1 August 2022

マルセロ・ゴメスインタヴュー 写真の本当の美しさを追求した最新作『PATHÊMES』

1 August 2022

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マルセロ・ゴメスインタヴュー 写真の本当の美しさを追求した最新作『PATHÊMES』 | マルセロ・ゴメス インタヴュー

マルセロ・ゴメスの最新作『PATHÊMES』のページをめくると、その写真の美しさはもちろんのこと、特徴の異なる数種類の紙とそれらに施された特殊な加工の数々に驚かされる。独特なカッティングやエンボス加工が施されたページをはじめ、マットやコート紙、さらにはトレーシングペーパーなどがランダムに用いられたされたデザインは、写真に‘触れる’という不思議な感覚を与え、視覚以外からも楽しめる一冊となっている。約10年に渡り撮り溜めていたという作品群をまとめた本書は、どのように生まれたのか。インタビューを申し込むと、自然光が美しいパリのアパルトマンに快く招いてくれた。

文=安齋瑠納
写真=Atelier 9

–15年間ニューヨークで生活されていましたが、パリでの暮らしには慣れましたか?

仕事でヨーロッパを訪れることが多く、次第にこっちで仕事をしてみたいと思うようになりました。パリは馴染みもありましたし、他の国への移動も便利です。移住後、すぐにロックダウンがあり、まだ旅をする機会がなかなかないのが残念ですが……。ニューヨークでは、スタジオを何人かでシェアしていましたが、いまはアパルトマンの一角を作業スペースとしています。デスクからソファが見えるので、誘惑に負けて読書をしてしまうのが悩みです(笑)。

–『PATHÊMES』の制作もパリで行われたんですよね。はじめて手に取った時、ページをめくるたびに異なる紙の感触に驚きました。

紙の種類が多すぎて、僕自身も把握しきれないほどです。もともと、長期間撮り溜めてきた写真を一冊にまとめる上で「丁寧すぎない本」を作ろうと考えていました。多くの写真集が、プリントや装丁の美しさといったある種の’忠実性’に囚われすぎていると感じていたからです。さらに、今回の写真集では、写真そのものが持つテクスチャーや被写体のフォルムを伝えることがとても重要でした。そうしたイメージをデザイナーに共有するなかで、ユニークな紙を選んだり、加工を施してテクスチャーを強調するというアイディアが生まれました。

斜線を描くようにエンボス加工が施されたページ。

スクリーンプリントを用いることで、被写体のフォルムのみを抽出した不思議な仕上がりに。


–デザインを手がけたANY OTHER NAMEについて教えてください。

デザインは、友人のベン・アトキンスとニック・ブレイクマンにお願いしました。ベンは、デザインエージェンシーANY OTHER NAMEを主宰し、ニックは、チームとして彼と一緒に働いています。この本のパブリッシャーでもあるSelf Titledはベンの新しいプロジェクトで、これが初の出版物なんです。彼らのデザインをはじめてみたときには、どんな仕上がりになるのか想像もつきませんでした。ただ、ふたりのことをとても信頼していますし、クリエーターとして平等でありたかった。仕上がりを見て、思い切ってまかせてよかったと感じました。

–中身のデザインとは対照的に装丁はとてもシンプルです。

ページをめくる順番やフォーマットが決められているという面からも、写真集における’忠実性’を感じることがあります。この本は、自由に写真を見てほしいという思いから、あえてゴムで綴じるだけというカジュアルな仕様になっています。鑑賞者が好き勝手にシークエンスをアレンジすることで、各々の楽しみを発見してもらえたら嬉しいです。友人のひとりは、気に入った写真をフレームに入れて飾ると言っていました。良いアイディアですよね(笑)。

マルセロ・ゴメスの最新作『PATHÊMES』

–写真のジャンルもポートレイトからランドスケープまでさまざまです。

撮り溜めた写真は500枚にも及びました。そこから200枚ほどをデザイナーに渡し、最終的には168枚までセレクトしたとのですが、最後の20枚を選ぶのには本当に苦戦しました。なかには、モチーフがわからない程に抽象的な写真もあるのですが、それらには特段ユニークな紙を使用したり、特殊な加工が施されていて、写真集全体を通してリズムを作るような役割を担っています。

―モノクロとカラーのコントラストも印象的でした。被写体によって使い分けているのでしょうか?

