私物の写真集の中から3冊を選書してもらい、設定したテーマやセレクトした1冊ごとの魅力について本人に話を聞く連載企画「My Favorite Photobooks」。第12回目のゲストは、写真集のブックデザイン、雑誌のエディトリアルデザイン、広告のアートディレクションなど、幅広い領域で写真と関わるアートディレクター、グラフィックデザイナーの服部一成。「ある用途のために撮影されたものだけど、その目的からズレた魅力がにじみ出ている写真に惹かれる」という服部に、とっておきの3冊を紹介してもらった。
文=小林英治
写真=瀬沼苑子
目次
テーマ:写真の面白さを新しい角度から見つける、ユーモアあふれる子供向けの写真集
今回挙げてもらったのは、子供向けに制作されたものであったとしても、必ずしもその目的とは合致しない新たな写真集の魅力が垣間見れる3冊。「僕は写真集のデザインもしますが、広告とか雑誌の仕事の中で自分がアートディレクターとして、撮影する内容や方法を考える仕事も多いので、そういう目線で写真集を見たりすることが多いです。ちょっとヒントをもらうというか、いわゆる鑑賞とは違う見方で、写真で表現する面白さがどういうところにあるのかを、写真集を見ていて感じることがあるんですね。今回の3冊に関してもそういう視点があるかもしれません」。
『The First Picture Book : everyday things for babies』
1冊目は、エドワード・スタイケンが撮影した『The First Picture Book : everyday things for babies』。オリジナルは1930年に刊行され、スタイケンの仕事としては知る人ぞ知る本だが、写真を用いた児童書の先駆的な例として高く評価されている1冊だ。実はこの本の発案者は、1950年代に学校での性教育の必要性を提示した性教育分野の第一人者として、先進的な学校運動の指導者であったスタイケンの娘、マリー・スタイケン・カルドロンだという。写真家である父に「幼い子どもたちに物の認識と名前を教えるために」と依頼して制作されたものだ。服部が持っているのは、作家ジョン・アップダイクが書き下ろしたエッセイを加えて1991年に復刻された新装版。「広告制作会社に入ったばかりの頃、銀座にあった洋書専門のイエナ書店の店頭で見かけて、こんな面白い本があるんだと思って買いました」。
序文などのほかにテキストは一切なく、右ページにモノクロの写真を配置するシンプルなフォーマットで統一され、写っているのはぬいぐるみや積み木、お絵描きセット、ベビーカーなど、「赤ちゃんのための日用品」だ。「この写真集が面白いのは、子供向けとして頼まれて撮っているんですけど、すごく本気というか、スタイケンが静物写真を大真面目に撮っているところです。物の置き方もナチュラルではなく、むしろ力が入っていてぎこちないような感じが面白いなと思います。作家としての姿勢を感じさせ、子供のことを忘れて作品的にのめり込んで撮っているような、不思議な力学が働いている写真だと思います。だって、積み木を普通こんなふうに撮りますか?(笑)。ちょっと突き抜けすぎて、ある種抽象的な面白さが感じられますよね。でもすごくかっこいいと思います」。
タイトル | 『The First Picture Book : everyday things for babies』 |
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出版社 | fotofolio |
発行年 | 1991年 |
仕様 | ハードカバー |
『MON LIVRE DE Photographie』
2冊目は、ジャック=アンリ・ラルティーグによる『MON LIVRE DE Photographie』。「2000年代前半に、パリのマレ地区にある有名な写真関係の古本屋で見つけて買ったと思います。タイトルは日本語だと『僕の写真の本』ですかね。フランス語が読めないので文章の内容はわからないですけど、絵本みたいな作りで、写真入門のような本だと思うんです。子供向けシリーズのうちの1冊なのかもしれません」。本書は自己紹介やカメラの話から始まり、自動車や飛行機、テニスなどのテーマごとにテキストと写真が紹介されている。服部にとっては、それぞれの写真の扱われ方が特に興味深いという。「ラルティーグは19世紀末にフランスの裕福な家庭に生まれて、8歳で自分のカメラを与えられてから、周りの上流階級の大人たちの生活をとらえた動きのある素晴らしい作品をたくさん撮っていますが、この本では美術館のラルティーグ展や立派な作品集で見るような名作が、入門書の作例として惜しげもなくどんどん使われているんです」。
