東日本大震災以降、いくつもの被災地を訪れてきたアーティストで詩人の瀬尾夏美が綴った言葉と、写真家のトヤマタクロウが”フラット”な視点でとらえた東北の風景が互いに作用し合うように構成された『New Habitations: from North to East 11 years after 3.11』。昨年の秋から今年の春にかけて、本書のために編集の柴原聡子、アートディレクターの米山菜津子、そして瀬尾とトヤマは、たびたび東北の沿岸部に足を運び、震災から11年目を迎えるその土地の声に耳を傾けてきた。震災、津波、復興——そのどれもが起こる前から連綿と刻まれる歴史やそこに住む人々の記憶。それらを写真詩集として丁寧に紡いだのが本作だ。今回初めて東北沿岸部に足を運んだ米山とトヤマは、どのような想いで本作に取り組んだのだろうか。ふたりの対談を通してひもといていく。
文=安齋瑠納
写真=高橋直也
震災後11年目の東北を改めて巡る
—「Scenes of New Habitations 住むの風景(以下、住むの風景)」というウェブサイトから始まった本企画ですが、米山さんとトヤマさんがプロジェクトに参加したきっかけは何でしたか?
米山菜津子(以下、米山):「住むの風景」は、気候変動や社会的な状況が変わる中で住む場所を考え直すというテーマのもと発足したプロジェクトです。私は「住むの風景」のウェブサイトのアートディレクションを担当していたこともあり、サイトの企画・構成を担当する柴原さんとは以前からやりとりがありました。そのサイトの立ち上がりから瀬尾さんも柴原さんと積極的に関わられていて、最初は柴原さんと瀬尾さんで東北の沿岸部へリサーチに行っていました。瀬尾さんは震災後に拠点をまず岩手県の陸前高田に移し、3年ほど住んだ後、仙台で6年ほど活動されていましたが、岩手県北部などには頻繁に足を運んでいた訳ではなかったとのことで、まずは行ってみようという話になったそうです。それが2022年の年明けくらい。ほとんどの被災地に住宅が建ち、インフラも整い、震災から10年に合わせる形で復興工事が完了したような状況だったそうです。当初はどこも同じような状況なのではという想定だったようですが、実際に二人が行ってみるとユニークというか不思議な風景が多く、それらを撮影した写真を並べると地域ごとの違いがわかるのではないかという話が生まれたのです。そこで、写真集の形にするのがいいのかなとなり、柴原さんから私に相談がありました。10年という節目が過ぎ、マスメディアの関心も一気に減少するタイミングだったので、あえてこの中途半端な時期、11年目に本を出すのはよい試みではないかと。そういう流れで、私が運営しているYYY PRESSからの出版に向けて動き出しました。
—震災で被害を受けた東北の写真は、これまでもたびたび目にしてきましたが、この本ではそういった写真とは全く異なるアプローチがされていると感じました。
米山:現在の沿岸部の暮らしを、報道写真でも現代アート的なものでもなく、なるべくフラットに見られる本にしたいという想いを柴原さんから聴いた中で、トヤマさんに撮ってもらうのが良いのではないかと提案しました。トヤマさんが日常的に近所で撮影し、SNSにアップする写真には、共通して匿名性があると感じていたんです。見たことがあるような風景やモチーフなのだけど、写真として見ることでハッとさせられるものが多くて、そういった感じで撮影してもらえないかと。
トヤマタクロウ(以下、トヤマ):ありがとうございます。
米山:撮影には最初全員で行き、その後トヤマさんひとりで1週間くらい行ってもらって、その後また全員で行く、という感じで回数を重ねました。瀬尾さんの文章は、撮影した写真を組んでから書いてもらいました。本の構成としては、エリアごとにまとめて掲載しています。巻末のマップを見てもらうと、北から南へ向かう順で掲載しているのがわかると思います。
—あえて混ぜないことでエリアごとの色が感じられる構成になっているんですね。
米山:そうですね。最初の柴原さんと瀬尾さんのリサーチの段階で、街や地域ごとに復興に向けた街づくりのプランやそれに対する考え方が違うとがわかっていたので、はっきりとは伝わらなくても、なんとなくその違いを感じ取ってもらえたらと考えて、そういったかたちになりました。
自分ごととしてフラットに見る「新しく住む風景」
—現地の方の言葉や経験談も引用された瀬尾さんの文章を読むと、やはり込み上げてくるものがあります。一方で、トヤマさんの写真は非常に冷静な視点で撮影されており、そのバランスが心地よかったです。人の気配も極端に少ないと感じたのですが、意識して撮影されましたか?
