21 April 2023

木村和平インタヴュー
続けていくことで進化する「石と桃」とは?

21 April 2023

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木村和平インタヴュー、続けていくことで進化する「石と桃」とは? | 木村和平

繊細な刹那を切り取り、感覚的な意識を写す写真家、木村和平による個展「石と桃」が、飯田橋、Rollにて4月22日(土)まで開催している。パーソナルワークとして長期間にわたって取り組んでいるこのシリーズ「石と桃」は、幼少期から体験してきた幻覚症状である不思議の国のアリス症候群を題材に、さまざまな額装や素材、異なるサイズの写真作品を介したインスタレーションである。昨年開催した展示をアップデートするかたちで、同タイトルの展示を同じスペースで行なっている木村に、心境の変化や作品を通して感覚を共有することについて話を聞いた。

インタヴュー・テキスト=原ちけい
写真=瀬沼苑子

―昨年の4月にも同じ会場で「石と桃」の展示をされていますが、当時から2回目の開催も見据えていたんですか?

このシリーズはもともと展示だけで見せたいという気持ちが当初からあって、去年このRollでやってみて、いけるな、という手応えを掴みました。いままでのシリーズは写真集のことをまず考えてから展示プランを検討する流れを取っていましたが、「石と桃」はそのほかの作品とあらゆる点で違うので、まだ写真集で伝える方法がわからないというのが正直なところです。まずは空間を通して観る人にも参加してもらえるよう、展示空間を作り込むことに挑戦しました。

―過去に発表されているシリーズと比べても、物体感や影など立体的な印象が強く感じられる静的な作品であるという印象を受けました。

これまでの作品は、観た人に光の印象を形容して語ってもらうことが多く、自分の中でもその要素に頼りすぎているような気もしていました。このシリーズに関しては、全てがセットアップで構成されていて、絵や言葉で作ったコンテが存在しています。スナップのような撮り方ではないので、自分の中にあるイメージがあらかじめゴールとしてあり、場を作っていくような静かな撮影が続きました。数年前、『灯台』の制作をきっかけに、自分に合っていると思ってモノクロームを用いるようになりました。それから、「石と桃」の展示の方向性も決まったので、作品を発表するに至るまで、長い時間がかかりました。これまでは人や景色の存在に反応して撮影していたので、光が優先順位として高かったかもしれません。しかし今回は、自分の中でほかの術を探る方法として光に頼ることを一旦封印している節があるので、自然と印象が和らいでいるかもしれないですね。

―「石と桃」というタイトルをつけた理由を教えてください。

アリス症候群の症状には、見えているものが大きく、または小さく見えたり、色が重なったり、硬く尖ったものと、柔らかいものが交わるイメージが再生されたりする症状があります。そういったイメージを言葉遊びのように言語化していく中で、「石と桃」という字面の気持ちよさとまとまりが気に入ったんです。また、この作品は『不思議の国のアリス』のオマージュではなく、アリス症候群について向き合ったものなので、タイトルをつけるに当たって「アリス」という言葉を意識的に使用しませんでした。アリスのイメージに引っ張られずにこの症状がもたらす感覚を表現したかったので、タイトルをきちんと考える必要があると思いました。

―確かに、このタイトルからはテクスチャーの違いや丸い質感が感じられました。

本当のところは、作品にはタイトルをつけたくないですが考えることは嫌ではないです。声に出したときの音の響きや字面が気持ちよく、意味も通っている言葉をいつも選んでいます。過去作の「あたらしい窓」もひらがなを用いることがすごく重要でした。微妙な日本語の響きや感覚が好きなので、いつも慎重に選んでいます。


―このシリーズはどれくらいの年月をかけて制作されていますか?

作品の構想自体は10年前くらいからあって、ほかの作品よりも前から考えていました。写真を始めた当時はどうしても撮影の技術と展示経験が足りておらず、理想的なイメージを作れないもどかしさがありました。いまだからこそ取りかかれている作品でもあります。アリス症候群という自分にとってパーソナルな、幻覚や共感覚が引き起こされる症状が「石と桃」では題材になっています。一般的には思春期くらいで症状が落ち着く傾向にあるそうですが、自分は大人になっても続いています。最近こそ頻度が減っているものの、いまでも身体が疲れたときや寝る前に発症することがあります。自分が写真を始めた頃は症状が重くて、その様子をずっとメモとして言葉にしていました。この作品に絵コンテがあるのもこうした蓄積があってできているのだと思います。

いままで制作してきた作品は、誰もが体験しうる可能性がある日常性に目を向けていたので、見る人と普遍的な体験として共有できました。しかし、アリス症候群が引き起こす感覚を知らない人の方が多数なので、展示においては観る人に追体験してもらう何らかの方法を提示することが必要でした。この作品は観る人によって全く反応が異なるので、さまざまな意見から次のアイディアを得られているところもありますね。

―実際に展示してみようと思えたのには、何かきっかけがありましたか?

去年、「石と桃」の作品がまとまったのと同じ時期にオープンしたRollというギャラリーと、オーナーの藤木洋介さんの存在は大きいですね。2018年ごろに『袖幕』を制作していたとき出版社の方が繋げてくれたご縁で作品を見てもらったのをきっかけに、その当時藤木さんがキュレーターを務めていた「B GALLERY」でもお世話になりました。自分が持っていない答えをくれるので信頼しています。この制作でも相談に乗ってくださり、たくさんわがままも聞いてもらいました。 

また、このRollがあるビルのロビーの薄暗さや建物の雰囲気など、あらゆる要素がしっくりきたこともあり、ここでやりたいと思えました。天井にある5本のライトバーによって、作品に影が5本生えるのも気に入っています。


―去年と今回の「石と桃」とでは、どのような変化がありますか?

