薄井一議、大島成己、オノデラユキ、北野謙、鈴木理策、似鳥水禧、濱田祐史によるアーティスト・イニシアティブ・コレクティブ活動の一環として、インタヴュー集『Photography? End?』が出版され、POST(東京・恵比寿)での出版記念展もされる。キャリアも作品テーマも活動拠点も異なる7人の写真家たちがどのように出会い、なぜ活動を始めることになったのか。今回のプロジェクトの中核を担う、写真家の薄井、北野、濱田に話を聞いた。
文=宮崎香菜
写真=渡邊りお
―まず、本をつくることになった経緯を教えていただけますでしょうか。前段階として、「Photography? Why?」というプロジェクトを始めていたそうですね。
北野謙(以下、北野):2015年に南仏のエクス・アン・プロヴァンスで写真祭が開催され、そこでこのメンバーと出会ったのがきっかけです。このときは、オノデラさんは参加していません。「交差するまなざし 日本−プロヴァンス」という企画展があって、フランス人作家と日本人作家それぞれ6人ずつが出品しました。
濱田祐史(以下、濱田):日本の作家を先に決めてから、それぞれの取り組みに合わせてフランスの作家を選ぶコンペが開かれていたと聞いています。
薄井一議(以下、薄井):日仏それぞれ、うまくテーマが分かれていましたね。僕の場合はセットアップをやる作家と対になっていて、北野さんにはポートレイト、濱田さんには風景の作家というように。
―そこで、プロジェクトが発足したのですか?
北野:いや、そうではなく。このときは初対面という人たちもいて、僕自身もゆっくり話すのは初めての人ばかりでしたが、写真祭自体がとてもアットホームな雰囲気だったんです。これが、パリフォトやNYのAIPAD(The Association of International Photography Art Dealers)のようなアートフェアだったら、マーケットが近いので全体にプロモーションや競争のような感じがあるのですが、静かな街で本当に芸術が好きな人たちが集まって、芸術の話やお互いの作品の話ができたのがすごく新鮮でした。方法論や関心について、ここは同じだね、真逆だねって忌憚なく話せて、とても気持ち良かったですね。
濱田:僕は先輩達に囲まれ、初めは恐縮していましたが、作品の話をして向き合えた後から親切に接してくれました。あの作品どう思う?どう作ったの?みたいな話をお互いしたりして自分には持っていない知識や感覚を知れました。
薄井:毎晩いろいろな話ができて楽しかったから、帰国しても会おうということになりました。
北野:そうですね。パリに住んでいる似鳥さんが日本に来たときに集まったり。似鳥さんは、ずっと海外育ちで海外暮らし。日本の写真の見方がヨーロッパ人のようで新鮮でした。
写真左から薄井、北野、濱田。
―その後、皆さんで2019年にモロッコのマラケシュで開催された写真祭に参加したそうですね。
北野:似鳥さんがディレクターから依頼を受け、企画の立案とキュレーションをすることになりました。南仏の時のメンバーに声をかけてくれて。さらにパリ在住のオノデラさんも誘って7人でやりましょうということになり、「Photography? Why?」という名で企画が立ち上がりました。作家主体のアーティスト・コレクティブというのは、この時に似鳥さんの企画で形作られました。
マラケシュでのイベントに際して制作された『Photography? Why?』カタログ。
―当時のカタログを見ると、導入に「Photography? Why?<完璧な>デジタル写真時代に生まれた概念、実験、ズレ、錯覚、遊び、超感覚、ユーモア可能性。際限なく写真が撮られ、急速に表現が変動する現代のデジタル写真の時代に、一番重要な課題とは何か?」と書いてあります。どんな企画だったのでしょうか。
薄井:この写真祭は展覧会ではなく、シンポジウムやトークが中心でした。まず、イヴ・サンローラン マラケシュ美術館で美術史研究家とのイベントがあって、メイン会場はエルバディ宮殿(16世紀に建設された宮殿の遺跡)で、僕たちは野外に設置された巨大スクリーンを使ってプレゼンテーションをしました。
北野:「Photography? Why?」って「なぜ写真なのか?」という問いかけですよね。最初、この企画名だけ聞いたとき、実はピンとこなかったんです。もちろん常に自分自身には問いかけてはいますが。でも、あとから考えると、疑問形で世界と向き合うというのは、作家として大事なことだと思えました。
―地元の作家との関わりはあったのですか?
