現代を代表する写真家を多くマネージメントする、ニューヨークを拠点とするアーティストエージェンシー「アート&コマース」。所属作家の一人、カーライン・ジェイコブスはヴォーグやPopなどのファッション誌、ブランドのキャンペーンで活躍。ヴィヴィッドで煌びやかな色彩、力強いポージングでいまのファッションフォトグラフィーを牽引する。2021年にはコロナ禍中で作品集を出版。人間ではなくマネキンを用いた内容が話題となった。彼女が考えるアートとファッション、写真とは?
取材・文/IMA
―写真家になったきっかけを教えてください。
カーライン・ジェイコブスのセルフポートレイト Photo: Carlijn Jacobs, Self-portrait, 2021 / Art + Commerce
小さい頃からごく自然に写真を撮り始めて、14歳くらいの頃に、初めて富士フイルムのカメラを購入しました。それから、実家の庭で自分の友達やお花の写真を撮り始めたんです。いつも友達とドレスアップして写真撮影をしていました。
オランダのとても小さな村の出身で、たいしてやることもなかったので、撮影ごっこは自分たち自身を楽しませるためのものでした。大きくなって、美大に通い始めた頃から、写真が本当に好きなのだと自覚して、それからいろいろと実験や経験を重ねていきました。
―あなたのブランドの広告やエディトリアルの撮影を見るとシュールでファンタジーな世界観で画家のダリや写真家ギィ・ブルダンのようです。画作りで考えていること、影響を受けたものなどを教えてください。
作品制作においては、「現実逃避」が私の日課になっています。空想して、現実から何かを示唆されることで、思いがけないものが生まれてくるのです。
アーティスティックにものを作っていく作業は、とても楽しいこと。この制作作業に情熱を注いでいます。私のインスピレーション源は、奇妙な花、ガラス工芸、動物の皮、月、金属、絵など、さまざまなものにあります。すべて日常に存在するものたちです。
―ヴィヴィッドで煌びやかな色彩を使い、エフェクトをかけ、とても強いイメージですよね。モデルのポージングも力強い。艶めかしく官能的な彩度です。ヘルムート・ニュートンやアラーキーのようなエロスも漂いますが女性視点のエロスと感じます。どんな女性像を表現したいのでしょうか?
オーディエンスに対して、力強い女性を表現して見せることが大好きなんです。パワフルで強い女性が大好きなので。そういう女性像を常に追求しています。
色もそうですが、イメージはとても直感的なものです。色というものに惹かれるので、私にとってはモノクロのイメージを制作するのは難しいことなんです。カラフルである必要はありませんが可能な限り、すべての色はムードを表現したり、ある特定の雰囲気を与えることができるものだと思います。
―21世紀のファッション写真における「美」はどう変わったと思いますか?
ビューティのマーケットがこれまで以上に大きくなり、美の可能性が増大してきたと思います。誰もがメイクアップコスメを買って実験することができるし、それが美容の世界に大きなインスピレーションをもたらしていると感じます。
美容カルチャー、その変化の可能性には私自身とても刺激を受けています。誰かを変貌させるのは楽しいですから。 21世紀の「美しさ」は、従来のような古典的な美しさである必要はないと思います。オルタナティブな美しさの表現・方法に対して、とても興味を持っています。
―あなたの強いビジュアルは、ヘア&メイクもとても印象的です。人間を撮る際のヘア&メイクのこだわりを教えてください。
Photo: Carlijn Jacobs, Untitled, 2021 / Art + Commerce
写真のあらゆる側面で遊ぶのが好きなのですが、それにはヘアメイクも含まれます。ヘアメイクというアートフォームが大好きですし、ヘアメイクによって人物をアートの被写体として変貌させることができます。とても面白いですよ。
ストーリーテリング調のスタイルが好きなので、ヘアメイクを含め、あらゆる側面がストーリーを語るのに役立つと考えています。
―作品集『Mannequin』について教えてください。ファッションフォトグラファーのあなたが被写体を人間でなく、マネキンにしたことに驚きました。制作の意図を教えてください。
作品集『Mannequin』は、アートディレクターのジェームズ・チェスターと一緒に作りました。以前から彼とコラボレーションをしていて、新しいプロジェクトを一緒にやろうとプランしていましたが、突然、コロナ禍が起こったので、全員が隔離されてしまったために人物で撮影する可能性がなくなりました。
そこで、ごく少人数のチームで、モデルを使わず、マネキンだけを使って撮影することにしました。約50体のマネキンを使って、2、3日かけていろいろな場所で撮影しました。私たちが撮影しているのを端から見たら、きっとクレイジーに見えたでしょうね(笑)。素晴らしい体験でした。
-ファッションフォトグラファーはファッションで時代を表現する商業的かつクリエイティブな存在だと思います。そんなあなたにとって、作品集をつくる意味を教えてください。
自分の作品制作は、広告主やクライアントなど、写真に影響を与えるようなことを考える必要がないので、自分のやりたいことができるとても特別な経験です。
だからこそ個人的なプロジェクトはとても重要であると感じていて、自分自身に挑戦し続けるためにも、いつも時間を見つけては作品制作をしています。
-ヴィヴィアン・サッセンやユルゲン・テラーなどファッションとアートが近接しています。アートフォトとファッションフォトの違いはあるのでしょうか?どう考えますか?
ファッションは芸術の一種であり、ファッション写真を芸術的なものにすることは可能だと思います。そこには微妙な境界線があって、ファッションはアートの一形態であり、アートはとても幅広いものです。
―今後ファッション以外で撮りたいものがあれば教えてください。
いろいろなところから見つけてきた、ガラス工芸を収集していて、それらを撮影しています。
―あなたにとって「写真」とは?
クリエイティブ・フリーダム、つまり創造の自由です!
カーライン・ジェイコブス|Carlijn Jacobs
1991年オランダ生まれ。ロッテルダムのウィレム国王アカデミーで写真を学び、評価を受ける。ファッションフォトグラファーとしてキャリアをスタートし、シュルレアリスム、アールデコ、キャンプからインスピレーションを得た作風で人気を博し、シャネル、モンクレール、ベルルッティ、ヴェルサーチェなどのハイブランドの広告キャンペーンを手がけるほか、仏版、伊版『VOGUE 』や『AnOther Magazine』『M le Monde』などで活躍する。『Mannequin』は、2021年にArt Paper Editionsから出版。Foam美術館グループ展示も参加。現在、パリ在住。