写真家・梅佳代の最新作は、全寮制中高一貫男子校である“ナスカイ”こと那須高原海城中学校・高等学校の少年たちが被写体となっている。この場所を梅が初めて訪れたのは2010年。丘の上にあるキャンパスでは、中学1年生から高校3年生までの少年たちが学んでいた。東日本大震災で校舎が被災したナスカイは、東京・多摩にキャンパスを移し、再スタートを切る。2012年の春以降、授業、体育祭、文化祭、寮の部屋、卒業式など、移りゆく季節を駆ける少年たちの姿を梅はカメラに収めていく。しかし、福島第一原子力発電所事故の影響により、学校は那須キャンパスでの授業再開を断念、新規の生徒募集を行わないことを決定し、2017年3月、ナスカイはその歴史に幕をおろすこととなる。そんなまぶしくも刹那的な時間が収められた一冊が、しまおまほの目を通して語られる。
レビュワー=しまおまほ
友人のオオクボさんが通っていた男子校では、パンツ一丁で学校をうろつく生徒が徐々に増え始めるのが夏の知らせだ。夏休み前にもなれば全裸で過ごす強者も現れ始めるとか。先生がいるのは授業中なので、下半身は机で見えない。全裸の学生は起立だけうまく誤摩化すことができれば、朝から終業時間までフルチンで過ごしたという。
また、オオクボさんのクラスではゴミ箱が壊れたのをきっかけにゴミは黒板の裏に投げ入れるのが主流になった。半年ほど経つと言わずもがな悪臭が。不審に思った学校が業者を呼んで黒板を外すと、汚れたブリーフやら石化したパンやらエロ本やらが一度気に作業中のオジサンの頭に降り掛かり、教師に大目玉をくらったとか。
オオクボさんは、毎年行われている同窓会も楽しみにしている。写真を見せてもらうと、居酒屋の座敷で中年男性たちがくんずほぐれつ。プロレス技をかけ合ったり、電気アンマで悶絶したり。50代に差し掛かったイイ大人、いや、中年たちが嬉しそうに友だちの金的を狙って大笑いしている。その様子を微笑ましく見守るひときわ白い頭の担任の先生はすっかりしわくちゃのおじいちゃんだ。
わたしの父もまた、中学、高校生活を男子校の寮で過ごした。洗濯物に染料を入れて、全生徒の体育着と下着をピンクに染めた話、やっとの思いで女の子グループとキャンプの約束をとりつけ喜び勇んで家まで迎えに行くと、玄関で父親が仁王立ち。その夜はその子の家の庭にテントを貼って男だけで寝泊まりした話。子どもの頃から聞かされた思い出話はどれもくだらなくもあり、輝きに満ちてもいる。
そして、何年かに1度、箱根の温泉宿に卒業生が一同に会する同窓会は一大イベントだ。宴会が終わると、父の同級生のツカコシくんは片手に割り箸を持って、皆より少し遅れて浴場へ向かう。父が「それ、何に使うの?」と聞くと、ツカコシくんは嬉しそうに
「オムツチェックだよ」。
父もツカコシくんも来年70歳。尿漏れ世代。全裸になったツカコシくんは脱衣カゴの中のパンツをひとつひとつ割り箸で摘まみ上げる。
「あ!コイツ、使ってる!」「コイツも!」
まだオムツを使っていないツカコシくんは
「オレもまだまだいけるな」
と、一通りチェックを済ませると満足そうに湯船に浸かるそうだ。
電車で、バスで、道端で。成長過程の頼りない身体に学生服をまとい、クニャクニャと戯れる彼らを見て、そんなオオクボさんや父の話を思い出すのだ。
「貸せ」「やだよ」
ゲームの取り合いをする2人組。
「あいつブスじゃん」「鼻デカくね?」
自分のニキビ面を忘れて女子の品評会に夢中な集団。
「石破さんはさぁ」
時事問題に切り込みインテリ風を吹かせる一流コメンテーターさながらの、坊主頭。
「あーやばい、間違えた。ちょっちょっやばっ」
構ってアピールなのか、大き過ぎる独り言を友だちに無視されつづけるメガネくん。彼らの眼は無邪気で、楽しそうで、でも同時に青春のほの暗さを宿している。
「ナスカイ」はそんな青春の午後をわたしたちに分けてくれる。開けば彼らの下駄箱臭い時間が匂い立ってくるようだ。戯れる彼らが、オジサンになってもオジイサンになっても、電気アンマをしたりパンツを割り箸でつまんでゲラゲラわらっているかと思うと、少し不安な気持ちにもなるけれど。
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IMA MEMBERS限定で梅佳代『ナスカイ』を1名様にプレゼント。締切は2017年7月3日(月)まで。 受付終了
タイトル | 『ナスカイ』 |
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出版社 | 亜紀書房 |
価格 | 1,996円+tax |
発行年月日 | 2017年3月4日(土) |
仕様 | ソフトカバー/B5判/88ページ |
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梅佳代|Kayo Ume
1981年石川県生まれ。〈男子〉、〈女子中学生〉で、キヤノン写真新世紀連続受賞。2006年に初写真集『うめめ』を刊行、翌年第32回木村伊兵衛写真賞を受賞。以降主な著書に、『男子』『じいちゃんさま』『ウメップ』、『のと』、共著『うめ版 新明解国語辞典×梅佳代』など。近作に『白い犬』。2013年には東京オペラシティアートギャラリーにて個展「梅佳代展 UMEKAYO」を開催。日常に潜むさまざまな光景を独自の観察眼でとらえた作品が高く評価され、国内外の媒体や展覧会で作品を発表している。
しまおまほ|Maho Shimao
エッセイスト。1997年に漫画『女子高生ゴリコ』(扶桑社)でデビュー後、漫画やエッセイを執筆する他、TBSラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」にレギュラー出演するなど、幅広く活躍を続ける。現在、「文學界」に小説「スーベニア」を連載中。著書に『マイ・リトル・世田谷』(スペースシャワーネットワーク)など。
2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。