北野:現地のギャラリーで作家たちとのトークセッションがありました。マラケシュで出会った作家はアメリカやイギリスで学んだ人も多く、中央と周縁をとても意識しているように感じた。モロッコの最大都市カサブランカと比べれば小さな街ですが、イベントでは観客の質問が絶えなくて、そういうシチュエーションもすごいなと思いました。このとき僕たち日本人作家は一緒に一軒家を借りて滞在していて、屋上で南仏のときみたいに毎晩話していたのですが、パリでもニューヨークでも東京でもない場所で、写真について考えるのはやはり楽しかった。今後も、写真の本拠地ではない場所で、日本人の写真家として発信したり、地元の作家と交流したり、継続的に何か問いかけがでいたらと話していました。
―そこからプロジェクトを始める話が出たのですか。
薄井:そうですね。まずはトークショーなどのイベントを日本でやろうということになったのですが、帰国してしばらくしたら新型コロナウイルスの流行が始まりました。イベントができなくなったので、文化庁の助成金を活用して本をつくることになったのです。もともと、7人それぞれの作品のコンセプトが違うので、文章という形、1冊の本で違いを表現できたらと思ったのです。
―今回出版する『Photography? End?』は、キュレーターの若山満大さんが聞き手となったインタヴュー集ですね。なぜこの形式になったのですか?
北野:これまでの美術家たちの運動は共通の目標だったり、乗り越えたい壁があったりしたわけじゃないですか。でも、考えてみれば、この7人の共通項は特にないので、何か軸が必要だと。それで、若山さんがインタヴュアーとなって軸になっていただこうと。
濱田:われわれは1960〜70年代生まれなので、より多様な目線で本を制作したいと思い世代が異なる90年代生まれの若山さんはどうかと皆に提案しました。同じ理由で本のデザインは80年代生まれの須山悠里さんにお願いしました。
―今回、本のタイトルが『Photography? End?』になったのはなぜですか?
北野:全員が対等なコレクティブとして活動するにあたって、似鳥さんがマラケシュの企画のために考えた「Photography? Why?」をそのまま使うのはいったんやめて、皆で新たなものを考えることになりました。それで全員のインタヴューが終わるころにやっと決まったのが、このタイトルです。オノデラさんが「写真の終焉」とずっといわれてきたけど、どうかなって提案してくれて。この本ができるのに2年間かかりましたが、実は結構壮絶でしたね(笑)。タイトルだけでなく、本の構成、ひとつひとつ決めるために、オンラインやメールで何度も議論をしました。
―最初にテーマを「写真の終焉」と設定して、それぞれが語ろうというインタヴューではなかったのですね。
北野:はい、違うんです。若山さんの問いかけは、やはり「皆がやっていることは、なぜ写真なのか」でした。それには、環境や影響を受けたものが大事だから、多くは生い立ちに対する質問から始まっています。文章をまとめてくれたのも若山さんで、読んでみると、作家の言い回しが相当変わっている印象が僕自身はありました。それはなぜかというと、日本の写真のことを何も知らない読者が読んでも、読者自身が頭の中に地図を描いていけるようなものをめざしたからです。たとえば、森山大道は当然知ってるよね? というようなものではなく、背景も丁寧に説明されている。テキストはすべて日英で載せていますが、本のコンセプトとして英語のテキストは、非英語圏の読者が読んでもわかりやすいように表現することを重視しました。
薄井:コロナ禍だったので、僕は若山さんとオンラインインタヴューで初めて会いました。すごくシンプルな質問でだけど、話しやすかったですね。自分の事務所を改造して大きなプリントを制作していた期間で、わりと深く自分のことを考える時間でもあったので。
―さまざまなやりとりの中で最終的にこのタイトルに落ち着いたんですね。
北野:2000年代にデジタル写真が一般的になって、盛んに写真は終わりだっていわれた印象がありましたが、実はずっと前からいわれていたんですよね。でも完全に終わるとは誰も思っていないわけで。連名で本のあとがきに「疑問形で経験する未来」という文章を載せました。やっていることも考えもバラバラですが、未来に対しての疑問や写真的な意識は共有できたらと思っています。
薄井:19世紀に写真が発明されてから、絵画が写真に取って代わられてしまうのではといわれ、画家たちはさまざまな表現を追求するわけですが、そういうことが現代は写真で起きている。絵画と同じように、終わるっていわれたところから、新たな表現が始まった気がしています。
濱田:「Photography? End?」という問いかけは、僕にとってはアイコンに近い感覚です。クエスチョンマークが最も重要な部分に思います。読者がそれぞれに写真について解釈したり考えたりするひとつのきっかけにしてくれたら嬉しいですね。