主に画家として生計を立て、アマチュアとして写真を撮り続けてきたラルティーグが、ベル・エポックの息吹を生き生きととらえた偉大な作家として「発見」されるのは1960年代半ばのこと。この本が出版された1977年当時、83歳であったラルティーグはすでに巨匠としての名声を得てはいたが、自身の写真に関して「作品」という認識はなかったのかもしれない。実際、その2年後の1979年に全作品と全アルバムをフランス政府に寄付している。「やっぱり彼にとって写真はアルバムの1ページみたいな、日常の出来事をとらえたものなんでしょうね。本の最後の方には、図を用いてアングルの違いでどう撮れるかとか、フィルムのサイズの解説も入っています。そうやって一応技術的なことも書いてあるんですけど、そこを真似してもラルティーグみたいな写真が撮れるわけがないというか。周りのお金持ちの大人たちが優雅に海に行ったり車でレースしたり飛行機を飛ばしたり、写せば名作になっちゃうみたいな、そんな豊かな世界は僕の身近には存在しないんですけどって感じですよね(笑)」。本の見返しには、彼が使っていた歴代のカメラを年代順に並べて撮った写真が使われているが、これも入門者には真似できないコレクションだ。「見返しの写真もラルティーグ本人が撮っているのかはわかりませんが、本の構成としてもすごくかっこいいと思いました。絵本的な判型や実用のための本という作りも含めて、愛おしさを感じます」。
タイトル | 『MON LIVRE DE Photographie』 |
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出版社 | Flammarion |
発行年 | 1977年 |
仕様 | ハードカバー |
『SCIENCE CIRCUS』
3冊目に挙げてくれたのは、第二次大戦後のアメリカで子供向けの科学の実験教材を多数開発、紹介したボブ・ブラウンによる『Science Circus』。「ロケでニュージーランドに行ったときに古本屋で買いました。この本自体は1960年にアメリカで出版されたもので、理科の実験的な題材を使ってできるちょっとした手品のような方法をすごくたくさん紹介しています。だから正確には写真集じゃないんですけどね。実験を説明するテキストと線画が左ページで、右ページは子供たちが実際に実験を行っている写真が大きく載っています。クレジットがないのでこの写真を著者のブラウンが撮ったのかは分からないけど、少なくともディレクションはしているんだと思います。実験の様子を撮影した写真がどれもちょっと芝居がかっていて、演劇のスチールみたいな感じにも見えませんか?」
この本を入手した2000年代、服部は雑誌『流行通信』のリニューアルにアートディレクターとして携わっていた時期だという。「ファッション写真を毎月撮っていて、ポーズの問題ってすごく難しいなと思っていました。自然に、と言ってモデルに立ってもらっても写真に写ると自然じゃなかったり、逆にガチガチにポーズを決めても、それがちょっとうまくいかなくて不思議なポーズになってしまい、でもそれで微妙なニュアンスが出て面白かったり。そういうことをいろいろ試行錯誤していたときに、ヒントになったのがこの本だったかもしれません。具体的にどの写真がという訳ではないですけど、決められたポーズとそのモデル自身が生き生きと見える関係ってどんな感じなのかな? ということを考えさせてくれました」。実験の様子を伝える写真でありながら、黒バックでライティングされるという決められた構図の中の子供たちの表情は、妙に生き生きとしている。「驚く表情も本当の顔なのか演技なのか読み取れないですよね。演出された部分とリアルな部分が不思議に混ざり合う感覚がすごく良いなと思います。スタイケンの子供向けの写真と同じく、この本も実際の撮影現場が気になる写真ですね。作者も意図してないユーモアとか、時代が経って見ているからこその面白さも含めて、写真の魅力のひとつの側面をとても感じさせる本だと思います」。
タイトル | 『SCIENCE CIRCUS』 |
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出版社 | Fleet Publishing Corporation |
発行年 | 1960年 |
仕様 | ハードカバー |
服部一成|Kazunari Hattori
1964年、東京生まれ。1988年、東京芸術大学美術学部デザイン科卒業後、ライトパブリシティを経てフリーランスとなり、2001年に有限会社服部一成を設立。これまでの主な仕事に、「キユーピーハーフ」の広告のアートディレクション、雑誌『流行通信』のアートディレクション、「ホンマタカシ ニュー・ドキュメンタリー」展のグラフィック、中平卓馬写真集『来たるべき言葉のために』のブックデザイン、弘前れんが倉庫美術館のロゴタイプなど。主な受賞に第6回亀倉雄策賞(2004年)、東京TDC賞グランプリ(2007年、2008年)、毎日デザイン賞(2011年)などがある。