谷川俊太郎の詩「いまここ」に、川内倫子の写真を合わせた写真絵本『いまここ』がこの度発売となった。この本が生まれたのは、原田郁子に谷川が「いまここ」という詩を提供した楽曲が始まりとなる(この楽曲は原田の15年ぶりとなるソロアルバム「いま」に収録されている)。この度、写真絵本の発売記念の展覧会が熊本の橙書店で9月16日(土)よりスタートし、初日には川内と原田のトークイベントと演奏が開催された。楽曲から本に発展していった経緯、本作りの中で二人が感じたこと、歌と写真の違いなど、終始和やかに弾む二人の会話をレポートする。
校正=IMA
写真=齋藤圭吾
原田郁子(以下、原田):最初のきっかけは、2005年に日本科学未来館のプラネタリウム「暗やみの色」のナレーションをさせてもらったことです。そのプロジェクトで谷川俊太郎さん、レイ・ハラカミさんと出会いました。それから視野が広がって、ぼんやりと空を見るときに、あの向こうにまだまだ知らない世界があって、もしかしたら生き物がいるかもしれないって思うようになったんです。ハラカミさんが亡くなって10年という節目の2021年に、日本科学未来館で再上映してもらうことになりました。そのときのトークショーで、谷川さん、プロデューサーの森田菜絵さん、未来館の皆さんとお話しして、いくつも印象に残ることがあったので、「歌を一緒に作れたら」と谷川さんにお手紙を出しました。その手紙のお返事が「いまここ」の詩だったんです。「書いてみました。ボツにするのもよし」というようなメモ書きが一枚添えてあって。その速さと、シンプルなことばに含まれている質量に、驚きました。
川内倫子(以下、川内):振り返ってみると長期プロジェクトですね。
原田:そうですね。「いまここ」の詩には生と死、命のことが描かれている。歌をつくりたい、ということは自分からお誘いしたことなので、使命というか、「よし、これからつくるぞー」と向き合っていくことになるわけなんですが、本当にそれだけでいいのかな?ほかにもちがうアウトプット、表現方法があるかもしれないなとずっと思っていました。映像なのか、アニメーションなのか、もしかしたらプラネタリウムなのかもって。
でもやっぱり、谷川さんはずっと本の世界で生きてこられた方なので、この詩が本になったらきっとすごくいいなと思っていました。年齢も国も関係なく、子供たちも見られるものであったらいいなと。そんなことを頭上に浮かべながら、曲作りをしていたときに、昨年、倫子さんの写真展「川内倫子:M/E 球体の上 無限の連なり」を見に行きました。写真を見ていて、倫子さんは写真というもので、一貫してこの世界を伝えているんだと改めて思って。風とか光とか、季節のめぐりとか、人間だけの世界じゃない、世界のこと、その一瞬、一瞬を。まさに「いまここ」の詩と通じるものを感じて、すぐにご相談をしました。
川内:そういった経緯があって、この本にたどり着きましたよね。 自分としてはとても素敵な企画のお誘いに、前のめりでお引き受けしました。私は、以前に雑誌『Coyote』の仕事で谷川さんとアラスカを一緒に旅したりしたことがあります。今回の写真絵本にも2点ぐらい一緒にアラスカを旅した写真を入れたのですが、谷川さんに覚えているか聞いてみたいですね。一緒に過ごした時間は、人生の財産です。
原田:谷川さんに、倫子さんの写真で本を作らせてもらえることになったことをお伝えしたら、すごく喜んでくれました。
川内:ここ橙書店と、谷川さんのつながりもありますよね。本当にいろいろなつながりでいまがあります。私は写真集を作るときに、必ず印刷の立会いに行くんです。立会いに行くと最後の調整ができて、色やクオリティがぐっと締まるので。今回は郁子さんがその立会いに来てくださったんです。印刷にすごく時間がかかって最終電車ギリギリに終わったんですけど、最後まで付き合ってくださって。
橙書店での展示風景
原田:生まれて初めて印刷所に伺ったんです。本当に仕組みがわかってないので、「1ページずつこんなに丁寧にやってるの!?」と驚きました。
川内:待ち時間に世間話とかして、すごくチーム感が出ました。アートディレクターのサイトヲヒデユキさんもいらっしゃって、取り留めのない話をずっとしているんだけど、だんだんみんなで作っている感が出てきて。1冊ができる過程を共に過ごす、得難い経験でした。
原田:現場を見れたか見れないかでは、本への思いは変わりますよね。
川内:愛着が湧きますよね。『いまここ』は言葉の配列もすごく面白いんです。ただ横に並べているんじゃなくて、郁子さんの歌がベースにあるから、言葉のデザインもリズミカルで音を感じさせます。
原田:今回はじめてサイトヲさんとタッグを組まれたとのことですが、言葉に対して、この写真を合わせようというのはどちらが決められたんですか?
