Photographer's Table

写真家の食卓 vol.3【後編】
西野壮平×中村裕太×鈴木ヒラク

Share

西野壮平×中村裕太×鈴木ヒラク

写真家が料理を振る舞い、ゲストとのトークを繰り広げる連載弾3弾。世界の都市を歩き、独自の地図を作る西野壮平がホストを務め、日本各地から陶片を採集し、その土地の文化や 風習を読み解く中村裕太と、「道路」や「交通」をテーマに掲げ、時空間に新たな線を描き出す鈴木ヒラクが招かれた。西伊豆のアトリエで、作家3人が創造の醍醐味について語り合う。

文=IMA
写真=阿部健

>前編はこちら

西野:都市のコンテキストを読み解く話でいうと、最近、川に惹かれるようになった。例えば、イタリアのボローニャを流れるポー川をテーマにした「Il Po」は、アルプス山脈の源流から海に至るまで水がどのように流れ、人々の生活とどのようにつながっているかを考えながら川沿いを歩いて作りました。これまで10年以上都市をテーマに作品を作ってきて、大きな都市には川があることが当たり前だと思っていたけど、その背景には、大昔の人々が何もない土地に移り住んだときに、貿易や農業のために水が大事だったという経緯がある。都市をずっと歩いていると、川が道先案内人のような存在になってくるんですよ。迷ったときに川に行けば、場所を知らせてくれるというか。川は、自分にとって頼りになり、安らぐ場所。

鈴木:壮平くんはグーグルマップとか地図を見るのは嫌いだけど、川を頼りにするよね。

西野:その理由を考えたくて、一日中、川を見ながら過ごしてみたんです。

鈴木:その時間すごくいいね。

西野:めちゃくちゃよかった!水が山から海へと向かい、その水が蒸発して雲になって雨になり、それが山に戻る。循環している川を見て心地よくなる感情っていうのは、この土地が都市になる以前に暮らしていた人たちも感じていたんじゃないかと思って。そのときに、これが「安らぎ」なのかなと思った。都市は、災害などでどうなるかわからないけど、水路はずっと存在する。人はそういう揺るがないもの、ずっと循環するものに「安らぎ」を求めるのかなと。その言葉が合っているのかがわからないんですけど……。


西野の作業スペース。手前のテーブルでは新作を制作中。奥の壁に立てかけてあるのが、川をテーマにした「Il Po」。

西野が実際に東海道を歩き、歌川広重が見た風景を探しながら制作している新作。「いまは、歩くためではなく車のための道路がメインになっているので、当時の面影がないところも多い」という。

鈴木:自分が消えるような感じ?

西野:そうですね。無になるというか、自分もただの水の一滴という感覚になる。

鈴木:壮平くんと初めて会った対談のときに「歩くことで頭が空っぽになることが気持ちいい」といっていた。ありきたりなことかもしれないけど、本当にこの人はそうなんだろうなと思った。

西野:そうなんですよ。写真始めたきっかけも、四国のお遍路さんを歩いたからですし。10キロを越えると、煩悩が消えて余計なことを考えなくなり、覚醒していくんです。

中村:ハイになる前と後では、撮影のペースは変わるのかな?僕は、自分にとっての大物の陶片を狙うときに、最初から大物狙っていくとダメで、小物だったりしても拾って自分のテンションを上げることで、大物を呼び込んでいくというか。写真でいうと、試し撮りみたいな感じかもしれない。

西野:人を撮影するための準備段階が、それに近いかも。歩いて1キロくらいだと自分が何者かを意識しすぎて、対象に対して変に距離を作ってしまう。ハイになると、自分がどう思われるか気にしなくなって、どんどん人と接するのが楽になる。

鈴木:それは、ティム・インゴルドの『メイキング』という本に何度も登場する「Correspondence」という言葉が言い表している状態。「一致」とか「文通」みたいな意味だけど、世界と調和するというか、「Correspond」するためにチューニングを合わせる行為が、歩くことなんじゃないかな?

