18 May 2022

ニューヨーク通信
Photobook Now vol.2

18 May 2022

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ニューヨーク通信:Photobook Now vol.2 | ニューヨーク通信 Photobook Now vol.2

パンデミックの影響で人と物の流れが制限され、写真シーンにもその影響は表れている。ニューヨークの写真専門書店Dashwoodに勤める須々田美和が売り場にいて改めて感じるのは、実際に写真集を手に取って鑑賞する行為が作品に対する理解や愛を深めるのにいかに役立つかだという。作品が断片的に切り取られて紹介されるインターネットやSNSとは異なり、写真集は作家のビジョンを総合的に表現した集大成といえる。須々田による連載「ニューヨーク通信:Photobook Now」では、現地で話題になっている新刊3冊を紹介。そして、そのうち1冊の著者によるショートインタビューも掲載する。作り手と交流できる場が少なくなっているいまだからこそ、生の声もお届けしたい。

インタヴュー・文=Miwa Susuda
撮影=森山綾子
協力=Dashwood

第2回でピックアップする1冊目は、Aperture財団が主催するポートフォリオコンテストで昨年大賞を受賞したドノヴァン・スモールウッドの『Languor』。知られざるセントラルパークの歴史をテーマにした本書について質問したインタビュー動画とともに紹介する。近年、人種、ジェンダーを主題にした写真集が注目を集めていることから、2冊目にはジャスティーン・カーランドのフォトコラージュ集『SCUMB Manifesto』を選んだ。白人男性優位であるアート界の体制に警鐘を鳴らす本書は、発売前からメディアを賑わせ、英国紙『ガーディアン』でもレヴューされた話題作である。そして最後に紹介するのは、新進気鋭の出版社Matarile Edicionesから刊行されたマリオン・エレナのZINE『Sedimental Feelings』。ニューヨークより届ける話題の3冊を、ぜひチェックしてみてほしい。

ドノヴァン・スモールウッド 『Languor』

大学では英語学部を専攻し、写真は独学で学んだというスモールウッド。初の写真集『Languor』には、2020年7〜10月にセントラルパークで撮影された写真が収録された。ブラックアメリカンのポートレイトと風景写真で構成された本書は、彩度の低いモノクロ印刷が繊細さを引き立て、余白を生かしたレイアウトによって写真一点一点をゆっくり味わえる1冊に仕上がっている。

スモールウッドはコロナ禍において、セントラルパークを歩きながら写真を撮ることで状況を理解しようとする日々を送っていた。その際に、偶然見た『The Lost Neighborhood under New York’s Central Park』というドキュメンタリー番組が、本作を製作するきっかけになった。その番組は、現在のセントラルパークの一部は、19世紀中頃までアイルランド人とアフリカ系アメリカ人が居住するセネカ・ビレッジと呼ばれる居住地区であったが、都市開発計画によって破壊された歴史を伝える内容であった。ブラックアメリカンとして、行政が人権よりアメリカのランドマークとなる国内初の公共公園の建設を優先した点に腹立たしく思うと同時に、もともとは荒野であった土地が居住地に生まれ変わり、それがまた人の手によって公園へと変わり、現在は多くの人々が自然を堪能できる場になったことに心を動かされたという。インタビューでは、本作を通して、時代の流れによって変わる「自然」と「人間」の関係性を静かにとらえようとしたと答えてくれた。公園を行き交う人たちに声をかけて撮影したポートレイトは、中判カメラのペンタックス67を3脚に立て、ひとりにつき1ロール、10分ほどの時間をかけて撮影された。また本書は、10年以上スモールウッドの作品を見続け、ときには助言を与えるメンターのような存在である編集者と二人三脚で丁寧に作られた。サリンジャーとナボコフを愛読書とする読書好きのスモールウッドにとって、この本はセントラルパークへ哀愁を込めて書き上げた小説のような1冊だという。

