ファッション雑誌やブランドビジュアルなどの撮影で活躍するフォトグラファー濱村健誉が、試行錯誤を経てたどり着いたのは、大判のリンホフや中判のハッセルブラッドの名機にデジタルバックを装着するというスタイル。濱村は、最新のデジタル技術を駆使するために、アナログな人間があえてするべきことがあると話す。
撮影=飯塚茜
文=小林英治
ロンドンで出合ったハッセルブラッド
―ファッションの専門学校・文化服装学院在学中に写真を始めて、卒業後にロンドンに渡ったそうですが、その頃はどのような活動をしていたのでしょうか。
日本にいるときに海外の雑誌などを見ていて、自分で世界を構築して絵が作れると思ってファッション写真に興味があったんです。でも、実際にロンドンに行ってみると、自分の頭の中より現実の街の方が面白くてパワフルだということに気づきました。
例えば夜のストリートで、道の右側のクラブは革ジャンにリーゼントのパンクの若者たちで、道の左側は気取ったパーティーピープルたちみたいに、道を挟んで音楽もファッションもガラっと変わっていたり。それでファッションはやめて、ドキュメンタリー寄りのポートレイトや若者のカルチャーをずっと撮っていました。
―時期的には2000年代ですか?
2007~8年頃ですね。当時はヨーロッパのいろんな国のアーティストやその卵たちがロンドンに集まっていて、そういう人たちと自然と知り合いになるんです。その中にポーランド人の女の子がいて、彼女がハッセルブラッドを持っていました。
その子はもともと絵描きで、撮った写真のプリントの上に絵の具を乗せてドローイングしたりして、写真を表現の1ツールとして使っていたんです。私は彼女と出会うことで初めてハッセルブラッドというカメラを知って、それまであまり詳しくなかったカメラ自体を好きになりました。
―ロンドンにはどれくらい滞在していたのでしょうか。
一年半ぐらいです。ずっと居るつもりだったんですけど、ビザの更新で日本帰ったときに戻れなくなくなってしまって。それで、イイノスタジオに一年程勤めて、ライティングなどテクニカルなことを学びました。その頃に買ったのがハッセルブラッドの500ELXです。フィルムでも少し撮ったんですけど、わりとすぐデジタルバック買って、それをつけて使っていました。
―フィルム時代のハッセルブラッドにデジタルバックを装着するという、現在と近いスタイルがそこでできたのでしょうか。
いや、当時はまだ自分のスタイルといえるようなものは何もなくて、とにかく気になるカメラは全部使っていました。例えばライカも使っていたんですけど、実はライカが自分に合ってないことに気づくのに時間がかかってしまいました。
ライカは速写性があってスナップには向いてますけど、レンジファインダーなのでちょっとしたズレがあるじゃないですか。それが良さでもあるんですけど、僕はそういう撮り方は向いてないなと。
―たしかに、いまの濱村さんにスナップのイメージはありませんね。
10年くらい前に、普段からカメラを持ち歩いて“良いな”と思ったものをパッと撮る行為を止めました。僕が好きな写真集や写真家の人は大判で撮ってる人が多かったので、そういう人たちの作品の作り方とかを考えたとき、自分の中で“良いな”と思ったものを貯めていって、それをコンセプトに具現化してから撮り進めるという時系列をたどらないと、作品ができない、と考えたからです。
そうなったとき、いざ撮る場合には自分の中の撮りたいイメージがある程度あるので、レンジファインダーでズレてしまうと困るんです。それでライカを止めました。遠回りしましたけど、最近になってようやくハッセルが自分に合ってるなというのが分かってきました。
時間をかけて撮るリンホフ テクニカルダンS23
―2021年に出版された初の作品集『Mars』は、コンセプトを練って、時間をかけて取り組まれたことが想像できます。
形にするまでに5年くらいかかりました。これは、ある機会に撮影したアメリカ兵のポートレイトから着想を得て、アメリカが火星移住計画を進めたら、米軍がまず火星で探査をするだろうと考えて、さまざまな写真を撮影して構成したものです。
仮想の世界なんですけど、完全なるファンタジーではなくて、あり得るかもしれない未来のドキュメンタリーという体裁をとっています。
―これらの作品撮りに使用した愛用のカメラを教えてください。
メインはリンホフのテクニカルダンS23(Technikardan)という大判のビューカメラで、ハッセルブラッドのデジタルバックCFV II 50Cを装着して撮影しています。
この機種の前はリンホフのテヒニカ(Techinika)というフィールドカメラを使っていたんですけど、広角のレンズを使おうとするとアオリが足りないので、二年前くらいにテクニカルダンに変えました。4×5よりはコンパクトなので、主に屋外で使用しています。
―アオリを使った撮影は例えばどのようなものがありますか。
大きな建物を撮るときですね。大判だと上の方まで歪みなく真っ直ぐに写せるので。建物の場合、ちょっと突き放した感じにしたいので、絞りも開放にはしないですし、ほとんどF8以下では撮らないです。それからいま、「POST-FAKE」というメディアで、街中にあるパブリックアートを撮るというシリーズをやっています。
―雑誌のファッションストーリーの撮影で使うときもありますか?
