IMA Vol.38の関連記事第三弾は、この秋、ほぼ同時期に美術館での個展がそれぞれ始まった川内倫子と野口里佳の対談を掲載する。個展で新作〈M/E〉を発表する川内と、《さかなとへび》《クジャク》を始めとする新作を発表する野口。近作を中心に構成した展覧会への取り組みから見えた、これからの写真のこととは? 年齢も近く、以前から親交のあった二人が、個展で発表する最新作や制作のエピソードについて語り合う。
インタヴュー・テキスト=IMA
―偶然にもお二人は同じタイミングで、東京で大きな展覧会を開催されます。まずは、それぞれの展示についてお話を伺えればと思います。
野口里佳(以下NR):私は美術館での個展がIZU PHOTO MUSEUM以来10年ぶりなので、基本はこの10年間の近作を中心に、新作を交えて展示する予定です。
―野口さんは東京都写真美術館での個展「不思議な力」で新作をいくつか出されますが、メインはどのシリーズなのでしょうか?
NR:メインはあるのかな? 《さかなとへび》ですかね。
川内倫子(以下RK):この写真すごいですよね。魚が跳ねてます。
NR:そう、魚は飛ぶんです。たまたまボラが飛ぶ姿を見てから、魚が飛ぶところを撮りたいなと思うようになって、ボラについていろいろ調べたら、淡水と海水が混じるところで飛ぶらしいと。それでボラが飛びそうな場所をGoogle Mapで調べたりして、ボラを探す日々が始まりました。でも、出会える確率がものすごく低いんです。釣りをしている人にもいろんな場所で話を聞きましたが、毎日釣りをしていても、ごくたまにしか見ないというし。
RK:よく撮れましたよね。しかも、手作りのカメラで撮っているんですよね。
NR:胃カメラを地上で撮れるように改造したカメラを使っています。少し望遠になっているんですよ。
—少し前に発表された《クマンバチ》も、胃カメラを改造したカメラで撮られているんですよね。
RN:そうですね。《クマンバチ》は胃カメラを使い始めた最初の作品です。2019年に石巻のリボーンアート・フェスティバルに呼ばれて、石巻の牡鹿半島で滞在制作したときの作品です。あと、《クジャク》も新作です。孔雀が飛ぶところを撮ろうと思って、沖縄の小さな島に通いました。以前から通っていたんですが、今年久しぶりに行ったらものすごく暑くって。暑すぎて孔雀が森から出てこなくて、藪の中にいるのを、追いかけ回したりしていました(笑)。
RK:生き物が飛んでるところだけを粘って撮るのが面白いです。しかもフィルムですよね。
NR:はい。孔雀は夕暮れに飛ぶことが多いので、フィルムではなかなか大変でした。ボラを撮るときも、どんどんレンズが長くなっていって、視野がどんどん狭くなるから、見えてないところで飛んでいたりするんです。「野口さん飛んでます!」 とかいわれながら、撮り逃したり(笑)。
RK:自分も鯨の跳ねるところを撮りたくて、昔フィルムの望遠で撮ろうとしたのですが、レンズの外で跳ねていたりして全然撮れなかったです。しかも跳ねるのは一瞬なので。
NR:奇跡みたいな瞬間を撮ろうとしているのでなかなか撮れないのは当たり前なんですが、何度も心が折れそうになりました。今日も結局、ボラは飛ばなかったなとか。コロナになってから、展覧会ではいままで考えていたこととは全然違うことをやったほうがいいのではと思ったりもしました。いろいろなアイデアが立ち上がって、でも最終的には一番最初に考えていたところに落ち着いた感じです。
—川内さんの個展「M/E 球体の上 無限の連なり」では、新作〈M/E〉を中心に構成されていますね。
