中南米や中東、アジア、アフリカ、そして日本。世界12ヵ国の人々が民族衣装を日常的にまとう姿を30年にわたり撮影してきた写真家・高木由利子。その集大成となる「高木由利子 写真展 Threads of Beauty 199-202 ― 時をまとい、風をまとう。」がBunkamura ザ・ミュージアムで開催中だ。1989年の開館以来、渋谷という土地で多様なジャンルの芸術発信を行なってきたBunkamura ザ・ミュージアムは、代替施設における活動は継続していくが、拡大移転前のこのスペースでは最後の展示となる。
展覧会では、高木が2000年代初頭に渋谷のスクランブル交差点で撮影した当時の若者たちのストリートフォトもひとつの“民族”の記録、そして土地の記憶としてオーバーラップする。
撮影=大森克己
取材・文=市川暁子
――まず、今回の展覧会のテーマ〈Threads of Beauty〉のコンセプトについて教えてください。
高木由利子(以下、高木):長年にわたり撮影した何千カットという膨大な量の写真がある中で、今回100枚くらいを選んでいるのですが、あえて国別でなく混ぜこぜに展示しています。自分の中では“地球族”というイメージがあり、まず国がある前に民族があり、それぞれの民族が独自の文化、そして衣装を持っている。人間とは本来、どういう生きものなのか? 撮影した土地の中では、イランのように戦争が起きて悲惨な状況に陥っている国もある今、人間の原点に立ち戻るような展示となっています。
会場も、ご覧になる皆さんが思うままに散策しながら鑑賞していただきたいという意図で、特に順路は決めていません。ひとつの大きなスペースが8つの村からなる集合体のようなイメージで、それぞれの村も国や地域別ではなく、例えば世界の「婦人」とか「紳士」「親子」「柄柄」などのテーマ性を持ち、それらがゆるやかに集いながら、混じり合っているような会場構成になっています。
――南米やアジア、中東、アフリカなど距離的にはかなり離れているはずですが、写真の中の人たちが着用している衣装の作りやモチーフなど、不思議と共通する何かを感じますね。
高木:準備段階で床に全部プリントを並べて俯瞰してみたときに、本当に地球って繋がってるんだな、と思って。それぞれいい意味で特色はあるのですが、何かこう、繋がるものがある。
――メインビジュアルとなった写真はインドで撮影されているようですが、これに決められた理由は?
高木:なんの迷いもなくこれに決めました。撮影地はインドとパキスタンのボーダーにあるカッチという砂漠の街で、ノマドの人たちがそこに定住して住んでいます。顔が隠れていますが、子どもを抱えていて「Threads of Beauty(美を繋ぐ)」というタイトルの意図を想像させるような一枚かな、と思っています。

――会場構成は建築家の田根剛さんで、高木さんとのコラボレーションは京都・二条城でのKYOTOGRAPHIEの展示(2023年)に続き2回目となりますね。展示について今回はどのように進められましたか?
高木:田根さんとお会いしたのは今から10年ほど前になりますが、初対面の頃から何か根底に繋がっているものを感じて、いつかお仕事をご一緒したいと願っていました。その土地が持つ記憶のようなものを建築にも表現されている方なので、今回のプロジェクトも田根さんしかいないと思い、お願いしました。
渋谷の喧騒から地下に降りてきて、薄暗い静けさのある空間に迷い込むとスポットライトでテントのような幕に縫い付けられた大きな写真が浮かび上がる。そんな、異次元のような時間軸で旅をするイメージの展示を田根さんと考えました。
写真を縫い付けた布は「KONBU®」という小松マテーレ(本社:石川県)が開発した新素材です。昆布のような感触や風合いのある布で、私が長年使っているリュックがその素材でできていて、とても気に入っているのでいつかこの素材で何かしたい、とアイデアを温めていました。写真は竹和紙にプリントして、KONBU® に縫い付けています。最初に糊で貼ってみたんですが、KONBU® には水を含んで膨張する性質があって。それで縫い付けることにしたら、タイトルにThreads (糸)が入っているし、結果的にはコンセプト的にもマッチする仕上げとなりました。
写真の表面にはニスを塗って、オリジナルプリントのような質感を出しています。ワイルドさも加味されドキュメンタリーの写真としてのリアリティも出てくるので、ニス引きはお気に入りの手法です。特に最近の写真はデータ化され、デジタル画面で見ることが多いと思いますが、やはり私はこうして手間暇をかけることで写真が“もの”としての存在感を持つことができるのではないかと考えています。
――ところで高木さんは元々、ファッションデザイナーとして活動されていたそうですが、カメラを持ったきっかけはどのようなものだったのでしょうか?
