大規模な自然災害や感染症の世界的流行、戦争、経済発展による環境破壊や都市開発など、現代はますます混沌を極めている。写真家・鷹野隆大は美しいものだけではない現実を受け入れ、弱いものも、醜いものもそのまま、むき出しのイメージを見る者へ提示する。国内外で活躍を続ける鷹野の個展「総合開館30周年記念 鷹野隆大 カスババ ーこの日常を生きのびるためにー」が恵比寿の東京都写真美術館で6月8日まで開催中だ。セクシュアリティをテーマとしたものから、日常のスナップショットまで彼の軌跡を概観する作品が展示されている。現代社会へ向けて写真で語りかけた本展を、鷹野の言葉をもとに紐解く。
ポートレート撮影=菅野恒平
取材=アイヴァン・ヴァルタニアン
東京都写真美術館で開催中の個展は鷹野にとって2021年に大阪の国立国際美術館で開催された回顧展以来の美術館における展覧会だ。展覧会タイトルにもなっている「カスババ」とは「カスのような場所」の複数形を指した鷹野による造語で、今回の展示では東京をはじめとする都市を指し、現代社会と対峙する鷹野の態度を感じることができる。
「前回の国立国際美術館(大阪)での展示の際は、主に撮影年代順で作品を展示していました。普通、写真を展示するときは文脈を意識し、それになぞらえて写真を並べていくものです。ですが実際には、イメージはイメージでしかありません。あるイメージがどういう文脈になるのかということは常に開かれていて、見る人に委ねられているというのが本来だと思います。今回の展示ではその開かれている状態を見てほしいという意図がありました。一般的にはそのような状態だと何を伝えたいのか分からない展示になってしまうのですが、その分からなさにも出会って欲しかったのです」(鷹野)
イメージのとりとめのなさや、掴みどころのなさ、危うさというものが表現される今回の展示では、時系列に囚われずテーマごとに作品が展示され、展覧会そのものがひとつのインスタレーションとして成立している。
「都市の広場」という鷹野の構想をもとに、建築家の西澤徹夫とのコラボレーションで実現した展示空間は、シリーズごとに異なる展示方法が印象的な空間設計が実現している。
「閉鎖的な都市の中に開かれた空間として公園や広場があるように、開かれて様々な見方をすることができる場所で写真と出会ってもらいたかった」と鷹野。新旧の作品同士が手を結び合うように連なる展示方法で、再編集された過去の作品に新たな視点が与えられた。展示壁の角度や形もランダムで、立ち位置によって、一瞥できる作品が異なっていくのも本展の魅力に大きく貢献しているようだ。
展示風景:総合開館30周年記念「鷹野隆大 カスババ ―この日常を生きのびるために―」 東京都写真美術館 2025年
撮影:鷹野隆大 画像提供:東京都写真美術館
展示空間を見渡すと、人の影をテーマにした作品が多いことに気がつく。影そのものを印画紙に直接残す試みである「Red Room Project」から、展示室の奥には吊り下げられた電球の光で鑑賞者自身の影がモニターに投影されるインスタレーションまで様々な影が登場する。東日本大震災以降、特にその存在を強く意識するようになったという影を媒介として、写真とは何かという大きなテーマを表現した。
「欧米の人たちが使う“イメージ”という言葉は、我々が思っている“イメージ”とずいぶん違うらしいのです。フランス文学の研究者が言っていたのですが、欧米では鏡に映る像など、あらゆる漂うものが“イメージ”として表現されるのだとか。そういう意味では写真も、真実とも幻影とも言えない、まさに漂っている“イメージ”であると思うので、今回の展覧会ではそれを表現できたらいいと思っています」
鷹野にとっては、影を撮影することこそが“イメージ”の深淵に近づく手段であったのだろう。1年間、同じ時間に同じ場所に立ち、ほぼ毎日のように自身の影を撮影したシリーズがある。撮影という言葉が、文字通り“影を撮る”と書くように、この作品には真実と幻影の間を漂う影の揺らぎが収められた。季節によって形を変える影の記録から、常に移り変わる日常の意味や不確かさ、危うさなど鑑賞者それぞれが異なるメッセージを受け取るのではないだろうか。
本展ではその他にも、人の様々な日常を捉えた作品がいくつも展示される。ゴム手袋を装着した手を連続的に展示し、コロナ禍において「触れ合う」という行為にフォーカスした「CVD19」シリーズや、疾患で身体に不自由のある中年男性が立ち上がろうとする様子を収めた「立ち上がれキクオ」シリーズなどは、その象徴的な作品だ。そんな作品の並ぶ中で、中心の小部屋のような空間に展示されているのが、鷹野自身とモデルの男性が全裸で並ぶ「おれと」シリーズである。セクシャリティを作品制作のテーマの中心のひとつに据えてきた鷹野の意思表明とも捉えられる。
「この作品は、自分自身の弱い部分をさらけ出しているような作品だったので、表に出すことを少し躊躇っていました。ですが、他者を蹴落とすような強さが求められる社会情勢に対して自分ができることは、逆に弱さを示すことだと思い、この作品を展示することにしました。会場の中心に部屋のような展示スペースを作ったのも、私からのリクエストです」
ある種の愛着も込めて「カスのような場所」と呼ぶ社会からは目を背けず、無防備な裸でその弱さを提示することにこそ、鷹野の本展における決意が現れる。展覧会のサブタイトル「この日常を生きのびるために」という言葉通り、強さが正義とされがちな社会を生きのびるために、弱さや脆さにも改めて目を向けることの重要性を問いかけているのだ。
タイトル | 「総合開館30周年記念 鷹野隆大 カスババ ―この日常を生きのびるために―」 |
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場所 | 東京都写真美術館 2階展示室(東京都目黒区三田 1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内) |
会期 | 2025年2月27日~6月8日 |
時間 | 10:00〜18:00(木金〜20:00) |
休館日 | 月曜(ただし、5月5日(月)は開館、5月7日(水)は休館) |
料金 | 一般 700円 / 学生 560円 / 高校生・65歳以上 350円 |
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