川内:写真と言葉の構成はすべて自分で組みました。私があらかじめ組んだ構成をサイトヲさんがそのまま生かしながら、言葉のデザインをきれいに調整してくれました。
原田:歌から生まれた本ですが、めくっていくごとに音楽とは違うリズムがありますね。
川内:めくるリズムが見る人によって変わってきますし、 本の良さがありますよね。
原田:倫子さんは、本が出来上がったときはどんな気持ちなんですか?
川内:逆に質問してみたいですね。郁子さんは曲ができたときに、どんな気持ちですか?
原田:うーん、曲が完成した時は、「できたーーー…」って。それまでずっと研究室にいたとしたら、やっと外に出てパタンってドアを閉めて、ホッとする感じかな。
川内:私も写真集ができたときは、「ああ、できたな」っていう感じですね。それよりも写真の構成が終わったときは、探していたパズルの最後のピースが気持ちよくはまって、全体像が見えたって感じで達成感があります。
原田:あぁ、わかる気がします。なるようになっていくというか。自分の力じゃないところで、まとまっていく感覚ってありますよね。
川内:そうですね。レイアウトができたときに改めて、最後のピースはこれだったのかって気づいて、やっと俯瞰して全体像が見えてきます。自分の場合は写真1枚では作品として完成しなくて、1枚1枚をパズルみたいに組み合わせていって、どこかを変えたら急に全体が変わってよくなったぞとか、組み合わせによって見え方が変わってくる感じです。
原田:カメラを覗いて撮っているときと、写真を構成するときは、全然違う脳みそを使っているんですね。
川内:そうなんです。撮っているときに考えてしまうとつまらなくなってしまうから、写真は反射神経で撮った方がいい。考えることは大事なんですけど、撮るときはそれを手放した方が面白いです。今回は写真選びもあまり悩まなくてすべてがスムーズでした。私は何かのためでもなく撮っている写真や映像をたくさん貯めているのですが、今回はそのアーカイブの中から多めに選びました。ひとつの作品ができたときに、全部これのために撮影していたんだと後からわかるんです。
原田:『いまここ』という本を作るときに、違う時間に撮られたバラバラの写真たちが集まってくる感じですよね。不思議ですね。
川内:本当に不思議です。時間を超えて、あの時のあの写真がここでいま生かされるというか。この間見てくださった東京オペラシティ アートギャラリーの展示のときも、設営が終わって会場を歩いていたら、 いまの自分が
原田:えぇ、すごい。
川内:郁子さんはそういうことはありますか?
原田:うーん、私の場合はちょっと違うかなぁ。そんなふうに感じたことはないかもしれないですね。
川内:出来上がった曲は過去の自分がレコーディングしていて、いまその曲を流したら、その空間は過去の自分の声で包まれるわ
原田:そうですね。でも、その音が鳴っている場所は「いま」なんですよね。
川内:そう。だから、いまの自分が自分の過去に照らされるなと思って。
原田:確かに。時間って面白いですよね。
川内:「いまここ」の曲を作るのにどれくらいの時間がかかりましたか?
原田:谷川さんから「いまここ」の詩を頂いてから、レコード会社と出会って、録音してリリースまで、全部含めて2年です。6月にソロアルバムを発表した時に、もうこの本のプロジェクトは始まっていましたが、すばらしい写真絵本が誕生して、本当に嬉しいです。
川内:ひとつの詩から、音楽や本などいろんな形になっていくのは、言葉ならではの自由さもあって面白いですよね。
▼書籍 | |
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タイトル | 『いまここ』詩:谷川俊太郎 写真:川内倫子 |
出版社 | torch press |
出版年 | 2023年 |
価格 | 2,750円 |
仕様 | ハードカバー/197mm×220mm/64ページ |
URL |
▼CD | |
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タイトル | 原田郁子ソロアルバム「いま」 |
発売元 | ユニバーサルミュージック |
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▼展示 | |
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タイトル | 川内倫子「いまここ」写真展 in 熊本 |
会期 | 2023年9月16日(土)~10月22日(日) |
会場 | 橙書店(熊本県) |
時間 | 12:00~19:00(日曜・祝日は12:00~17:00) |
定休日 | 火曜、第3月曜 |
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川内倫子|Rinko Kawauchi
1972年、滋賀県生まれ。国内外で数多くの展覧会を行う。主な著作に『Illuminance』(2011年)、『あめつち』(2013年)、『Halo』(2017年)など。2022〜2023年に東京オペラシティ アートギャラリーでと滋賀県立美術館で個展「川内倫子:M/E 球体の上 無限の連なり」を開催した。
原田郁子|Ikuko Harada
1975年、福岡県生まれ。3ピースバンド”クラムボン”のヴォーカル&キーボーディスト。ソロ活動、さまざまなミュージシャンと共演、共作、舞台音楽などボーダレスに活動を続ける。2023年、15年ぶりにソロアルバム『いま』をリリース。クラムボンは現在、”うぶごえ”にてクラウドファンディングを実施中。
http://clammbon.com