普段からカメラはカラーとモノクロフィルム用に二台を併用しています。首からふたつのカメラを掛けて、常にキャップをかぶっているということもあり、完全に観光客のような趣だと思います(笑)。 被写体によってどちらのフィルムを使用するかはあまり意識していませんが、光と構造が気になる被写体はモノクロで撮りたくなることが多いです。特に建築物などは、構造が全てなので、モノクロでその部分を切り取りたいと思うのは、僕のなかではとても自然なことです。

―ポジフィルムで撮影しているということも関係しているのでしょうか?

光に関しては、ポジフィルムで撮影していることが大きいです。ポジフィルムには、映画のワンシーンを切り取ったかのようなムードがあります。同時に、真実の幻想を映し出すような不思議な魅力も感じます。この瞬間を撮り逃してはいけないと感じさせるなにかが……。加えて、ネガフィルムとの違いも大きいです。ネガフィルムは、撮影した後に暗室で色や明るさを大きく調整することが可能です。一方でポジは、その一瞬の光に忠実に撮影しなければなりません。シャッタースピードや絞りが少しでもずれると思い描いていたものと全く違う写真になります。そういったシビアさゆえに、どんな画が撮りたいのかをより思考するようになるんです。もちろんトライアンドエラーの繰り返しではありますが、失敗から学ぶことの方が多いと感じます。

アトリエスペースの壁には、お気に入りの写真やインスピレーションのひとつでもある西洋絵画のポストカードが並ぶ。

旅行先で収集したという石のコレクションもインテリアの一部に。


―ポジフィルムが自分の作品にフィットすると感じたきっかけはありますか?

写真を始めた当初、ニューヨークのウィークリーマガジンに寄稿することが多かったんです。当時は、アナログからデジタルへの変換期で、ウィークリーマガジンのようにスピード感が求められる媒体では、デジタルで撮影してほしいと依頼されることが多かった。でも、僕はどうしてもフィルムで撮影したくて……。ポジフィルムであれば撮影後すぐに現像してその日のうちに納品できますよね。ネガフィルムだと現像、コンタクトシート、セレクト後にプリントをして… …とプロセスが多く、デジタルのスピードに追いつけません。最初はポジで撮らざるを得ない状況だったんです。

―それがいまではマルセロさんらしさに…。

「これだ!」と思うスタイルを見つけるのは簡単なことではありません。以前、ハーバード大学で建築を学ぶ学生にレクチャーをする機会がありました。建築以外のクリエイティブフィールドからゲストスピーカーを呼ぶという企画で「自分らしさを探す」というテーマで講義とディスカッションを行いました。若い人にとっては、自分に適した職業やスタイルを見つけることはとても難しいことだと感じます。例えば、建築家になりたいと分かっていても、そのなかにもいろいろなジャンルがあり、そこからさらに自分らしさを見つけていくことが必要になります。

―フォトグラファーにも同じことが言えますね。

その通りです。技術の優れたフォトグラファーはたくさんいますが、お金を払って観たい、買いたいと思う作品には、必ずその人らしさが宿っています。僕自身も自分のスタイルが見つからず焦っていた時期があります。いまでこそ分かりますが、スタイルを見つけるのは、とてつもなく時間のかかること。「この構図で良いのか?」「色味は合っているか?」「この被写体で良いのか?」そんな自問自答を根気よく続けることでしか答えは見つからないのです。

PATHÊMES

―『PATHÊMES』はそういった自答に対する答えだと感じます。

ある意味、集大成的な写真集と言えます。『PATHÊMES』というタイトルには、「目的を持たない」という意味があります。大好きな哲学者、ロラン・バルトの新語「patheme」からインスパイアされた造語で、「目的」を意味する「matheme」の対義語です。「テーマを決めて作ろう」とか、「意味のある本を作ろう」というような写真集を作る上で皆が掲げるようなゴールをあえて設定しない。そうしたスタンスで作ったからこそ、自由な発想でいままでに見たことのないような表現が生まれました。目的やルールにとらわれない写真の本当の美しさを追求した一冊になったと感じています。


▼写真集情報
タイトル

『Pathêmes』

出版年

2022年

価格

¥16,500

仕様

280ページ/1000部発行

URL

https://twelve-books.com/products/pathemes-by-marcelo-gomes

Marcelo Gomes|マルセロ・ゴメス
ブラジル出身、現在はパリを拠点に活動する写真家。アメリカのアイオワ大学にバスケットボールの奨学生として入学するため渡米。その後ニューヨークのIndex Magazineで働き、そこでマーク・ボスウィックに出会いアシスタントを勤めた。2008年に独立し、これまでにCHANEL、Comme des Garçons Parfums、Lemaire、Tiffany & Co.、Appleなどのブランドの撮影を手がける。Hassla Booksから2冊の本を出版しており、今年Self Titledから『Pathêmes』を刊行した。

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