中村:チューニングが合うと、破片が採れすぎて怖いときとかもあります。陶片の流れつきやすいところは、潮の流れである程度決まっているんですけど、全然採れないときがあった。電車と徒歩で三浦半島を巡っていて、旅の最後にある漁港に行ったら一面陶片だらけだった。

鈴木:そういうとき、「わーっ!」とか言うんですか?(笑)

中村:うん。ちょうど正月だったので、今年はついてるなって思った(笑)。場を荒らさないように数個しか取らないけど。


小学校のときの卒業文集を見て談笑する3 人。西野と中村の当時の夢は、共にサッカー選手だった。

西野と中村が小学生の時の写真。

西野:なっかんは、昔から収集癖があったわけではないよね?

中村:なかったね。でも、最近知ったんだけど、祖父がレンガ片、曽祖父が絵はがきを集めてたらしい!(笑)

西野:えええ!! サラブレッドやん(笑)。

鈴木:それは抗えないね、川の流れに。陶片って、貝とか石のような自然物からもうひとつレイヤーが増えるというか、生活と紐付いているから想像力が広がりますね。

中村:そう、人の生活の痕跡なんですよね。

西野:お茶碗とかを投げ捨てるのは、ただいらなくなったからだけじゃなく、意味があることもあるんだよね?

中村:そういう風習もある。京都では家から出棺するときに、お茶碗を玄関先で割るし、「かわらけ投げ」という風習では、「厄除け」と書いた素焼きのお皿を山の上から投げて、割れることで厄を払ったり。

西野:にっちゃんは作品を作るとき、小さな陶片の上にどうやって字を書いているの?

中村:陶片に合わせて型紙を作って、そこに筆でどうやって拾ったかを書く。その文字を切り抜いた型紙を陶片と重ね、サンドブラストで砂を吹き付けて文字の部分を削る。だから陶器の表面を一層削ることで文字を刻んでいます。

西野:そうすると、当時の質感みたいなのが、より見えてくるんだね。

鈴木:陶片にサンドブラストという現代の技術で書き込むのが面白い。

西野:そういえば、この前、ヒラクさんと飲みに行ったときに、一緒に絵を描きましたね。

中村:それって、二人っきりで?(笑)

西野:そう、下北沢の真っ暗なバーで(笑)。何を描くか決めずに、同じ紙に二人で一緒に描いていった。今日もやりましょう!

鈴木:いいね。普段絵を描かない相手でも、飲みながらテーブルに紙とペンを置いておくと、無意識で何か絡まったケーブルみたいな線とか、キャラクターとかを描いたりする。描きながら会話してみるという実験は、面白いんだよね。例えば、電話で話しながらメモ用紙に何かを描いてるとき、お互いのドローイングは見えてないけど、そっちのほうでもコミュニケーションできている瞬間があるかもしれない。


ドローイングセッション。言葉、線、文字を使って、文化人類学、民俗学、動物行動学、生物学など、対話がどんどん広がっていった。

ドローイングセッション。言葉、線、文字を使って、文化人類学、民俗学、動物行動学、生物学など、対話がどんどん広がっていった。

ドローイングセッション。言葉、線、文字を使って、文化人類学、民俗学、動物行動学、生物学など、対話がどんどん広がっていった。

西野:昨年、「Drawing Tube」というプロジェクトを立ち上げましたよね?

鈴木:話しながら、文字や絵を描く手元をプロジェクションするセッションを、坂口恭平くん、吉増剛造さん、伊藤存さん、今福龍太さんたちとしました。紙に線を描くことはもちろん重要だけど、空間に線を描くと彫刻やダンスになり、時間に描いたら音楽になるとか、そういうドローイングの拡張について考えるプラットフォームになればいいなと。そういう意味では、人類学とコンテンポラリードローイングの結びつきに可能性を感じています。

中村:インゴルドのように?

