『Astres Noirs』の企画、編集、出版を手掛けたパリのChose Communeのセシル・パンブフ・コイズミとヴァサンタ・ヨガナンタンは、Instagramで二人のフォトグラファーをフォローしていた。自分たちが気に入った彼らの作品に相通じるものを感じ、一冊の本にしたいと、Dropboxのアカウントひとつ分の写真を提供してもらうことを依頼した。
この本のフォトグラファーであるコーニングとプロティックは、スマホで写真を撮り続けてきた(おそらくカラーで撮ってから色を除去したものと思われる)。コーニングはオーストラリア、 プロティックはバングラデシュを拠点としている。彼らの写真の多くは、水たまりや馬、鳥などありふれたものを題材にしている。柔らかい光の塊、浮遊する体、飛行機の窓の向こうの光の破片、強い光で白くぼやけて判別できなくなっている顔など、中にはもっとミステリアスで、深い意味を持っていそうなものもある。
写真を撮るためには、撮影者が実際にどこかで何らかの機械を使う必要があることから、写真は表現芸術と定義されるが、私が素晴らしいと思うのはいつも、撮影者自身について全てを語らないような写真だ。写真が内包するこの不確かさは、この本の場合にも当てはまる。しかし、「写真」は元来「描写する」という意味を持つがゆえに、例えその内容が明確であってもそうでなくても、内容を語ることは取るに足らないことだといえよう。むしろ重要なのは、どうやって写真を私達のもとに届けようとしているのか、つまり作品がどのように構築されているのかということである。
この本自体は、標準的な6×9インチサイズで、黒い紙を使用している。各ページはふたつ折りになっていて、折り目はページ上部に配置され、綴じ目は本の中心になっており、ページの外側と下部は開いたままになっている。こうすることで各ページの厚みは二倍になるが、重要なのは二枚の紙の間に隠された空間が存在し、そっとめくれば見ることができるということである。この半分隠れたページの使い方が秀逸で、所々に写真が印刷されている。ふたつ折りのページを開けてみると、過渡的なイメージがちらりと見えることもあり、それが一種の和音を生み出している。
次のページへ
他に類を見ない“光”の表現を可能にした印刷
2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。