条件が合えばですが、たまに仕事でも使います。いまは普通ロケでもだいたい一日で撮り終えることが多いんですけど、例えば同じ8ページの撮影に3日くらいかけたら違うものになるんじゃないか?というやり方をしたくて。
メンズファッション誌の『Them magazine』では、琵琶湖で3日かけて、同じ場所で24時間後に一枚一枚大判で撮影するということをしました。ロケハンでベストな光や角度をしっかり把握するなど、デジタルでも時間をかけて撮影することで、フィルムの表現が良いとかそういう小手先ではなく、もっと大らかなものができるんじゃないかなと思っています。
往年のハッセルブラッドを甦らせるデジタルバック
―もうひとつお持ちいただいたハッセルブラッドについてもお聞かせください。
リンホフにつけているCFV II 50Cというデジタルバックは、もともとはハッセルブラッドのフィルムカメラのボディに装着できるように設計されているので、僕は503CXiと組み合わせてよく使っています。
ハッセルはシャッターを押したときの指の感触が好きで、また押したくなるというか、このカメラで撮りたいなと思うカメラなんですよ。写りの良さとは別に、この音で撮るというか、シャッター音もすごく大事で、だからこのデジタルバックのシステムを作ったハッセルは偉いと思います(笑)。
フィルムカメラとして完成された良さを損なわずに、デジタルで一体化して、しかもプロダクトとしても美しく仕上がっています。
―フィルムカメラのシャッター音はやはり心地よいですよね。
あと、この場合は、撮ったら一枚ごとにハンドルを回してチャージしないといけないんです。で、僕はこういうちょっとした面倒くさい作業が多い方が好きなんですよ。絶対にオートフォーカスは使わない理由も、マニュアルだと、撮ろうと思った瞬間から一呼吸おけるからです。それは、僕が普段カメラを持ち歩かないのと一緒で、そのときにパッと良いと思ったものをあまり信用しないというか、1クッションおいた方が良いと思ってるんですね。
例えば、デジタルカメラだと50枚くらい連写したら一枚くらい良いのがあると思うじゃないですか。でも、実際はそうじゃない。良いのが撮れて無いんですよ。それって不思議だなと思うんですけど、ハンドルを巻いている間とか、ピント合わせている間に考えたりする数秒の時間がやっぱり大事なんですよね。
―写真の善し悪しは、機械の性能と単純に比例しないということですね。
いままでずっとデジタルカメラの画素数戦争がありましたけど、それが去年あたりで終わったと思っていて、じゃあ、そこでどういう写真が心地良いかというのをちゃんと考えないといけません。
デジタルで撮ること自体には、僕は明確に意味を見出していますが、デジタルが技術的にいくら進んでも、撮る人間はアナログなので、使うときにアナログへの帳尻を合わせないといけないと思っています。それが僕にとってはピントを合わせる時間だったり、巻く時間だったりということなんだと思います。
時代の変化に淘汰されないために
たぶん、もう少ししたら、職業カメラマンが何かを作れる時代は終わると思うんです。
―それはどういうことですか?
いわゆる「写真家」よりも、いまの時代の技術者や科学者たちが生み出す写真の方が、ニュースタンダードになっていくと思うんです。例えば1888年に創刊した『ナショナルジオグラフィック』は、初期の頃は職業カメラマンが写真を撮っていなくて、科学者や動物学者といった人が、研究の一環として撮ったものを掲載してるんです。ただ、それがだんだん写真雑誌として認識されてきたときに、職業カメラマンとして、動物写真家みたいな人たちが現れるようになります。
でもいまは、また100年に一度くらいの新しい技術がいろいろ出てきてるじゃないですか。そういう最新の技術に携わる人たちから、新しいタイプのカメラマンみたいな人が出てくると思うんです。
例えばドローンで撮影する人は、すでにカメラマンじゃなくてラジコンの人かもしれない。そういう意味では、従来のカメラマンであり続けることはできなくなるだろうなと思うんです。
―つまり、ある種の過渡期というか、そういう時代に写真をやっているということすごく意識しているということですね。
そうですね。ニュースの世界では、何か事件が起きたときに、いまはだいたい近くにいた人がスマホで撮った写真を使用されていますよね。「決定的瞬間」のクオリティよりも、時間の早さの方が重要で、その意味では報道カメラマンの価値も変化してきました。
そうなってきたときに、例えばファッション写真でも、もう少しコンセプチュアルな感じというか、見た目はそんなに変わらないかもしれないけど、表現のもっていき方の方向性を変えるようにしないといけないなと思っています。
先ほどの、ロケでも大判で時間をかけて撮るというのもその試みのひとつですが、日々の仕事をルーティンワークにしないためにも、コンセプトを具現化する作品作りの時間を大事にしていきたいです。
濱村健誉|Kiyotaka Hamamura
1986年山口県下関市生まれ。文化服装学院卒業後ロンドンへ渡る。ドキュメンタリーを中心に撮影後、帰国しイイノスタジオで勤務。その後ニューヨークへ。自身のアートワーク制作をしつつMagnum Photosでインターン。帰国し、2021年作品集『Mars』を出版。現在ファッション誌やブランドカタログなどで活躍している。
https://kiyotakahamamura.com
@kiyotakahamamura