鈴木:そうですね。そういった動きが日本ではあまり見られないので、自分で始めてみました。「Drawing Tube」は、センターではないから、特定の場所は持たず、音楽みたいに現れては消える、何かと何かをつなぐ空洞のようなもの。

中村:いまの話とうまくつながるかわかんないけど、陶片って、小さかったり、大きかったりして決まった形ではないし、拾うまでの自分の思いもさまざま。すぐ見つかるものもあれば、ずっと探し続けてやっと見つかるものもある。でも、陶片のサイズで書けるテキストの量が決まってくる。思い入れがすごくあっても採集地しか書けなかったり、逆にどうにかして文字で埋めないといけないことも。「Tube」じゃないけど、陶片のサイズによって文字数が決まってきて、与えられた画面にどう向かっていくかが面白い。

鈴木:確かに。壮平くんがさっき「安らぎ」って言ったのは、相手の土壌に乗っかって、自分を無にして 「Tube化」というか、空洞化して、そこに何かを流していくということも含まれるのかもしれない。

西野:そうかもしれないですね。世界と自分との距離感を把握することを求めているので、ヒラクさんの言葉を借りるなら、対象に近づいたり、高いところに登って離れたりして「Tube」の長さを変化させながら、移動しているのかも。

鈴木:ミミズみたいな伸縮性は、大事だよね。そういえば、今度は、エベレストに登るんだよね?

西野:5月半ばから1カ月くらい行ってきます。もともと歩く行為が作品になっていくので、道自体にも興味がある。山をアタックする人たちがどういう道を通っていったのか、見てみたいんですよ。

鈴木:都市から自然と川へとたどり着き、いまは東海道を歩き、次は山を登る。そのテーマのピックアップ自体も、ひとつの道になっている感じがする。

中村:どんな作品になるのか、楽しみだね。


慈味深さに舌鼓、素材の個性を生かしたメニュー
戸田港の海の恵みと、温暖な伊豆で育った食材。その味わいを引き出すのが西野流。

パクチーとわさび菜のサラダ

パクチーとわさび菜のサラダ
サラダのドレッシングは塩、オリーブオイル、そしてイタリア、モデナのビネガーを合わせたもの。ドレッシングの上から、展示でイタリアを訪れた際にお土産で買ったパルメザンチーズと、柑橘類の栽培が盛んな伊豆で採れたジューシーなネーブルを添えて。わさび菜の苦みとパクチーの香りが調和する、素材の個性を生かしたシンプルな味付けに、パルメザンチーズとネーブルの色合いが鮮やかに映える。


前菜の盛り合わせ

前菜の盛り合わせ
右側にあるのはカメノテという、海岸の岩礁に群生する甲殻類の一種を塩茹でしたもの。見た目は小さな亀の手のようだが、殻を外して食べると、蟹のような弾力ある身を味わえ、磯の香りを感じる。そのほかに、伊豆のワラビをアク抜きして一晩だし汁に浸したおひたし、青豆を茹で、醤油で漬けたひたし豆、同じく茹で卵を一晩味付けした煮卵の計4品。どれもシンプルな味付けながら、奥深く優しい味わい。


本エビの紹興酒漬け

本エビの紹興酒漬け
戸田に来て、鮮魚店で買えるエビの種類の多さに驚いたと話す西野。本エビ(深海エビ)は、タカアシガニと同様、水深300メートルほどの海底から底引き網で獲られ、港周辺だからこそ食べられる贅沢なごちそう。紹興酒、醤油、砂糖を合わせたタレに、その日の朝に獲れた本エビを漬けて完成。体長15センチくらいの新鮮な本エビは、あっさりとした上品な甘味さがあり、紹興酒をベースとした下味によってその旨味がさらに引き立つ。


しいたけのオーブン焼き

しいたけのオーブン焼き
「いままでしいたけを食べられなかったのですが、戸田に来て変わったんです」と西野が開眼したという絶品のしいたけを、アトリエの真ん中にあるストーブをオーブン代わりにグリル。サイズも大きく肉厚でジューシーなしいたけは修善寺で採れたもの。同じく修善寺の名産である生わさびを添えて。擦った生わさびは市販のものに比べ刺激が少なく、まろやかなコクと上品な辛さがある。見慣れた食材ながら、その味わいの違いに驚く。


