2022年9月10日、ウィリアム・クラインの訃報が走った。写真のみならず映画やデザインの分野でも活躍したアーティストだ。IMA ONLINEでは数回にわたり、この偉大な写真家へ追悼記事を捧げる。1回目は親交もあった小宮山書店が、彼の名作を紹介。
撮影=竹澤航基
文=小宮山書店
ウィリアム・クラインの代表作、都市4部作
ウィリアム・クラインは、写真家、画家、グラフィック・デザイナー、映画製作者。彼の経歴を簡単にたどると、
1928年:ニューヨークで生まれ、1945年アメリカ軍に入隊しドイツ、フランスに駐在。
1948年:除隊後、パリのソルボンヌ大学で文学を修める。この頃、画家のフェルナン・レジェの元で絵画を学ぶ。
1951年:自身初となる絵画の個展をミラノとブリュッセルで開く。
1953年:写真制作に傾倒し、暗室での光とその軌跡によって描かれた実験的な『Abstraction』シリーズを制作。
1954年:ニューヨークに一時帰国し、路上で撮影を開始する。同時期、ヴォーグのアート・ディレクターであったアレクサンダー・リーバーマンと出会い、デザインの仕事から撮影を依頼され、ファッション写真家としてデビューする。
1956年:写真集『NEW YORK』を出版
1959年:写真集『ROME』を出版
1964年:写真集『MOSCOW』、『TOKYO』を出版
以降アトリエを構えたパリで映画製作に没頭する。
1978年:再び写真制作を始め、以降ニューヨーク近代美術館やポンピドゥーセンター、2012年にはテート・モダンでの森山大道二人展など活動を続ける。
2022年:9月、パリにて逝去。
多才なクラインですが、その魅力が最も端的に現れているのがファースト写真集『NEW YORK』から続く、『ROME』、『MOSCOW』、『TOKYO』の都市4部作と呼ばれる写真集です。
アレ・ブレ・ボケ、広角や望遠レンズの使用、過度な焼き込みや覆い焼き、大胆なトリミング、フェルナン・レジェの影響を思わせる輪郭の強さや色彩、レイアウトや装丁に見られるグラフィックの突出したセンスや斬新さは当時の写真界に革命をもたらしました。
また、クラインの都市4部作写真集で忘れてはならないのは写真集のタイトルに都市名のみが記される通り、その場所を記録しようとするまなざしの純粋さです。その圧倒的な内容と形式の完成度は、中平卓馬や森山大道など『PROVOKE』をつくった写真家を筆頭に、世界各国数多の写真家やアーティストに大きな影響を与えました。
生前、クラインご本人と何度かお会いする機会がありましたが、彼の印象は、まず驚くほど背が高く、いつもニコニコと笑っている少年のような紳士でした。晩年、車椅子で移動している時も、嬉しそうに女性のスナップを撮り続け、誰からも愛されるプレイボーイだったのだと思います。彼の残した偉大な写真の記録は、これからも多くの人々に影響を与え続けるでしょう。
NEW YORK
内容は、Album de famille(ファミリーアルバム)、Décor(装飾)、Parade(パレード)、Merry Christmas(メリー・クリスマス)、Inhale exhale(吐き出す)、Gun(銃)、Extase(恍惚)、?、A vital message(重要なメッセージ)、Dream(夢)、Paysage(風景)の11パートから構成されています。
ヨーロッパでの生活を経て、戻ってきた故郷ニューヨーク。人種のるつぼとして知られる巨大都市をアレ・ブレ・ボケ、極端な焼き込みや覆い焼き、豪放なトリミング、レイアウトや装丁の斬新なグラフィックデザインで見事にクラインらしく表現しています。
そのヴィジュアル・ランゲージの衝撃と説得力はいまでも衰えることを知りません。
ROME
Cittadini di Roma(ローマ市民)、La Strada(ストリート)、Citta eterna(永遠の都)、Ragazzi(少年)、Mondo cattolico(カトリックの世界)の5パートから構成されています。
前作の『NEW YORK』ほどアレ・ブレ・ボケを駆使していませんが、その分都市や人々の表情がストレートに伝わってきます。また、同時期に望遠レンズを使って撮影された交差点を歩く2人のモデルの写真はファッション写真の分野で以後多大な影響を残しました。
MOSCOW
モスクワ人、特権階級、宮殿と公園、街の4パートから構成されています。撮影は1959年。英、独、仏、伊、日本語の5つの言語で同時出版されています。印象的な表紙はウィリアム・クライン本人によるもの。
後年クラインが、「当時、私はモスクワの本をつくりたかったのですが、冷戦時代のアメリカ人として、何か問題が起こるのではないかと思っていました。しかし、それは間違いでした。人々は、カメラを持った人が自分たちの間を歩いているのを見るのに慣れていないのです」と述べている通り、被写体の表情や振る舞いは他国に比べてどこかぎこちないのが印象に残ります。
TOKYO
儀式、アルバム、生花の3パートから構成されています。1962年、日本に1ヶ月ほど滞在し撮影。こちらも英、独、仏、伊、日の5つの言語で出版されており、英、伊、日本語版の序文は日仏学院院長のモーリス・パンゲが、独、仏語版はアラン・ロブグリエが書いています。
グラビア印刷のエネルギッシュさが印象的な本書。『NEW YORK』に比べ判型も変わり、縦位置の写真が増えています。
暗黒舞踏で有名な土方巽や大野一雄、アクションペインティングの篠原有司男、東京オリオンズのロッカールーム、護国寺の大仏、結婚式や葬式、証券取引所、羽田空港のネオン看板など被写体の時代性が特徴的です。
クラインは『TOKYO』を出版した際に、「ふしぎなことに、ニューヨークのときも、ローマのときも、ぼくの本を気にくわなかったのは、ニューヨークやローマに住んでいる人たちでした。トウキョウの人たちはどう言うでしょうかね」とコメントを残しています。
現在では名著として名高い本書ですが、その余りにも生々しく鋭いまなざしはそれゆえに同時代を生きる人々を困惑させたことが窺えます。
都市4部作写真集はそれぞれ復刻版や新装版が出ていることからも時代を越えた魅力が詰まっていると言えます。1冊の写真集にその都市とアーティスト自身が表現された、類稀なる抽象力と視覚言語のセンスを、いま一度体感していただきたい連作です。
小宮山書店
1939年創立の神保町を代表する古書店。写真集、アート・ファッション誌のほか、ヴィンテージのフォトプリントやポスター、アート作品も販売。過去の秀逸な作品に光をあて新しい価値を見出すことで、日本のカルチャーを世界に発信し続けている。
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