RK:2019年に、アイスランドに久しぶりに行きました。娘が2歳になり、海外に連れて行けるかもしれないと思ったときに、遠い場所へ行きたくなったんです。日常的な場所から離れて、自分がこの星の上に立っている感覚を取り戻したくて。もう少し追加で撮影するつもりだったのですが、パンデミックで再訪できなかったので、冬の北海道に行って追加の撮影をしました。あとは自宅周辺を撮影したもので構成しています。昔から、振れ幅が広いほうが好きなのもあって、全然違うモチーフをつなげていく作業をしたくなるんです。アイスランドの旧火山の内部に入っていく体験は、自分にとって大きな収穫でした。マグマがあったところが、いまは空洞になっていて入ることができるんです。
NR:すごく面白そうですね。
RK:見上げたときに入り口の穴が女性器の形に似ていて、自分が地球の内部、地球の子宮の中にいるような感覚になりました。その包まれる感覚が面白かったので、展示会場では建築家の中山英之さんにテントのような構造物を作ってもらいました。自分が味わったことを空間で共有できたらいいなと。テントのような構造物の中には、アクリルキューブやライトボックスを置き、作品を見下ろすようにしました。テントの外にはあえて大きなプリントを置いているので、外に出たときには逆に作品に囲まれて、それぞれ異なる体験ができるようになっています。
—最新作では、お二人とも自然や生き物をテーマにされていますよね。
RK:年齢が近いこともあり、デビューされたときから勝手にシンパシーのようなものを感じていましたが、今回の展示でも、お互い近いモチーフがあるような気がします。ただ、作品を作るアプローチの仕方は違っていて、そこが面白いですね。
NR:私は、今回川内さんがやろうとしていることを見て、完全に逆だなと思いました。川内さんは、小さな日常から、どんどん大きなところへ向かっていっている。私は、どんどん狭いところに入っていこうとしている。虫を撮り始めたのも、虫に興味があったというよりもとにかく虫が苦手で、でもある日ふと「虫から逃げるのではなく、向かい合おう」と思って写真を撮り始めたんです。だから、川内さんが素晴らしいものとして大きな自然を撮られているのと、私が見つけている虫みたいなものは、同じ自然でも全然違うのではないかと思っています。
RK:自分も、自然を賛美するために撮っているわけではありません。大自然では、自分が一人で立っている感覚を味わいやすいんです。一人で取り残されたら危険な環境に身を置くことで、自分の生を実感したい部分もあります。そういう意味では、いま自分がそこで何を思っているのかを照らしてくれる鏡のようなものですね。だから、そのときのコンディションで選ぶモチーフが変わってくるんです。
NR:私は、自分が自然に向かっているという意識はあまりなかったです。孔雀を撮ったり魚を撮ったりしてますが、それらを自然だと思ったことはなかった。でも、沖縄の山に入って撮影している映像もありますし、沖縄はジャングルみたいなところもあるので、無意識的に自然とは近くなっているのかもしれませんね。
野口里佳《虫・木の葉・鳥の声》 Insects / Leaves / Songs of Birds, 2020
RK:最近、豪雨が多かったりと、自然現象がおかしいですよね。解けていくアイスランドの氷河と、自分が暮らしているところとが地続きである実感は、現場に行かないと得られないので。普段の自分の場所とは離れた場所に身を置くことで、そのことが見えてくる。そういった意味で、今回は自然の方に意識が向いたのかなと思っています。
NR:川内さんはひとつのシリーズの始まりと終わりをどのように決めているんですか? 例えば私は新しいシリーズを撮っているときにも、実はこれは前の前のシリーズの一枚なんじゃないかな、とか思ったりすることがあります。
RK:基本的に「次はこれを始めよう」と思って始めることはあまりないですね。興味のあるものをまずリサーチして撮り始めます。何回か撮影に行くうちに、違う被写体が気になったりして。同時に気になっているなら一緒にまとめてもいいんじゃないかとか思って、試しに構成してみたりします。最終的には展覧会をしたり、写真集を作ったりしてまとめると一旦終わって、次に興味のあることが出てきます。野口さんはどうですか?
