1 October 2021

川内倫子の日々 vol.9

コロボックルと一緒に

1 October 2021

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川内倫子の日々 vol.9「コロボックルと一緒に」 | 川内倫子の日々 vol.9

コロボックルと一緒に

小学生のころ、初めて物語の世界に夢中になった。佐藤さとるさんの「誰も知らない小さな国」を読み終わったあと、物語が終わってしまう寂しさを初めて知ったのだ。サイズがわずか3cmほどの小人たちが住む世界と、「せいたかさん」というあだ名の人間との交流が描かれているのだが、単なるお話とは思えない緻密な描写と村上勉さんの精密に描かれた魅力的な挿絵によって、当時の自分にとって現実と混同するのは容易だった。そして図書館に並んでいたその本の横の3冊が続編だと知り興奮した。その3冊を読んでさらにコロボックルの世界にのめり込み、小人はいると信じ切った。自分の近くにも小人が姿を現さないだけでいるはずだと思い、小さな気配に敏感になり、舞台となった小山も近所にあるはずだと自転車で行ける範囲で探し回った。そしてある場所を自分なりの小山に認定し、自分だけの秘密の場所として、学校が終わるとそこによく通った。

だんだん寒くなってきた冬の初め、見えなくても小人は近くにいるんだと思いながら、家に帰りたくなくて、寒さを我慢していたことをよく覚えている。そこは当時学校も自宅にも居心地の悪さを感じていた自分を、受け入れてくれる場所だった。目に見えないけれど、すぐ近くに自分の営む生活とは違う小さな世界があると思うと、つかの間日々の疲れからエスケープできる気持ちになれた。ほんとうの小山はここじゃないのかもしれない、と思ってはいたが、そのときは思い込むことで自分の居場所をなんとかつくろうとしていたのだと思う。

時が流れて佐藤さとるさんにお会いする機会を得た。2004年にある雑誌のインタビューでポートレートを撮影させていただいたのだった。佐藤先生は想像通りに背が高く、穏やかな佇まいの、やさしい笑顔をされる方だった。物語の舞台となったのは神奈川県の逸見という場所だと知り、自分が物語に夢中になっていた当時に住んでいた大阪で、自転車で小山を探し回った幼い自分を滑稽に思ったが、時を経て佐藤さとるさんにお会いできて、あの頃の自分の思いが報われたようでとても嬉しかった。そのときに撮影したポートレートが先日まで神奈川県近代文学館で開催されていた佐藤さとる展で展示された。佐藤先生の歴史がとてもわかりやすく貴重な資料とともに展示されていて、そのなかに自分の撮影した先生の写真を置いてもらえたのは感慨深かった。振り返ってみると自分がいまの仕事を続けているのもこの物語を読み込んだおかげとも言える。普段見過ごしがちな小さなことに目をむけるようになり、自然を好んで撮影し、クローズアップレンズを多用するスタイルになったのも、自分の基盤はコロボックルの世界とともにある。

同じようにコロボックルとともに育った編集者の友人と仲良くなったのも必然のように思う。彼も小さな世界を大切にしている人だった。初めて出会ってから20年。いま一緒に彼と初めて写真集を一緒につくっている。滋賀県にある「やまなみ工房」という施設にここ数年一緒に通って撮影したものだ。利用者の方々はそれぞれなにかの障がいを持ちながら、日々を過ごし、創作されたりしている。その様子を長年愛用しているローライフレックスで撮影し、いままとめているところだ。それについてはまたの機会に記述したいが、その彼に結婚の報告をした際、当時夫が住んでいた場所を伝えると驚かれた。「りんちゃん、そこはコロボックルの舞台となった場所じゃない!」と言われてはっとした。夫は逸見に12年暮らしていて、自分も出会ってから何度も訪れていたのに言われるまで気がつかなかった。そこは按針塚のすぐ近く、車が通れなくて途中から徒歩でしか行けない山のなかで、夜が深くなるとなにか独特な気配に包まれる感じがする場所だった。気がつかないうちに自分が幼い頃にずっと探し求めていた土地に辿り着いていたのだ。あの頃の自分に教えてやりたい、いつか時間を超えてその場所と繋がるんだと。

そして夫は187cmもある「せいたかさん」で、小さなものを見つけるのが得意な人だ。めずらしい虫を見つけるとすぐに教えてくれて、写真を撮るように勧めてくれたりする。先日は庭で栽培している椎茸が胞子を飛ばしているよ、と教えてくれたので庭に出ると椎茸が小人用のミストシャワーのようになっていた。

川内倫子の日々 vol.9

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