写真家ジュリア・ヘッタは、シグマ財団のレジデンス・プログラムの一環として福島・会津を訪れ、写真集『Songen』を制作した。撮影地を会津に限定し、最小限の機材とともに向き合ったのは、長年の友人でありアシスタントでもある日本人青年・慎の存在だった。自然、沈黙、尊厳、そして相互の敬意──制御を手放すことで立ち上がったこの作品は、ヘッタ自身が写真の原点へと立ち返るプロセスでもあった。
ポートレート撮影=森本美絵
取材・文=アイヴァン・ヴァルタニアン
会津でのレジデンス
――まず、会津でのレジデンスについて教えてください。どのような経緯で実現したのでしょうか。
シグマ財団のレジデンス・プログラムの一環として、写真家が会津に招かれ、作品を制作します。条件はただ一つ、会津の中で撮影すること。それ以外は、完全に自由です。
私はできる限り「開かれた状態」で臨みたいと思いました。ここ15年ほどの私の仕事は、かなり明確なディレクションのもとで行われることが多かった。だから今回は、あえてコントロールを手放すことが重要でした。古いフィルムカメラと、デジタルカメラ1台だけを持って会津へ行きました。幼少期からの親友と、アシスタントの谷田貝慎と一緒に。結果的に、慎がこの物語の中心になりました。
到着してまず自然を撮影し始めたのですが、スウェーデンと日本の間に大きな共通点を感じました。最初は秋のような雰囲気で、その後、自然保護区へ行き、山小屋で暮らしているうちに雪が降り始めた。最終的には1メートルもの積雪です。外を見たとき、まるでスウェーデンのようでした。でも、ここは日本。その感覚がとても不思議でした。
そして初日、すぐに気づいたのです。慎を写真に入れなければならない、と。私は自分自身と向き合う必要がある。誰の助けも借りずに、ただ自分と。それは心理的にも大きな意味がありました。私は長年、大きなチームと仕事をしてきましたから。そうして、20歳前後の頃のやり方に戻ったのです。
――慎について教えてください。
慎は、ストックホルムでの私の日常生活の一部として、約2年間一緒に過ごしてきました。でも、どこか謎めいた存在でもありました。ある日突然、私の人生に現れた人で、まるで天使が舞い降りてきたような感覚でした。本当に特別な出来事だったと思います。
私がパリにいたとき、靴のデザイナーをしている友人から電話がありました。慎が彼女のショールームを訪れ、「ジュリア・ヘッタのアシスタントになるのが夢だ」と話していたそうです。友人は、「冗談でしょう? 彼女、さっきまでここにいたのよ。私たちは親友なの」と言って、私に電話をかけてきました。でも私は撮影続きで疲れ切っていて、空港へ向かうところだったので、アシスタントの話は断ってしまいました。
その後、彼女から「慎はどうしてもストックホルムに行って、コーヒーだけでも一緒に飲みたいと言っている」と再度連絡が来て、私は「分かった」と答えました。雪の日に彼はやって来て、それ以来、2年以上一緒に過ごしています。初日から私は「ここにいなさい。アシスタントになればいい」と言いました。
彼が技術的に最高のアシスタントかどうかは分かりません。でも、心理的に、常に私を支えてくれる存在です。そして、写真家にとって本当に必要なのは、実はそこなのだと思います。
会津で過ごした時間の中で、「ああ、だから私はここに来たのだ」と感じていました。私は慎を、彼の環境の中で撮るためにここにいる。すべてが自然に収まっていったのです。時々、人生には「贈り物」を受け取ったと感じる瞬間があります。会津で突然、それを強く感じました。
私の写真があったから、慎はストックホルムにいる。そしてこのプロジェクトでは、慎がいたから、私は日本で写真を撮っている。それ自体が、とても美しい物語です。大人のための、少し現実味のあるおとぎ話のような。
――詩的なタイトルについて教えてください。
これは慎の言葉です。日本語で、とてもフォーマル。文章を書くときに使うような言葉で、日常会話ではあまり使われないようですね。少し硬い印象があります。
「Songen」という言葉を見たとき、私は「これはスウェーデン語で“歌”を意味する“Sången”では?」と思いました。実際にスウェーデン語でも同じ言葉があるんです。日本語とスウェーデン語、両方に存在するなんて、とても美しい偶然ですよね。
英語で一番近い意味は、相互の敬意、あるいは尊厳でしょうか。自分自身にも使えるし、他者に対しても使える言葉です。
慎は、出会った当初からこの言葉を使っていました。ストックホルムでも、最初の数週間から。若いのに、私がほとんど耳にしないような言葉を使う。そのこと自体が、彼を特別な存在だと感じさせました。