NR:私は常に次に行こうとして、全部の扉を開けっぱなしにしてここまできている感じです。きちんと終わらせていないというか。どちらかというと短編が好きなんですよね。この数年はどこまで狭いところにいけるか、という感じでした。でも次は大きな物語に向かってみたいなって。そろそろ終わらせたら? と周りが思うくらいに、終わらない長い作品を作ってみたいと思っています。
RK:私も〈あめつち〉という作品はできるだけ長く作りたいとう気持ちがありました。野焼きを撮るために、阿蘇に5年間通っていたので、撮り終えてしまうとルーティンがひとつなくなる寂しさがあって。でも、次に行かないと気持ち悪いなと思うようになって、ようやく手を離れました。写真集を作ったことは大きいですね。
NR:川内さんは、まとめたら次に行く感じなんですね。
RK:頭の中が、それで整頓されてしまうんだと思います。
NR:整理する良さと、整理しない良さがありますよね。ぐちゃぐちゃだったときの豊かさみたいなものって、あると思います。
川内倫子《無題》(シリーズ〈あめつち〉より)2012
RK:それは素敵な表現ですね。野口さんは、作品を作るのをやめようと思ったことはありますか?
NR:私は作品を作るには出会いがすごく重要なので、新たな人や場所と出会いにくい、自粛生活はやはりつらかったです。でも、作るのをやめようとは思ったことはないですね。大変だなと思うことは多々ありますけど、作ったときの喜びを知っているからまた作りたくなって、そういうことの繰り返しです。だから、いまは逆にすごく元気。
RK:野口さんにとって作品を作るモチベーションは何ですか?
NR:使命感ですかね。やらなくてはいけないことがまだあるな、と。勝手に使命感を持っています。
RK:それは写真を始めた当初からですか?
NR:たぶん、最初から。自分自身がどうっていうよりも、「この作品は素晴らしいから、頑張らなくては!」みたいな気持ちがありました。幸運だったと思うのは、私の場合は、写真のほかに人よりも出来ると思えることが本当になかったんです。だから、「写真には、私にしか撮れないものがある。この道を行かなくては」って完全に思い込みました。川内さんは、写真をやめたいと思ったことはありますか?
RK:ないですね。でも1回か2回くらい「疲れたな」っていうときがありました。そういうときは休むし、必死にならないようにしましたね。子どもを産んだときは、 人生で最大のインパクトだったので、「次の作品が作れるかなあ」とは思いましたけど。
—お二人とも、お子さんが生まれて制作に変化はありましたか?
NR:私は変なところで細かくて、それを自分にも人にも要求してしまうところがあって。でも子どもは全然思い通りにはいかないので、すごく緩くなりました。人に対してはそれはいいことだったと思うんですが、ただ、それが自分の作品にとっていいことなのかはわからない。細かく追求することでたどり着けるところもきっとあると思うので。
RK:最近、同じように思うことがありました。展示のたびに映像を継ぎ足している《Illuminance》という映像作品があるんですが、今回その編集を7年ぶりくらいにやっていて。昔の映像がすごく下手で、やり直したいなと思ったりしました。そのときにしかできない編集は残したほうがいいとも思うのですが、いまの自分だったらやらないし。どこまでそのエッセンスや全体のトーンを残しつつ、いまの自分にアップデートするかに取り組んでいると、全然進まなくて。
NR:私も、初期の作品は、やっぱり触ってはいけないなって思います。いまの自分にとってはすごく嫌だけど、もう自分のものであって、自分のものではない。そのときの自分を尊重しないといけないなと。
RK:そうですよね。この前も『うたたね』という2001年に出版した写真集の重版で印刷立ち合いに行ったんですけど、いまだったらこんな色にはしないけど、でもなるべく初版に忠実にやりました。作品は独立したものですからね。同時に、映像作品はひと続きにつながっているものだから、トーンは揃えたくて。「手を入れるのはここまでにしよう」とか、自分でなだめながらやっています。
