1950年代から銀幕のスターとして日本にもファンの多いハリウッドの名優、ユル・ブリンナーが撮影した写真展「Yul Brynner’s Photography: An Extraordinary Vision」が、ライカギャラリー東京、ライカギャラリー京都、ライカプロフェッショナルストア東京にて開催されている。映画『王様と私』『十戎』『追想』などの撮影現場や、エリザベス・テイラー、オードリー・ヘプバーン、フランク・シナトラ、イングリッド・バーグマン、ソフィア・ローレン、チャーリー・チャップリンなど当時のスターである友人たちをプライベートで撮影した貴重なショットは、写真というメディア表現にユル・ブリンナーが早くから未来を感じていたのを知ることができる。彼の娘であり、本展のクリエイティブ・ディレクターであるヴィクトリア・ブリンナーに話を聞いた。
撮影=AKANE
取材・文=野田達哉
―この展覧会を日本で行う経緯を教えていただけますか?
今回、*オークションで父(ユル・ブリンナー)が愛用していたライカのカメラを2台出品したのですが、そのカメラで彼がどんな写真を撮っていたのか知ってもらおうと思ったのがきっかけです。
*「43rd LEITZ PHOTOGRAPHICA AUCTION(第43回ライツ・フォトグラフィカ・オークション)」:世界最大の写真関連用品専門オークション。毎年2回オーストリア・ウィーンもしくはドイツ・ウェッツラーで開催され、今年は11月24、25日に行われる。ユル・ブリンナー氏が所有していた「Leica MP black paint」が2台出品され、11月1日のライカプロフェッショナルストア東京における内覧会で披露された。
―ユル・ブリンナーさんはほかにもライカのカメラをコレクションされていたのですか?
たくさん持っていたようです。ただ、私が譲り受けたのはこの2台だけでした。今回でお別れになるので少しさびしい気持ちです。
―今回の展示写真は初公開となる作品ですか?
日本では初公開となります。以前、 (ユル・ブリンナーの)没後25周年にカール・ラガーフェルドとドイツの出版社シュタイデルから父の撮影した作品を中心とする写真集『YUL BRYNNER: A PHOTOGRAPHIC JOURNEY』を2010年に出版したのですが、その時にオーストリアのウィーンで初公開しました。
父が1950年初頭から撮った写真のネガ、スライドは約1万2000点に及び、30年前から私が管理しています。今回の写真展で展示されている作品はすべてニュープリントで、ヴィンテージプリントはウィーンで開催されるオークションに出品されます。
―展示ではプライベートで撮ったモノクロームのプリントと、『王様と私』『十戎』『追想』など映画の撮影セットで撮影されたカラープリントで構成されていますが、それはヴィクトリアさんの意向ですか?
プライベートと映画のセットというよりモノクロームとカラーという構成です。一時期、父はコダクロームフィルムで撮影していた期間があり、3〜4作品の撮影現場で撮っていました。それが一つのまとまりになっています。どちらも特別なセッティングをして撮影したのではなく、ほとんどはスナップショットです。
―ヴィクトリアさんから見てユル・ブリンナーさんの写真の特徴はどんなところだと思われますか?
瞬間を切り取る力、カジュアルな世界観、被写体との親密さですね。
―エリザベス・テイラー、オードリー・ヘプバーン、フランク・シナトラ、イングリッド・バーグマン、ソフィア・ローレン、チャーリー・チャップリンなど当時の映画スターのプライベートなショットは初めて見る写真ばかりでした。そのクオリティーにも驚きましたが、個人的には窓越しに撮られた雨の風景写真に心が奪われました。
View from window, Vienna, Austria, 1958 © Yul Brynner
これはウィーンで撮られた写真です。偶然か間違いで撮影できたような一枚ですが、本人も気に入ってピックアップしていました。絵画のような一枚ですよね。
父の写真はライカを使っていた共通点もあって、アンリ・カルティエ=ブレッソンやアンドレ・ケルテスの影響が見られます。写真集も家にありました。インゲ・モラスやエルンスト・ハースなどとも仲が良かったようです。
―ヴィクトリアさんが個人的に好きな写真はどれですか?
Audrey Hepburn, Venice, 1965 © Yul Brynner
オードリー・ヘプバーンがヴェネチアのゴンドラに乗っている写真が好きですね。アーカイブを探していて偶然見つけたのですが、ネガに前後のシーンがなく、このカット一枚だけあったのでどのようにして撮られたのか全くわからないのですが、素敵な一枚です。若い人たちが見ても古さを感じず、モダンに感じるのではないかと思います。
―ここに写っているスターたちをヴィクトリアさんもよく覚えていらっしゃるのですか?