彼が初めて今回撮った写真を見たとき、沈黙や時間、尊厳、美しさ、そして闇や悲しみ、詩について語りました。それらはすべて、私にとって重要で、向き合っているつもりだけれど、時に自信を持てないものでもあります。でも、彼がそう感じているなら、それで十分だと思えました。
――編集のプロセスについて教えてください。
グレガーに「テキストを慎の言葉を軸に構成するのはどうか?」と聞かれました。私は「素晴らしい」と答えました。
慎はとても若いのに、話し方がどこか年長者のようで、よく考えた上で、短い一文で核心を突くことを言います。彼はとても寛大な人で、私と私の写真を深く尊重してくれています。
会津では、いくつかの場所を巡りました。最初は旅館。光が本当に美しいと分かっていたからです。私は素材が好きです。ベルベットや木、表面の質感。写真では、水の感触や、紙の質まで感じられることが大切だと思っています。
その後、自然保護区に入り、山小屋を借りました。そこで1メートルもの雪が降り、閉じ込められるような状態になった。一枚の写真はガソリンスタンドで撮っています。私は、セットやチームがなくても、写真は撮れる、ガソリンスタンドでもポートレートは成立する、ということを確かめたかったのです。
――あなたの写真には、言葉にならない、より深く暗いものが感じられます。
美しい表現ですね。私はずっと、美や光との間に、愛憎関係を持ってきました。ガソリンスタンドで撮った写真が今回の作品になっていること自体、象徴的だと思います。結局、私は柔らかな光に惹かれてしまう。でも、そこには必ず深い闇が必要です。そうでなければ、ロマンティックになりすぎてしまう。大地に根ざしていなければならない。
森の中の山小屋で感じた美しさ――あれは本当に日本的でした。質の高い素材、美しい木材によって表現される美意識が、こんな簡素な小屋の中にもある。そして周囲の山々。山という存在そのものが、多くの意味を持っています。それを捉えることが重要でした。
原点への回帰
――『Songen』は、これまでの仕事とどのように違いますか。

私とカメラ、そして親友の支えだけで作ったことが大きな違いです。同時に、キャリアの最初の頃の撮り方に戻る体験でもありました。最初は、10歳年下の弟を撮っていました。自然の中や部屋に彼を置き、演出しながら撮る。今回ととても似ています。私はアートとしての写真をアートアカデミーで学びました。そして弟は後にフランス版『Vogue』で働き、私をファッション写真の世界へ導いてくれました。
今回の撮影は6日間。私は時間をかける写真家として知られているので、1日に8枚以上撮ることはほとんどありません。正直、大きな挑戦でした。でも、私はもう十分に年を重ねた。だから勇気を持てたのだと思います。パンデミック以降、自分自身を解放し、より開かれた存在になるための探求を続けています。写真に対して、私はずっと慎重すぎた。でも今は、心理的な意味でも、もっと踏み込んでみたい。
自分のルーツ、つまり自分とカメラだけというよりパーソナルな作品制作に戻りたいという考えのもと、この3年間で、3冊の写真集を作りました。本作はその一つです。どれも簡単ではなく、結果を気にせず、自分のために作った、とても個人的な仕事でした。6年前なら、私はこのプロジェクトを引き受けなかったでしょう。美しい写真集を作れないことが怖かったから。今も写真というメディアを深く尊敬しています。でも、その尊敬ゆえに、当時私は少し完璧主義がすぎたのかもしれません。
個人的な仕事とは、力を抜くこと。何かを押し付けないこと。自然に起こることを受け入れること。知識と経験を信じて、6日間で3枚しか撮れなくてもいい。そんな3枚の写真でできた本なら、きっと素晴らしいものになるはずです。
――被写体は慎ですが、この作品はあなた自身についてのものでもありますね。
ええ、そう思います。彼は私を映す鏡のような存在です。だからこそ、強く惹かれ合ったのかもしれません。人と出会い、瞬時に「何かがある」と感じること。その感覚を信じることが大切だと思います。
あの6日間を振り返ると、私は『Songen』のページを繰る。それが写真というもので、記憶を作り出す行為でもあるのです。それは時に危うく、危険でもある。でも同時に、とても美しく、興味深い。
私は常に正確であることを大切にしてきました。でも今は、そうであろうとしない自分に近づこうとしている。魂は固定されたものではなく、動くものだから。相互に敬意を持って共に制作できる相手に出会えることは、とても幸運なことです。その関係の中で、人は成長する。私は、私たち二人がそうであることを願っています。