焼き餃子

焼き餃子
餃子作りに欠かせないのが、取り寄せていつも使っているという、友人のお店、鎌倉・邦栄堂製麺の餃子の皮。焼き餃子と水餃子では皮も異なるという。今回は肉餃子と、エビとタケノコの餃子の2種類を用意。肉餃子には豚のひき肉、ニラ、しいたけ、ショウガ、ニンニクに加えてセロリをポイントに。焼き方のコツは、最初に強火で焼いてから、水を入れて蒸すこと。具がたくさん詰まった大ぶりの餃子は、ジューシーで肉汁たっぷり。


水餃子

水餃子
焼き餃子と同じく2種の餃子を茹でたあと、ゴマ、豆豉醬、ラー油を合わせたタレをかけて完成。焼き餃子に比べると皮もモッチリしていて、両方の美味しさの違いを楽しめる。関西出身の西野にとって、餃子はソウルフードのひとつであり、時には海外に行った時に作って振る舞うこともあるというくらいの得意料理。餃子作りをいろいろ試行錯誤した結果、いまではその日の気分で入れる具材を決めているという。


金目鯛の蒸し焼き

金目鯛の蒸し焼き
銚子で獲れた金目鯛を一匹まるごと、紹興酒で10~15分ほど蒸したあとに、熱々のピーナッツオイルをかけ、仕上げに白髪ねぎとパクチーをのせて完成。「清蒸鮮魚」という中華料理のメニューのひとつで、新鮮な魚を酒蒸しすることで、淡白な白身の中に凝縮された旨味が口いっぱいに広がる。さらに香ばしいピーナッツオイルが味のアクセントに。金目鯛の鮮やかな赤が、この日の再会を祝福しているような、おめでたい一品。


セリの混ぜごはん

セリの混ぜごはん
土鍋で炊き上がったごはんに、下味をつけたセリと駿河湾で採れた海苔をたっぷりと混ぜる。優しい塩気の混ぜごはんに独特の香りがほのかに漂う、戸田の個性的な食材の締めに、なんとも優しい味わいの一品。今回の料理はどれもシンプルな味付けながら、もてなしのためにもうひと手間をかけ、西野の心遣いが随所に配されている。「料理を始めてから、食器の収集が楽しくなった」という西野。器にもこだわる西野の食卓は華やかだ。

西野壮平|Sohei Nishino
1982年、兵庫県生まれ。2004年大阪芸術大学写真学科卒業。在学中から、都市を歩いて撮影した膨大な数の写真をコラージュした「Diorama Map」シリーズを始め、現在もさまざまな都市で継続している。 2013年に国際写真センターのトリエンナーレ「A Different Kind of Order」、2017年には第7回Prix Pictet「SPACE」の最終ノミネート作家に選出された。2016年、サンフランシスコ近代美術館にて個展を開催。

中村裕太|Yuta Nakamura
1983年、東京生まれ、京都在住。2011年京都精華大学芸術研究科博士後期課程修了。「民俗と建築にまつわる工芸」という視点から、タイル、陶磁器などの研究と作品制作を行う。主なグループ展に、第8回アジア・パシフィック・トリエンナーレ(2015-16年)、第20回シドニー・ビエンナーレ(2016年)、「六本木クロッシング2013展:アウト・オブ・ダウト―来たるべき風景のために」(森美術館)などがある。

鈴木ヒラク|Hiraku Suzuki
1978年、宮城県生まれ。2008年東京芸術大学大学院美術研究科修了。「絵」と「言葉」、「描く」と「書く」の間を主題に、平面、インスタレーション、壁画、映像、パフォーマンス、彫刻の制作を展開する。2013年「ソンエリュミエール、そして叡智」(金沢21世紀美術館)、2015年「THINK TANK
Lab Triennale / International Festival of Contemporary Drawing」(ヴロツワフ建築美術館、ポーランド)などに参加。