よく覚えています。オードリーは母のような存在でした。エリザベス・テイラーは私の名付け親でビッグマザーです。
―ヴィクトリアさんを撮ったこの写真はご自宅ですか?
Victoria and a friend, Chanivaz, Switzerland, 1967 © Yul Brynner
そうです。スイスのシャニヴァの自宅の庭です。両親が早くに離婚したため父と一緒に暮らしたのは僅かな間でしたのであまり覚えていませんが、この広い家には両親の多くの友達が集まってきました。
母と父はパリのパーティーで出会ったようですが、どちらかといえば母のほうが社交的でした。父はヨットや水上スキー以上に写真を趣味にしていることはよく知っていました。私が写真を学ぶためにパリに行ったのは父の影響が大きいです。
―その話を詳しく教えていただけますか?
子供の頃に私が撮った写真を見て、父が「写真の才能があるのではないか」と言ってくれた記憶が、写真を勉強するためにパリの学校に進学したことに大きく影響しています。
―お父さんは最初のカメラにライカをプレゼントしてくれたのですか?
いいえ(笑)。15歳の頃に父が最初に買ってくれたのはニコンでした。それから随分後にこのライカをプレゼントしてくれました。
私はフォトグラファーを目指していましたが、あまり写真の才能はなかったと思います。生きるために仕事としてフォトグラファーやモデルを一時期やっていましたが、一人で作品を生み出していくより、人と会話をするなかで何かを生み出していくことのほうが向いていると思っていました。パリからLAに拠点を移したのもそのためです。ハリウッドはビジネスとクリエイティブのバランスが自分の中で非常にマッチすると思ったのです。
―ヴィクトリアさんがフォトグラファー、セレブリティとラグジュアリーブランドをつなぐプロダクションを始められた90年代というのは、まだフォトグラファーのプロダクションというビジネスはあまり馴染みがなかったのではないでしょうか?
その通りですね。ファッションブランドとフォトグラファーをキャスティングするというのは私が切り開いたビジネスかもしれません。ファッションと建築が好きだったので楽しい仕事でした。
アニー・リーボヴィッツとは最初の10年間仕事を共にし、その他スティーヴン・マイゼル、マリオ・テスティーノ、ピーター・リンドバーグ、マリオ・ソレンティなど仕事をしたフォトグラファーは枚挙にいとまがありません。
―いまでも若いフォトグラファーのキュレーションは行っているのですか?
いまはラグジュアリーブランドやファッションのコンサルティングの仕事が中心で、ジョニー・デップなどセレブリティとラグジュアリーブランドを結ぶ“キャスティング”が中心です。 自分ではプライベートでライカの小型デジタルカメラを使っていますが、いまでは写真は趣味で撮る程度です。
―ヴィクトリアさんは日本のCMにも出演されたことがあるとか?
本当におかしな話ですが、80年代にフォトグラファーとモデルをやっていた頃、タレントのマネージャーとしてパリに来ていた日本人女性に撮影の仕事でお会いしたとき、「日本でモデルをやりたい」と冗談で言ったら、本当に日本のTVCMの撮影が実現しました。それが初めての来日でした。
日本とは縁があって、今回担当いただいた紹介されたメイクアップアーティストの女性とは彼女がロンドンのエージェントと契約している20年前に、LAでメイクをしてもらったことがあって「どこかで会ったことあるわよね?」とお互い驚きました。世界は狭いですね。
▼東京 | |
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タイトル | 「Yul Brynner’s Photography: An Extraordinary Vision」 |
会期 | 2023年11月2日(木)~2024年3月3日(日)*ライカプロフェッショナルストア東京は1月13日(土)まで |
会場 | ライカギャラリー東京 (ライカ銀座店2F) |
定休日 | 月曜(ライカプロフェッショナルストア東京は日月曜) |
URL | https://store.leica-camera.jp/event/gallery_tokyo_yul-brynner |
▼京都 | 「Yul Brynner’s Photography: An Extraordinary Vision」 |
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会期 | 2023年11月3日(金)~2024年3月3日(日) |
会場 | ライカギャラリー京都(ライカ京都店2F) |
休廊日 | 月曜 |
URL | https://store.leica-camera.jp/event/gallery_tokyo_yul-brynner |