22 November 2023

大御所女性写真家が旋風を起こす
パリの写真月間|フランス通信 vol.3

AREA

フランス

22 November 2023

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大御所女性写真家が旋風を起こすパリの写真月間|フランス通信 vol.3 | 大御所女性写真家が旋風を起こすパリの写真月間|フランス通信 vol.3

photo © Quentin Chevrier

11月は写真月間とも称され、パリフォトを中心に数々のイベントが目白押しのフランス。女性作家たちをプッシュする展示も開催されており、その中でも際立っているのが大御所作家の、ヴィヴィアン・サッセン、ソフィ・カル、川内倫子の展示だ。20年以上のキャリアを持つ彼女たちがパンデミック後にパリに舞い戻り、どのようなヴィジョンで制作し、発表しているのかをレポートする。

文=糟谷恭子

1. 30年の軌跡をたどる200点以上の作品が展示。ヴィヴィアン・サッセンの初回顧展

ヨーロッパ写真美術館(MEP)では本年度のプログラムとして、女性作家にフォーカスを当てている。現在、ファッションフォトで活躍しながら、自らのスタイルを確立し、アート写真としても高く評価されているヴィヴィアン・サッセンの初回顧展が開催されている。

photo © Quentin Chevrier

photo © Quentin Chevrier

MEPの2つのメインフロアを埋め尽くすこの展覧会は、「Umbra」「Lexicon」「Flamboya」「Roxane」といったサッセンの代表作から学生時代に制作したセルフポートレイトシリーズ、さらには絵画、コラージュ、ビデオ、ファッションエディトリアルなど、未発表作を含めたミクストメディア作品が初めて一堂に会した。本展のために新たに制作されたインスタレーションと共に、過去30年をさかのぼる10シリーズから200点以上の作品が展示されている。

この展覧会では、サッセンの作品に見えるインティマシー(親密性)の重要性と、新しい写真形式の絶え間ない探求という2つのテーマに焦点に当てている。1992年にオランダのユトレヒト芸術大学とアーネム王立芸術アカデミーでファッションデザインと写真を学んだ後、彼女はアーティストとして、またファッションフォトグラファーとして写真に専念した。この二重の軌跡と、幼少期にアフリカで育った経験が強く影響し、これまでの写真家には見られなかったような、色彩と陰影のバランス感覚に富んだ多様なビジュアル作品を生み出した。

photo © Quentin Chevrier

photo © Quentin Chevrier

photo © Quentin Chevrier

photo © Quentin Chevrier

photo © Quentin Chevrier

photo © Quentin Chevrier

photo © Quentin Chevrier

サッセンにとって死やセクシュアリティ、欲望、他者とのつながりは、すべての作品を構成するテーマである。飽和するほど眩い色彩、光と影のグラフィックな相互作用、特異な身体性のとらえ方など、サッセンの写真スタイルは、ファッション界のみならずアート業界でも広く評価され、国際的に認知されるようになった。またMEPと出版社のEditions Prestelはこの展覧会を機に、リサーチ、ファッション、アートの各界から500点以上の作品を集めた作品集『PHOSPHOR』を出版。ブックデザインはオランダのグラフィック・アーティスト、イルマ・ブームが手がけた。進化し続けるヴィヴィアン・サッセンの現在地をまとめた、盛りだくさんの展覧会と作品集となっている。

タイトル

「Viviane Sassen – PHOSPHOR: Art & Fashion 1990-2023」

会期

2023年10月18日(水)〜2024年2月11日(日)

会場

ヨーロッパ写真美術館(MEP)

URL

https://www.mep-fr.org/en/event/viviane-sassen-2/


2. ソフィ・カルのまなざしを通して感じる、ピカソの人生

2023年はパブロ・ピカソ没後50周年。フランスのアーティスト、ソフィ・カルは、この周年を自らが考案した方法で祝うことにした。このコラボレーションを持ちかけられたとき、彼女は「ピカソ不在」の展覧会を行うことをひらめいたという。

本展は美術館の全フロア1階から4階を4セクションに分け、ピカソの最も象徴的な作品セレクションを、カル特有のオフビートな視点で取り上げ、解釈した内容だ。「盲目」や「死」といったカルがいままで扱ってきたテーマを中心に、回顧的な性質をも帯びる展覧会に仕上がった。

© Sophie Calle/ ADAGP, Paris 2023

© Sophie Calle/ ADAGP, Paris 2023

© Sophie Calle/ ADAGP, Paris 2023

© Sophie Calle/ ADAGP, Paris 2023

© Sophie Calle/ ADAGP, Paris 2023

1階はピカソとの出会いがテーマである。カルは2019年にこの展覧会の依頼を受け、制作を開始。2回目のピカソ美術館訪問の際にはフランスはロックダウンの最中であり、美術館所有作品には全てプロテクションカバーが掛けられ、誰もいない館内でピカソの作品と対峙した。その対話の中で生まれたのが「ロックダウン中のピカソたち」という作品である。見学者は誰一人おらず、ピカソ作品は保護され、包まれ、隠されていた。その下には、幽霊のような、威圧感のない存在があり、カルはその特異な風景を気に入り写真に収めたのだ。

Les aveugles. Le vert | The Blind. Green 1986 ©Sophie Calle/ ADAGP, Paris 2023 Courtesy of the artist and Perrotin
「Les Aveugles」(盲目の人)」私は生まれつき目が見えない人に会った。見たことのない人たちだ。私は彼らに美のイメージを尋ねた。

Détail de la série Voir la mer 2011 ©Sophie Calle/ ADAGP, Paris 2023 Courtesy of the artist and Perrotin
「VOIR LA MER (海を見る)」海に囲まれた都市イスタンブールで、私は海を見たことのない人々に出会った。私は彼らの初体験を撮影した。