トヤマ:人の気配が少ないのは、実際に人があまり出歩いていないからなんです。また、フラットに撮影するという点は割と心がけていていましたが、とても難しかったですね。今回は普段自分が撮っている近所とは違い、その土地の居住者の視点ではなく、よそ者としての撮影でしたので、外から来た観光客のように、目の前の環境を審美的な景観として見る、というようなことがどうしても起こってしまう。この本の場合はそうなると何か違うなと思っていて。なので、できるだけ美しく撮ろうとか、何かが起きた場所であるということを強調して伝えるのではなく、タイトルの通り「新しい住むの風景」として撮りたいと思いました。外から来てただ客観的にクールに撮るのでも、驚嘆しながら撮るのでもなく、自分がここに住んだらということを考えてみる。実際にはシミュレーションしかできませんが、半分でも、3分の1でも、自分ごととして引き受けていくような気持ちで。先ほど米山さんがいってくれた僕の近所の写真を撮影するみたいに、自分が住んでいるところと同じような感覚で歩き、自分が住んでいるところと同じように写真を撮る。そうすると、僕にとって写真を撮るということは生活の大部分を占めているので、東北の土地を歩いている中にも自分の生活がちょっと入り混んでくるような感覚になる。居住者でも観光客でもない、その絶妙なバランスが、ここでいう「フラット」なんじゃないかなと考えていました。フラットの説明になっていますか?
米山:はい。しかも、撮影という行為自体が、トヤマさんの普段の感じが旅先に埋め込まれていくような過程になるんだなっていうことをいま知って、なるほど〜と思いました。撮っていく中で身体化されていく感じなのでしょうか。
トヤマ:よそ者としてある景観に相対するときに「風景」が立ち現れてくるというような言説がありますが、それはその土地が自分の生活とは直接に関係のないものだから、土地の固有性などを一旦スルーして絵画や絵葉書のように美的な対象として眺められるということですよね。自分も1回目に撮影に行った時はそういう自身から隔てられたものとして土地を見ているような感覚があったので、2回目以降は反省を踏まえながら撮影に臨みました。
米山:ドラマチックで風景として美しい夕焼けや朝の光の写真もたくさんあったのですが、そういった写真で構成するのはこの本では違うな、という話をみんなでしながら進めていきました。
写真で土地の肌理をとらえる
—本書には200ページを超える写真や言葉が収められていますが、おふたりが特に印象に残っていることはありますか?
米山:昔から北の方は津波の被害にあうことが多く、堤防で守られてきたという歴史があり、住民たちの堤防に対する信頼が強いという話を聞きながらも、立ちはだかってくる壁が突然目の前に現れる状況が多いことに最初はショックを受けました。自分が見たのは陸前高田の12〜13メートルくらいの堤防だったのですが、岩手県の田老という地域ではそれよりも高い14.5メートル、今回作られた堤防の中でも最大規模の堤防が、そこに住んでいる方たちには受け入れられているという話も聞いたりして。最初は、壁のように見える堤防の写真をたくさん入れそうになりましたが、あまりにそういう写真が多いと実際よりも閉塞感を感じすぎてしまうなと思って、減らしたりもしながら。南に行くにつれて堤防が低くなる感じも、ページをめくりながら感じてもらえるといいなと思いながら写真を組んでいきました。
トヤマ:写真に関しては、瀬尾さんのテキストと並ぶことで、写真だけでは至らない拡がりがあるように思います。僕はその土地にどんな暮らしがあって、どういう民話や歴史があるのかを知らずに撮影しているので。ただ、その土地の肌理みたいなものは写るように、丁寧に撮ろうと心がけました。撮影期間には、ニュー・トポグラフィクス(New Topographics)の写真についても考えました。「New Topographics」というのは1975年にジョージ・イーストマン・ハウス国際写真美術館開催された展覧会のタイトルですが、その内容は、自然を対象化して審美的なものとして鑑賞する古くからの風景写真とは打って変わり、人為的な建造物や土地開発の様子などをニュートラルな視点で記録したものでした。副題に「人間によって変えられた風景の写真(Photographs of a Man-Altered Landscape)」とあり、いま自分が見ているものはまさにそういった風景だなと。「トポグラフィー」の原義は地形図のことですが、場所や物体の表面の特徴を詳細にグラフィック表示したもののことでもあります。土地の表面には、環境とそこに住む人間とのせめぎ合い、経過した時間の跡が無数に刻まれていて、ニュー・トポグラフィクスの写真家たちはその表面のありのままを肌理細やかに記述するために大判のカメラを使っていたのではないかと考えました。今回自分はデジタルカメラで撮影をしていますが、その土地についての経験を持たない自分が何かできるとしたら、そのように土地の肌理まで写すことなんじゃないかと思いました。写真には表面しか写りませんが、そこに写っている痕跡から読み取れることは色々とあるはずで。説明的な写真じゃなくても、その土地の方や、瀬尾さんのようにその土地にコミットメントしている方ならそこに写っている細かな部分から語れることもあると思うんです。瀬尾さんのテキストの中でも現地の人の細かなやり取りが描写されている部分があって、そういうささやかな営みが織り込まれて語り継がれていくことにリアリティを感じるんです。