作品自体もすべて入れ替えていることと、入り口横にある小部屋を使ったことも大きいですね。同じ場所で1年後も展示することは自分にとって大切な事実で、展示の中で前回から引き継ぐ要素との接続をいくつか試みています。一見すると全く同じように感じるかもしれない会場構成ですが、イメージがリフレインするように写真の配置や大きさを変えています。例えば、去年と同じ位置に雲が写っている別の作品を配置したり、猫が写る写真も、実は去年よりも一匹増えていたりと、少し変化を与えています。空間全体でアリス症候群の感覚を表すため、位置やサイズを調整して、観る人が身体的に動きながら鑑賞できるように緩急もつけています。

また今回は、去年は組み込まなかったデジタルで撮影した写真も、フィルムと混在させています。過去作ではフィルムで撮ることに対して意志が強かったんですが、最近ではデジタル処理や修正を作品に組み込む抵抗感がなくなり、セットアップの作品ならデジタルも取り入れてみようと思うようになりました。

去年の展示を見た人も、人によって記憶している内容は異なります。アリス症候群も人によって認知のあり方が違うので、そういう要素を展示そのものにも組み込みたいと思っています。自分が初めてこの空間に訪れたらどう感じるのだろうかという感覚の原体験に立ち戻りながら、アリス症候群の感覚を少しでも疑似体験できるような構成にしています。

―今回から追加された小部屋では立体作品も展示されていますが、どういった意図があるのでしょうか?

物体感のある小さい手やクランプという工具による立体作品は、写真になる前のセットアップや人物を介さないイメージとして扱っています。アクリルボックスに入れた紙の束は、2L判の紙を手と定規で1/4に割いて使用した暗室の試し焼きを積み重ねているものです。去年までは人の暗室を借りていたんですが、今年に入ってから自宅に暗室を設けたことが、自分にとって大きな変化でもあります。そうした些細な変化が、作品にも含まれています。積み重なっている写真に写っているものは見えないけれど、あれらも「石と桃」で使われるかもしれないイメージたちで、いつか展示に取り込まれるかもしれないですね。積み重なりの断面や手で破いてギザギザした質感も美しくて、曖昧な痕跡をあえて残しています。


小部屋はもともとアーカイブルームだったのですが、ギャラリー改修のタイミングで相談し、今回の展示で使わせてもらいました。廊下の電気を消しているので、来場してすぐ光の灯る小部屋に吸い寄せられる人がいれば、気づかないで通り過ぎていく人もいるのは、それはそれでいいと思っています。同じ場所でやるからこそ続いている要素を作っていきたいですし、今後の「石と桃」が今回の小部屋から生まれるかもしれませんね。

―去年の展示からの繋がりが、空間に残り香として、痕跡のようにそれとなく残っているように感じます。一方で、アリス症候群という主題自体は継続していますよね。

去年から伝えたいことは何も変わっていないですね。会場で配布する印刷物に記載しているステートメントの文章もあえて去年と同じ内容にしていて、特徴的な折りの作りも同様にしていますが、去年から今年の間に起きた自身の心境の変化を追記し、折り目を増やすことで変化を加えています。この美しいデザインはデザイナーの宮添浩司さんが考えてくださり、大変気に入っています。

―木村さんのほかの仕事でも通底している要素として、「感覚」の部分にフォーカスしているように思います。情景や匂い、その場の暖かさに至るまで、見る人に感じさせる写真だと思います。 

撮影者と被写体は写っているものの質感を知っていますが、鑑賞者には、宙吊りの浮遊感を見せる意識を持たせています。現場では、いつもモデルになぜこれをしているのかという動きの意図を細かく伝え、イメージを共有した上で撮影しています。多くのモデルを写真作品に取り入れないのも、人数が増えてしまうと、私の場合は全員と真摯に向き合うのが難しいからです。

―丁寧な時間を重ねた洞察から生まれている「石と桃」には、この先にいろんな発展が広がりそうですね。

大きな命題としてアリス症候群を扱うことは変わりませんが、おそらく変化していくこともあるでしょう。一年経ったことで自分自身のモードも変わっていますし、今回はモノクロに絞っていますが、今後それが変化するのもいいと思っています。今回の展示を通して新しいアイデアが浮かんできたので、また次の段階に進めればと思います。

―このシリーズを写真集にまとめる予定はありますか?

去年の時点では、「石と桃」を写真集にすることはほとんど無謀だと思っていて、展示だけで発表する作品になるだろうと考えていました。けれど作品が増えていくうちに、自分自身が本好きなのもあって、写真集にすることも視野に入れ始めました。この展示で経験する感覚を本に落とし込むのは相当難しいと思いますが、1冊でまとめるのではなくその都度作ってもいいし、展示とは見せ方を大きく変えてもいいのかなと。自分が写真を続けていく上できっと大切な作品になるだろうから、焦らずに向き合っていこうと思っています。

木村和平

タイトル

「⽯と桃」

会期

2023年3月31日(金) 〜4月22日(土)

会場

Roll(東京都)

時間

13:00~20:00

休廊日

月曜

URL

http://bit.ly/3yR7egx

木村和平|Kazuhei Kimura
1993年、福島県いわき市生まれ。東京在住。ファッションや映画、広告の分野で活動しながら、幼少期の体験と現在の生活を行き来するように制作を続けている。第19回写真1_WALLで審査員奨励賞(姫野希美選)、IMA next #6「Black&White」でグランプリを受賞。主な個展に、2022年「石と桃」(Roll)、2020年「あたらしい窓」(BOOK AND SONS)、主な写真集に、『袖幕』『灯台』(共にaptp)、『あたらしい窓』(赤々舎)など。

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