でも東京でも、探せば赤線の残骸はまだ残っているのでなるべく撮ろうと思っていますが、特に建物が転用されていたりする場合は撮影するのが難しいこともあります。そこが赤線だったことを隠そうとしたり、知られたくない人たちもいるわけです。赤線を負の遺産だととらえて、なきものにしてしまう。歴史修正主義みたいですね。でも、人間が生きていればそういうことだってあるわけです。それを隠して、きれいごとだけで終わらせてはいけないんです。きれいも汚いも同じものだと、私は考えています。

だから、そこに赤線の痕跡があるかぎり、撮影は続けていこうと思っています。それは「ひろしま」と同じです。原爆が落ちてから77年も経つわけですから、もう遺品が出てこなくなって、広島平和記念資料館に寄贈されなくなるかもしれない。それでも今年は数点が寄贈されたそうなので撮りに行く予定ですが、寄贈されなくなったら終わりかなと思っています。だから、赤線もなくなったら終わりかな。撮るものがあるうちに撮ろうと思っています。

※赤線……第二次世界大戦後、GHQによる公娼廃止指令(1946年)から売春防止法の施行(1958年)までのあいだに半ば政府公認で売春が行われていた元遊郭を中心とした地域の地図に赤線で囲った場所。

タイトル

「浅間国際フォトフェスティバル2022 PHOTO MIYOTA」

会期

 2022年7月16日(土)~9月4日(日)

会場

メイン会場「御代田写真美術館」|MMoP(モップ)周辺(〒389-0207 長野県北佐久郡御代田町馬瀬口1794-1)

時間

10:00~17:00(屋内展示は最終入場16:30まで)

定休日

水曜(8月10日を除く)

入場料

一部有料

URL

https://asamaphotofes.jp/

石内都|Ishiuchi Miyako 
1947年、群馬県桐生に生まれ、横須賀で育つ。1979年「Apartment」で第4回木村伊兵衛写真賞受賞。2005年「Mother’s」でヴェネツィア・ビエンナーレ日本館代表作家に選出。2008年に原爆の被爆者の遺品を撮影した『ひろしま』を発表。2013年に紫綬褒章、2014年にハッセルブラッド国際写真賞を受賞。2017年に横浜美術館で個展「肌理と写真」を開催。2021年に西宮市大谷記念美術館で個展「見える見えない、写真の行方」を開催した。2022年はエディンバラアートフェスティバル期間に合わせて、写真センターStillsで「Ishiuchi Miyako」展が10月8日まで開催中。

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