—先の見えない状況が続いている中で、今回の展示はそれぞれに未来への希望を示し、日常の思考を転換してくれるような内容だと感じました。展示を通して伝えたいことなどがあれば教えてください。
RK:この約10年で、震災やパンデミックなど、生きている間に何度も起きないようなことが起こっています。今回の新作の制作を通して、地球に住んでいることをシンプルに実感したので、それを共有したいです。結局みんなひとつの星に住んでいる。そんな大きな目で見たら、小さな争いごとは些細に思えますよね。そういう目線で一度自分の日常を振り返ることができれば、争いは減っていくんじゃないか。そんな希望を持って展示を作りました。
あと、子どもの虐待や事故のニュースなどを見ると、未来を創っていく子どもたちのことがおざなりになっていると感じるので、そういった問題も再認識できたらと思います。そんなふうに思いながら作品を作っていますが、押し付けたくはないので、最終的に見た人が普段の生活では考えないことに出会えたり、心が小さく動いたらいいなとは思います。
NR:私は、いま置かれている状況や世界で起こっていることと絡めて上手にはいえませんが、やっぱりいま生きている世界の豊かさみたいなものを伝えたいと思っています。いろんなところへ行けなくなったことで、逆に想像力を使うチャンスじゃないかと。移動せずにどこまで遠くへ行けるかを、ずっと考えていました。実は自分の家の近くで魚が飛んでいるんだよ、とか。実は自分の周りにはたくさんの面白い出来事があるということを、作品を通して表現していきたいと思います。そして結局はそれが私のできる平和活動だと信じています。
川内倫子 |Rinko Kawauchi
1972年、滋賀県生まれ。2002年『うたたね』『花火』の2冊で第27回木村伊兵衛写真賞を受賞。国内での主な個展は「照度 あめつち 影を見る」(東京都写真美術館、2012年)、「川が私を受け入れてくれた」(熊本市現代美術館、2016年)ほか多数。近刊に写真集『Des oiseaux』『Illuminance: The Tenth Anniversary Edition』『やまなみ』『橙が実るまで』(田尻久子との共著)などがある。
野口里佳|Noguchi Rika
1971年、埼玉県生まれ。沖縄県在住。2002年、第52回芸術選奨文部科学大臣新人賞(美術部門)を受賞。国内での主な個展は「予感」(丸亀市猪熊弦一郎現代美術館、2001年)、「飛ぶ夢を見た」(原美術館、2004年)、「光は未来に届く」(IZU PHOTO MUSEUM、2011〜2012年)など。作品は東京国立近代美術館、国立国際美術館、グッゲンハイム美術館、ポンピドゥ・センターなどに収蔵されている。
タイトル | 「川内倫子:M/E 球体の上 無限の連なり」 |
---|---|
会期 | 2022年10月8日(土)~12月18日(日) |
会場 | 東京オペラシティ アートギャラリー(東京都) |
時間 | 11:00~19:00(最終入場は閉館30分前まで) |
休館日 | 月曜(祝日の場合は翌平日) |
料金 | 【一般】1,200円【大・高生】800円【中学生以下】無料*障害者手帳をお持ちの方および付添1名は無料/割引の併用および入場料の払い戻しは不可 |
URL | |
▼巡回情報 | |
会期 | 2023年1月21日(土)〜3月26日(日) |
会場 | 滋賀県立美術館 |
タイトル | 「不思議な力」 |
---|---|
会期 | 2022年10月7日(金)〜2023年1月22日(日) |
会場 | 東京都写真美術館 2階展示室(東京都) |
時間 | 10:00〜18:00(木金曜は20:00まで/入館は閉館の30分前まで) |
休館日 | 月曜(月曜が祝休日の場合は開館、翌平日休館)、年末年始 (2022年12月29日〜2023年1月1日、 1月4日) |
料金 | 【一般】700円【学生】560円【中高生・65歳以上】350円 |
URL |