2階、3階と上階に上がるにつれて、カルの色が濃くなっていく。ピカソがアヴィニョンで、半盲の画家が妻から聞いた言葉だけでアヴィニョン教皇庁を描いているのを見た、というコクトーが語った逸話で始まる。ピカソがいつか視力を失うことを恐れていたことを受け、カルは閉ざされた視線を含む「Les Aveugles」(盲目の人)」や「VOIR LA MER (海を見る)」など、代表作ともいえる「視線」をテーマにした作品を集めた。

© Sophie Calle/ ADAGP, Paris 2023

© Sophie Calle/ ADAGP, Paris 2023

3階では、フランスの有名なオークションハウス、ドルーオに展示されているかのように、500点を超えるカルの集めたコレクション(デッサン、絵画、写真、オブジェ、珍品、貴重書、食器、家具など)が壮大なスケールで紹介されている。そこには両親の死と将来やってくる、避けることのできない自分自身の死について、消失をテーマとした一連の作品が並ぶ。

最終フロアとなる4階は、カルのプロジェクトを概観できる。完成した61のプロジェクトの目録と、ピカソの残した言葉「未完成のカタログ・レゾネ」からインスピレーションを得た自身の未完成のプロジェクトも紹介。制作中の出来事、スケッチや試み、保留中の作品などが浮かび上がる。展覧会の最後には、カルが自らのオフィスを構え、訪問者に感想や質問などを書いたらドアの下に差し込んでくださいというメッセージが添えられている。

タイトル

「À toi de faire, ma mignonne (君次第だよ、かわいい子)」

会期

~2024年1月7日(日)

会場

ピカソ美術館

URL

https://www.museepicassoparis.fr/fr/toi-de-faire-ma-mignonne


3. ミクロな視点とマクロな視点が交差する、待望の川内倫子の大規模個展

2020年に創設されたパリの写真に特化した団体PhotoDaysは、ソザーニ財団が所有するパリ18区にある特別なスペースでの展示のため、日本から川内倫子を招いた。川内はフランス国内では2005年にカルティエ財団で開催された個展以来、ギャラリーでの展覧会を除き大規模な展示はなかったため、多くの観衆が待望する展示となった。今回は、最新の〈An interlinking〉と〈M/E〉を発表する。この2作は日本国外で初めての発表となり、パリフォト期間中に展覧会が開始されることもあって非常に注目が集まっている。

川内はソザーニ財団のスペースに合わせるために、今年3月からサイトスペシフィックなインスタレーションを構築し始めたとのこと。元印刷工場である建物は10メートル以上ある高い天井と、ホワイトキューブではない壁をどのように活かすかということを念頭に置き、キュレーターのエマニュエル・ドゥ・レコテと何度もメールでやり取りをしながら展示プランを練り上げた。

Photos © Rinko Kawauchi

Photos © Rinko Kawauchi

Photos © Rinko Kawauchi

会場を入ると、まず半透明の布生地に〈M/E〉シリーズをプリントした大判の写真が観客を迎える。2019年に制作が始まったこのシリーズから、川内は19枚の作品を選んだ。来場者は等身大のイメージと対面することで、川内特有の繊細で優しく包まれるような作家の眼差しを直接感じることができる。鑑賞しながら奥に進むと〈An interlinking〉のシリーズにたどり着く。6つのイメージを1メートル角の銀塩プリントで制作し、初期の作品〈うたたね〉から続く川内のブレないスタイルを目の当たりにする。

Photos © Rinko Kawauchi

Photos © Rinko Kawauchi

Photos © Rinko Kawauchi

そして更に進むと、映像作品の〈M/E〉が待ち構える。2画面構成の映像は、川内が意図してマッチングしたイメージが並ぶように編集されている。私たちを育む、豊かで時に恐ろしさをも感じさせる自然(Mother / Earth)を大きく切り取ったマクロな視点。そして自分(ME)の身近に存在する生き物や、更に近い距離に見える小さなものを写したミクロな視点が、交互に行き来する。

2016年に出産を経て、3年間子育てに専念した後の2019年、母としてではなくひとりの人間として、さらには作家として、自分の立ち位置を再確認するためにアイスランドに旅立った川内。その後のコロナ禍によって移動が不可能になった2020年は、自宅の周りで制作の続きを行なった。川内はパンデミックを通して、皆同じような状況に置かれ同じように物事を感じ、同じ星の上に住んでいることを強く感じたという。また日本と遠く離れたアイスランドの風景は、自宅周辺で切り取ったイメージと一緒に並べても違和感のないことに気がつき、すべてがどこかで繋がっていることを実感したと話す。

川内は、2021年の冬には、数回北海道に足を運んだ。極度の寒さは、自身の身体のもろさや傷つきやすさを思い起こさせたそうだ。宇宙のすべての構成要素を結びつけているつながりに想いを馳せながら、日々の時間の経過によって私たちの体に生じる微細な変化と、地球規模の氷冠の融解を並べて描いている。このゆっくりとした死への道と、温暖化によって少しずつ溶けていく氷河は表裏一体だ。肉眼を超えて感じることができるこのつながりは、何千年前から人間が抱く自然に対しての恩恵や畏怖の気持ち、そして自分が「いま」生きているという感覚を、強く呼び起こしているとも言えるだろう。

川内は本展のほか、パリのPriska Pasquerギャラリーで11月9日(木)から12月2日(土)まで個展を開催中。フランスで初の発表となる〈あめつち〉を展示することもあり、多くのファンが足を運んでいる。

タイトル

「M/E」

会期

2023年11月7日(火)〜11月28日(火)

会場

Fondazione Sozzani

URL

https://photodays.paris/Fondazione-Sozzani-Rinko-Kawauchi

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