タイトル

『Languor』

出版社

Trespasser

発行年

2021年

URL

https://trespasser.co/


ジャスティーン・カーランド『SCUMB Manifesto』

90年代にアメリカの名門校イェール大学院でトッド・パパジョージ、グレゴリー・クリュードソン、フィリップ=ロルカ・ディコルシアなど写真界のスタープレイヤーのもとで写真を学んだカーランド。代表作「Girl Pictures」のステージフォトとは一線を画す最新作「SCUMB Manifesto」は、ブラッサイ、ヘルムート・ニュートン、ロバート・フランク、ウィリアム・エグルストンやマーティン・パーといった巨匠たちによる約150冊の写真集をもとに制作したフォトコラージュである。アンディ・ウォーホルの殺害未遂事件を起こしたアメリカ人のフェミニスト、ヴァレリー・ジーン・ソラナスの著書『SCUM Manifesto』からインスピレーションを得た本書は、歴史的にも、また現在においても、白人男性写真家を中心に作品への評価や価値基準が定められている体制を提示し、警鐘を鳴らすことを目指している。特定の写真家を個人攻撃するための作品ではない。そのことは、オリジナルの写真集のタイトルを引用したコラージュ作品からも見てとれる。慎重に選ばれ、切り抜かれた写真を配置した作品からは、決して悪意や乱暴さは感じられない。Dashwoodでは、6月2日にカーランドによるサイン会が予定されている。

そのほかにも昨年、10×10 Photobooksが女性写真家の写真集を特集した『What They Saw: Historical Photobooks by Women, 1843-1999』を出版し、現在ニューヨーク近代美術館では、過去100年間に制作された女性作家による写真作品を通して、同性愛者の差別撤廃や市民権運動、フェミニズムの問題を検証する「Our Selves」展が開催中である。このように、今後もアメリカの写真界では女性をフォーカスする傾向は続き、写真史を変えていく大きな流れを作ることが予想される。

タイトル

『SCUMB Manifesto』

出版社

MACK

発行年

2022年

URL

https://mackbooks.co.uk/


マリオン・エレナ 『Sedimenta Feelings』

近年、写真教育を受けた外国でそのまま写真家としてのキャリアを築く若い写真家が増えている。Matarile Edicionesは、二つの文化と言語、母国と新しい国での2重の生活を経験し、自身のアイデンティティや物事のとらえ方が複雑に揺れ動く写真家たちを支援するために昨年設立された出版社である。ディレクターのマルタ・ナランホ・サンドバルは、大学院に進学するためにメキシコからニューヨークへ移住し、今年でニューヨーク在住は10年目を迎える。出版活動のほかには、写真家として活動しながら、ICPの図書館に勤務し、DashwoodのZineコレクションのマネージャーも勤める。多くの若手作家と接する中で思い立ち、出版社を設立したという。

同出版社から出版された『Sedimenta Feelings』の著者であるマリオン・エレナは、ベネズエラ生まれで、現在はフランス、マルセールで活動している。サンバトルは彼女の作品に、客観性と疎外感、アイデンティティを探求する内省的な思索を感じたという。サンドバルは、エレナから送られてきた200点以上の画像をすべて出力し、コンピューター上での編集は行わず、マニュアルな手法で写真集の構成を丁寧に決めていった。32ページからなるホチキス留めのZINEにも関わらず、モノクロとカラー写真を組み合わせたリズムのあるレイアウトで、見応えのある1冊に仕上がっている。

写真のみならず映像も手がけるサンバトルは、本書を宣伝する際に映画の予告編のような映像をインスタグラム用に制作し、作品の魅力を積極的にアピールしている。またオンラインでのプロモーションだけでなく、7月15日から3日間にわたり開催されるブルックリン・アート・ブック・フェアにも参加するとのこと。これから多くの若い作家を支援することが期待される出版社から目が離せない。

タイトル

『Sedimental Feelings』

出版社

Matarile Ediciones

発行年

2022年

URL

https://matarileediciones.com

須々田美和|Miwa Susuda
1995年より渡米。ニューヨーク州立大学博物館学修士課程修了。ジャパン・ソサエティー、アジア・ソサエティー、ブルックリン・ミュージアム、クリスティーズにて研修員として勤務。2006年よりDashwood Booksのマネジャー、Session Pressのディレクターを務める。Visual Study Workshopなどで日本の現代写真について講演を行うほか、国内外のさまざまな写真専門雑誌や書籍に寄稿する。2013年からMack First Book Awardの選考委員を務める。2018年より、オーストラリア、メルボルンのPhotography Studies Collegeのアドバイザーに就任。
https://www.dashwoodbooks.com
http://www.sessionpress.com

 

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