―この出版を機に「Photography? End?」というプロジェクトが始まると本に書いてありますね。
北野:まだどうなるかわからないですが、マラケシュやプロヴァンスのようなマーケットから離れた場所に集まって対話や発信をして行けたらいいですが、離れた場所に全員が集まるのは以前より難しい。僕個人としては全員でなくても、そのときどきに向き合いたいテーマごとに集まって、話したり、展示をしたり、考えることを持続していけたらと思っています。
薄井:この本が出ることで、また新たな縁が繋がれば良いなと思っています。
濱田:個がまとまったそのままの集団ですから、次はずっと先で何十年後にまた集まるのでも良いです。また、出版を通して僕たちは形式にとらわれず開いているということを再認識できましたし、ひとつの在り方を示すこともできたと思います。
北野:そう。セカンドアルバムがデビューから20年後のロックバンドだってありますしね。(笑)。
▼展覧会 | |
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タイトル | |
会期 | 2022年7月1日(金)~7月31日(日) |
会場 | POST(東京都) |
時間 | 11:00~19:00 |
休廊日 | 月曜 |
イベント | トークイベント:7月16日(土)18:00~ |
URL | http://post-books.info/news/2022/7/1/exhibition/photography-end? |
▼書籍 | |
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タイトル | 『Photography? End? 7つのヴィジョンと7つの写真的経験』 |
出版年 | 2022年 |
価格 | 【通常版】3,300円【特装版】99,000円 |
仕様 | ソフトカバー/210mm×148mm/196 ページ |
URL | 【通常版】https://post-books.shop/items/62b16f07288b802ea9e46939 |
薄井一議|Kazuyoshi Usui
1975年東京生まれ。1998年東京工芸大学芸術学部写真学科卒業後、(株)博報堂フォトクリエイティブを経て、2013年 写真家として独立。作品集に3部作『Showa88 / 昭和88年』『Showa92』『Showa96』(Zen Foto Gallery) 、『マカロニキリシタン』(美術出版社)などがある。アメリカ『APERTURE』や『AMERICAN SUBURB X』、イギリス『British Journal of Photography』、フランス『Libération』などで特集が組まれている。グループ展に、「A Vision of Japan」(galleri BALDER、ノルウェー、2016)、「20代写真家の挑戦 IN&OUT」(東京都写真美術館、2003)など。また映像作品として6年間の密着撮影にて完成されたドキュメンタリー「ダライラマ14世」が渋谷ユーロスペースを皮切りに全国公開された。
北野謙|Ken Kitano
1968年東京都生まれ。1994年「溶游する都市」で初個展(I.C.A.C.ウェストンギャラリー 東京)。「our face」シリーズで東川写真賞新人賞、岡本太郎現代芸術賞特別賞、写真の会賞等を受賞。主な個展に「未来の他者|密やかなる腕」MEM(2021)、「光を集める」写大ギャラリー(2019)、「our face-prayers」PACE/MacGILL gallery(2015、ニューヨーク)、「Now, Here, and Beyond」ROSE GALLERY(2015、ロサンゼルス)、「our face」三影堂撮影芸術中心(2010、北京)等。主なグループ展は「イメージの洞窟」東京都写真美術館(2019)、「エッケ・ホモ—現代の人間像を見よ」国立国際美術館(2016)、「写真の現在3– 臨界をめぐる6つの試論」東京国立近代美術館(2006)等。
濱田祐史|Yuji Hamada
1979年大阪府生まれ。2003年、日本大学芸術学部写真学科卒業。東京を拠点に活動し国内外で作品を発表。写真の原理に基づき概念を構築し、ユニークな技法で常に新しい試みを行っている。主な個展に『 K 』『R G B』『C/M/Y』(PGI、東京)、『photograph』『Primal Mountain』(GALERIE f5,6、ミュンヘン) がある。主な写真集に、『C/M/Y』(Fw:Books、2015)、『BRANCH』(lemon books、2015)、『Primal Mountain』(torch press、2019)など。