横浜市民ギャラリーあざみ野で、2月26日(日)まで潮田登久子写真展「永遠のレッスン Lifelong Learning」が開催中だ(入場無料)。潮田登久子は昨年1月にtorch pressから出版された2冊組写真集『マイハズバンド』(同名の展覧会は写真ギャラリーPGIで開催)の国内外での高評価が記憶に新しい。例年11月に催される国際的なフォトブックアワード、Paris Photo–Aperture PhotoBook Awardsで審査員特別賞(Jurors’ Special Mention)を受賞し、アレック・ソスが毎年選ぶ「ベスト写真集」にも取り上げられた。日本では各地の書店で大ヒットし、世代や国境を超えて、幅広い層から支持される人気作家であることを知らしめた。
文=ヒントン 実結枝
横浜市民ギャラリーあざみ野が半世紀以上のキャリアを持ち、いままさに注目の作家、潮田登久子の個展を構想したのは、意欲的であるといえる。横浜市民ギャラリーあざみ野では2011年から、「あざみ野フォト・アニュアル」と題して、現代の写真表現と横浜市所蔵の歴史的カメラ・写真コレクションを二本立てで毎年展示している。写真のさまざまな面に技術史から光をあてるのと並行して現代写真家が生み出した表現の動向をとらえ、写真展のなかで紹介するという挑戦を続けてきたことは特筆に値するだろう。
20を超える個展と7冊もの単著写真集を刊行したベテランでありながら、「永遠のレッスン」というタイトルは、控えめなように聞こえるが、そこには東京で生まれ育った江戸っ子の潮田らしいおおらかな懐の深さが伺える。多くの代表作が展示されるなか、「回顧展」という枠組みにはすんなり収まりきらない印象もある。
本展の構成は、基本的に写真集の刊行年順に「冷蔵庫」「みすず書房旧社屋」「先生のアトリエ」「本の景色 BIBLIOTHECA」そして「マイハズバンド」へと続く流れになっている。その上で、潮田は自身の作品を大胆に再編成し、これまでの作品のなかに新しい見せ場を作り出している。そうすることで、単に「写真集」と「写真展」との差異を超えた理解を示唆しているようだ。さらに初期ビンテージプリントのシリーズ「街へ」が加わり、潮田の原点から改めて振り返る好機会となっている。
特に「冷蔵庫」シリーズは壮観だ。会場に足を踏み入れると、壁一面を覆い尽くすおびただしい冷蔵庫。10年超にわたり日本中の冷蔵庫を記録した本作は、1996年の出版以降、言わずと知れた名作として写真愛好家の間で語り継がれてきた。本展では、個々の冷蔵庫の写真がグリッド状に展示されている。その総体は優れたアーカイブとしても機能し、冷蔵庫の内外に見られる当時の物質文化が前面に出ている。
会場内の一角には、1995〜96年に撮影されたシリーズ「みすず書房旧社屋」のスライドが上映されている。ひとつのシリーズに多くの年月をかけ撮影することで知られる潮田のいわゆる「作風」から外れ、比較的短期間のうちに撮られたシリーズだ。建物としての寿命を終えた「みすず書房旧社屋」という一種の巨大オブジェが、宿命的に解体されるまでの顛末をとらえた写真からは、消えゆくものへの執着はあまり感じられず、どちらかというと敬意の眼差しの方が優位に見える。潮田の恩師だった大辻清司が1975年に自ら撮影した自宅の解体を思わせるカットもあれば、後の潮田の代表作「本の景色 BIBLIOTHECA」に続くと思しき書架や書物のカットもあり、本作は淡々としてなおバラエティに富んだ当時の潮田の方向性を指し示している。
続く部屋には額装された銀塩印画紙が並ぶ。亡き大辻の最期の作業場を撮影した「先生のアトリエ」、現在も撮影が続く「本の景色 BIBLIOTHECA」などの作品は、物質を丹念に見ることによって姿をあらわすものは何かと考えさせる。撮影されたモノを介して人の存在が浮かび上がり、空間の広がりや時間の連続性を持った生活までもが想起される。それだけでなく、いつかは、人はなくなりモノは壊れるという、当たり前だが目に見えづらい事実までも一貫して自然に見せるのがこれらの写真の大きな魅力だろう。
本展を締めくくるのは、潮田の近作「マイハズバンド」である。近作と言っても40年以上も仕舞い込まれていた写真の束が発見されたのを発端に、ネガから新たに焼き直し、夫・島尾伸三を主人公に仕立てた新生の旧作だ。写真自体もモノであるが、モノは時として、過去に根ざして現在を見直す視座をもたらす。
展示室内のショーケースには潮田が実際に使っていた二種類のカメラとともに、写真に写されたいくつかのオブジェの実物が展示されている。最初期から辿ることで、潮田作品の奥行きが深まる展覧会となっている。
「あざみ野フォト・アニュアル」は12回目となる。「永遠のレッスン」と同時開催の「横浜市所蔵カメラ・写真コレクション展 写真をめぐる距離」では、「距離」をテーマに19~20世紀の各時代の特徴的なカメラや同時代の写真、関連資料約150点を紹介。パンフレットは過去の制作物も全て施設一階のラウンジで閲覧可能。HPの各展覧会ページにPDFのアーカイブもある。
タイトル | 「潮田登久子 写真展 永遠のレッスン」 |
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会期 | 2023年1月28日(土)~2月26日(日) |
会場 | 横浜市民ギャラリーあざみ野 展示室1(神奈川県) |
時間 | 10:00~18:00 |
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潮田登久子|Tokuko Ushioda
東京都生まれ。1963年、桑沢デザイン研究所リビングデザイン研究科写真専攻卒業。同研究所で写真家・大辻清司の指導を受け、写真家の道に進む。1966年から1978年まで桑沢デザイン研究所及び東京造形大学で写真の講師を務める。1975年頃よりフリーランスの写真家として活動を始める。代表作にさまざまな家庭の冷蔵庫を撮影した『冷蔵庫/ICE BOX』、書架に在る書籍を主題とした『本の景色/BIBLIOTHECA』などがある。2018年に土門拳賞、日本写真協会作家賞、東川賞国内作家賞、2019年に桑沢特別賞受賞。2022年、写真集『マイハズバンド』がParis Photo–Aperture PhotoBook Awards、審査員特別賞受賞。