Photographers' Field Work

写真家のフィールドワーク vol.3
関係性は写るのか:写真が結ぶ、池田宏とアイヌの人びと

TAGS

Share

池田宏
池田宏
池田宏

写真家・池田宏はアイヌの人々を10年にわたって撮り続けている。話題のマンガ「ゴールデンカムイ」が近年ますます人気を博し、アイヌ民族の文化はエンターテイメントを介して一気に身近になった。一方、いわゆる「アイヌ文化振興法」などの法整備の歴史は、彼らが感じてきた生きづらさを物語ってもいる。しかし、いずれにせよ、こうしたマクロな視座からは見えてこないものがある。池田が写すのは、アイヌの文化や歴史を引き受けて現在を生きる個人の姿である。アイヌのコミュニティの只中に「ワジン(和人)」として入っていく池田。異なる文化的アイデンティティを持つ個人と個人の関係性を、写真はいかに表現するのか。北海道を舞台にした交流のようすを、写真とテキストで綴る「写真家のフィールドノート」第3弾。

文・写真=池田宏
企画・編集=若山満大

「良い時に来たねぇ。これ持って行きなさい」

わたされたのは青々とした大量のアイヌネギ(行者ニンニク)だった。本州よりも遅い春を迎える北海道では、4月下旬から5月初旬にかけて皆こぞってネギを採りに山へ入る。とっておきのポイントはそう簡単に他人には教えない。食べる分を取ってきてはラム肉と炒めてジンギスカンにしたり、おひたしや卵とじにして食べる。醤油漬けなるものもあり、各家庭によってその漬け方は異なる。風味はニンニクそのもので、一度食べると病み付きになり、東京では食せないその珍味に恋い焦がれるようになってしまった。北海道は食の宝庫。子どもの頃に食べていたシシャモが偽物だという事を教えられたのも北海道だった。東京へと戻った時にはきっと傷んでしまっているだろうと思い、もらったネギは泣く泣く本州へと送り家族に食べてもらう事にした。


2008年から北海道に住むアイヌの人たちの撮影を始めて、今年で10年目を迎える。スタジオに勤務していたとき、自分の中で決めていた「二年でスタジオを退社し、次のステップへ進む」という目標。その期限が目前に迫り、自分の撮影テーマを持ちたいという焦りがあった。そんなとき、学生時代に行われていたアイヌ語の授業のことをふと思い出し、アイヌの人たちを撮りたい、知りたいという気持ちが大きくなっていった。

会社の夏休みを利用し、夜行バスと電車を乗り継いで、北海道の二風谷(にぶたに)という小さな集落を訪れた。そこにはアイヌの伝統家屋である茅葺きで覆われたチセ(家)が再現されており、その中ではさまざまな伝統的な習俗が実演がされていた。そこで出会ったアイヌの女性に「純粋なアイヌの方はいまもいらっしゃるんですか?」と尋ねると、即座に「純粋な日本人とはなんですか?」と聞き返されてしまった。それに僕は何も答えることができなかった。

これまで何度も同じ質問をされてきたのだろう。その時の彼女の鋭い眼差しがいまでも忘れられない。

滞在二日で終わった最初の北海道撮影は悶々としていたものの、もっと知りたいという思いが強くなるものだった。そして翌年スタジオを退社し、僕は日銭を稼ぎながら北海道へと通うことを決めた。


アイヌの人たちを撮影すると意気込んで踏み込もうにも、人間関係が全く広がらない期間が3年ほど続いた。その大きな原因は、余所者がずかずかと入り込んで「写真を撮らせて下さい」という行為があまりに無遠慮でおこがましい事だと気が付いていない自分の未熟さだった。写真がさも正義かのような振る舞いが僕の中にあったのだと思う。

初めて訪れた道東の儀式での出来事だった。その日、僕はカムイノミ(神への祈り)やイチャルパ(先祖供養)といった儀礼や古式舞踊の写真を撮るのに夢中になっていた。各地で行われる祭事に参加させてもらえたりと順調に行動範囲を広げ始めた頃、驕りが生まれてしまっていたに違いない。完全に浮かれて撮っていたことを覚えている。夜の懇親会のときに、「ちょっとお兄さん」と呼ばれ、ほろ酔い気分で挨拶をしようとすると、「お前は礼儀がなっていない」とアイヌの年長者にこっぴどく叱られてしまった。その後は会場をまわっていろんな人にひたすらお詫びを繰り返すのみで、猛省を繰り返すも、あとの祭り。再び振り出しに戻ってしまった。


それからほどなくしてアイヌ文化の研究者と出会ったときのこと。アイヌの人たちを撮影したいという空回りした思いを打ち明けたときにこういわれた。

「アイヌの人たちが警戒し、心を閉じているのは当然だ。他人であるあなたが何をいったところで、相手はそれをすぐに信用してはくれないでしょう。それをどうにかする方法はありません。しかし、通い詰めていくこと、表面的な付き合いだけで終えないこと、それを続けていくことが何よりも大切なんじゃないでしょうか」

その助言を真摯に受け止め、僕なりに解釈し、咀嚼していかなければと思った。

LCCの就航により、僕の北海道通いは加速した。2カ月に一度、一週間〜10日間の滞在を繰り返しながら、道内をひた走った。空港から目的地まで、長いときでは半日ほどかかる場合もあるが、道中での再会や思いがけない風景との遭遇を繰り返すことで、点と点がどんどん結ばれていった。

何をするにもプロセスが一番楽しめるのではないかと、アイヌの人たちの撮影を通して気付かせてもらったように思う。当然、写真を撮りに行っているのだが、お酒を飲んだり、山や海へ遊びに行ったりもしている。すると写真を撮るという当初の目的は、必ずしもメインではなくなってしまう。「子どもが剣道を始めたんだ」とか「あそこの店潰れたんだわ」というごくごく日常生活のような付き合いの友人も増えた。

毎回行く度に新しい出会いがあることを幸せに思う。良いこと残念なこと、そのどちらであっても次に繋がる出会いがあると思えるようになった。仲の良い友だちが結婚し、家族が増えたことを喜び、逆にもう会えないという寂しさに直面することもある。


いつものように新千歳空港に降り立ち、沿岸部を車で走ってお世話になっている人に会いに行く。その別れ際のことだった。

「俺はあんたのこと好きだ。また来ますって言って来ない奴が殆どなんだわ。あんたはまたちゃんと来るからな」

初夏のような気温の東京へと戻って数日が経った頃、小包が届いた。そこには道東に住む友人の名前が書かれていた。中を開けると、芳醇なニンニクの香りが部屋に充満し、故郷を懐かしむような気持ちになった。一緒に梱包されていたジンギスカンとネギを炒めて頬張り、少し遅めの春を味わった。

池田宏|Hiroshi Ikeda
1981年佐賀県小城市生まれ。写真家。大阪外国語大学を卒業後、2007年「studio FOBOS」入社。2009年に独立。アイヌ民族をテーマにした作品制作を行っており、現在も定期的に北海道に足を運ぶ。近年の個展として「SIRARIKA」(2018年、スタジオ35分・東京都中野区)などがある。

TAGS