深瀬昌久『鴉』からギヨーム・シモノーが受け継ぎ挑戦する作品集『MURDER』

カナダ人フォトグラファー、ギヨーム・シモノーの作品集『MURDER』。本書の起源は1982年の春まで遡る。当時日本では、深瀬昌久が戦後日本写真史に残る傑作『鴉 / RAVENS』を発表した。その一方でシモノーは、巣のあった木が倒れて母鳥とはぐれた鴉の雛を保護し、一家で育てていた。シモノーの母親が残した当時の写真には、幼い頃の思い出が叙情的なイメージで落とし込まれている。それから40年近くが過ぎ、その瞬間は作者の新しい物語の中に焼き付けられた。

2016年から2017年にかけて制作された本作は『鴉 / RAVENS』が誕生した金沢が舞台となっている。ところどころに顔を出す茅葺屋根の民家、松の森、海岸といった金沢らしいとも言える風景には、写真の中の出来事からは遠く離れた伝統や変わらないものに対する深い思いが見てとれ、建築的な表現を見出したシモノーの新しい写真には、80年代の空気が色濃く表れた深瀬の『鴉 / RAVENS』による解釈が生き生きと息づいている。肩に鴉を乗せたまだ幼い作者が写るモノクロ写真の隣には、絡まったロープに吊るされた腐りかけた死体の鴉や、猛禽に捕まり鋭い爪で押さえつけられている鴉などの暴力的なイメージが並列されているが、このコントラストに冷笑的な雰囲気は微塵も感じられず、むしろ人の心を強く揺さぶり、カタルシスを感じさせるノスタルジアに対する相反する感情が表れている。

シモノーは、深瀬から受け継いだ表現言語を使って深瀬の表現に挑戦し、鴉の持つ象徴的な意味を問い続ける。