あえて形容詞が浮かんでこない仕上がりに
—印刷の美しさも写真の肌理を際立たせていると感じました。
米山:印刷は本当に大変でした……。もともと大変そうな紙というのはわかった上でこの本文用紙を選んでいるのですが、シャドーが潰れやすいので色校を見ながらかなり試行錯誤しました。この紙を選んだのは、写真にグロス感を出したくなかったから。グロス感ですらも余計な情報に感じてしまったのと、変な言い方ですけど写真が良くみえてしまう気がして。
トヤマ:写真と相性が良すぎてしまう。
米山:やはり「フラット」がキーワードであったので、装丁に関しても形容詞が浮かんでこない仕上がりにしたいと思っていました。そこに置いてあるだけ、というような。といいつつも、細かい部分だと、一見、シンプルな上製本ですが、ちょっとだけ引っ掛かりを作りたくて、上部の紙だけアンカットにしてガタガタしている仕様を採用しました。
トヤマ:今回は写真のセレクトも米山さんにお任せしたのですが、完成したものを見てとても意外性を感じました。最初は、もう少し説明的に誰が見てもわかるような、建築などにフォーカスしたものになるのかな、と想像していたので。
米山:見てきた記憶になるべく忠実に、体験が本になったという感じです。この本を作る中で、自然災害や現地の人の体験や言葉が、ものすごくリアリティを持って迫ってきて。もっとちゃんと知らないといけないという気持ちが出てきたんです。私も当初は、特に建築や地形を淡々と見せていく本を想定していましたが、現地に行ってみるとそれだけに収まらなかった。もっと歴史や人と人の繋がりの要素も入れたい、できるだけ多くを込めたいと思ってしまいました。
非当事者だからこそ見える風景
トヤマ:本が完成した後に瀬尾さんと一緒にトークショーをする機会があり、そこにこの本の最初に出てくる野田村出身のアートディレクターの方が来てくれたんです。その方は、震災後に自分の故郷のことをいつか本にまとめたいという気持ちが湧いたけれど、どうしてもそれができなかったとおっしゃっていて。それがこの本を見た時に「腑に落ちた」と言っていただけて、その言葉に救われました。最初は当事者ではない僕が、土足で現地に踏み入ってカメラを向けることは、とても暴力的なことなのではないかと気にしていましたが、作ってよかったな、って思えましたね。
米山:地元の方に言ってもらえたのが本当によかったですよね。私も自分のような部外者がこういう本を作ってもいいのかという気持ちがありましたし、実際にその土地に住んでいる方々が私たちの作った本を見たらどう思うのかはずっと気にしていた部分だったので。
トヤマ:その方がおっしゃっていたのは、当事者では撮れないものがあるということ。実際には、当事者、非当事者という二項対立自体を無化したいという気持ちが自分にはあるのですが、そう簡単なことでもなく。今回は、自分が当事者ではないからこそ撮れるものがあって、それが形になり、腑に落ちてくれる人がいたというだけでやったかいがあったと思いました。とても良い時間でした。
「Scenes of New Habitations 住むの風景」:
https://newhabitations.com/
トヤマタクロウ|Takuroh Toyama
1988年、宮崎県生まれ、神奈川県在住。2010年ころより、個人的な出来事の記録のために写真撮影を始める。作品展示や写真集の制作を軸に活動する傍ら、美術、音楽、ファッションなどの分野を中心にコミッションワークも行う。写真集に『Sight』(2018)『DEVENIR』(2021) など。 展覧会に『Sight』(TERRACE SQUARE、2018、STUDIO STAFF ONLY、 2018)、『DEVENIR 』(es quart、2021、Utrecht、2022 、本屋⻘旗、2022)などがある。
米山菜津子|Natsuko Yoneyama
1981年、東京生まれ。2003年に東京藝術大学デザイン科卒業、グラフィック・エディトリアルデザイナーとして活動を開始。CAP、PLUG-IN GRAPHICを経て、2014年にデザイン事務所YONEYAMA LLC.を設立。出版レーベルYYY PRESS主宰。オムニバス冊子『GATEWAY』を不定期で発行するほか、オルタナティブスペースSTUDIO STAFF ONLY運営としても活動している。
▼書籍情報 | |
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タイトル | 『New Habitations from North to East: 11 years after 3.11』 |
出版社 | YYY PRESS |
価格 | 5,500 円+税 |
仕様 | ソフト上製本/312ページ/188×263mm |
URL |
▼展示情報 | |
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タイトル | 写真と詩の展覧会「New Habitations: from North to East 11 years after 3.11」 |
会期 | 2024年1月13日(土)〜2024年1月27日(土) |
時間 | 13:00-20:00(火、金曜日) |
定休日 | 月、水、木、日曜日 |
会場 | Studio 04(〒136-0072 東京都江東区大島4丁目1-1番1 大島四丁目団地1号棟106) |
URL |