高木:デザイナーとしては約8年間、フリーランスでロンドンやパリ、イタリアなどで活動していました。プレタポルテの全盛期でしたね。ファッションのサイクルに少し疲れを感じていたころ、仕事でモロッコに行く機会があり、そこで写真を撮り始めました。特に写真の勉強をしていたわけでもないので、何年も写真に移行するか悩みながらも自己流で写真を撮り続け、今に至ります。
――ファッションとは諸行無常ともいえるトレンドを率先して作る業界でもありながら、最近ではファッションをテーマとする展覧会が各国の名だたる美術館で開催され、クリエーションの一領域として改めてリスペクトを得ている一面もあります。高木さんは民族衣装のほか、これまで世界のトップメゾンのコレクションも多く撮影されてきましたが、衣服を写真におさめ、残していく意義をどのようにお考えですか?
高木:人間は無防備に産み落とされるので、身を守るためにどうしても衣服を纏わなくてはいけない動物です。私自身、これまでファッション業界とノマディックな民族衣装への興味と行ったり来たり、いろんな疑問や矛盾も抱えながら旅をし、仕事を続けてきました。そんな中で、近年、クリスチャン ディオールのオートクチュールのアーカイブを撮影する機会があり、衣服における究極の美を追求し続け、その技術を継承していくことの素晴らしさを目の当たりにしました。クチュールのドレスに宿る圧倒的なパワーやパッションに対峙し、ある意味素直になれたというか。ハイファッションもまた愛しいと思えるようになりました。

――〈Threads of Beauty〉のシリーズを撮影されるにあたって、どのように候補地は選ばれたのですか?
高木:雑誌や本で見つけた小さな写真が元になることもありますし、映画がきっかけのこともあります。初期のころはインターネットの情報もなかったですから、図書館で調べたり、人に聞いたりしながらリサーチしました。撮影にはアシスタント一人のみを連れ、できる限りミニマムな体制で渡航していました。現地では車をチャーターして運転手さんにガイドしてもらいながら、撮りたい人に声をかけてもらって。だいたい快く撮らせていただけることが多く、その人が「家がすぐそこだから来る?」というのでついていったら1時間以上かかった、というようなこともありましたね(笑)。
この記録は民俗学的なものというよりは、全て何らかの出会いから発生したもの。被写体となっているのは無条件に格好良いな、と私が思った人たちで、その格好良さはどこから来ているのか? という問いでもあります。私の中での定義としては“ワイルド・アンド・エレガンス”、ワイルドであることはエレガントでもあり、本当のエレガンスというのはワイルドであることから出てくるということ。その表裏一体のような雰囲気は都会に住む我々は身につけるのがなかなか難しいですね。でもノマディックに生きる人々にはその佇まいや所作から滲み出てくる美しさがある。もちろん大地に立ち自然と共に生きている人びとはそんなことは意識すらしていないのですが。
――日本の民族衣装として着物を着こなしている人を探すのが難しかった、とうかがいました。
高木:今回はほぼ毎日着物を着ていらっしゃる方というのが条件でしたので苦労しましたが、やはり着こなしていらっしゃる方は圧倒的に格好良かったですね。東京にお住まいの日本刺繍をされている若い女性は、少しゆるっとした着こなしがとても決まっていて、他の民族にも負けてない! と誇らしかったです。服ってその人のアイデンティティでもあるので、これはその人の生き様が現れてくるプロジェクトともいえるんです。ただ私たちが着るものは今、ほとんど西洋化されてしまっていて、毎日何を着たらいいのかすらわからなくなってしまっている。着物だったら、もしかしたらもっとシンプルかもしれないけれど。
――このプロジェクトが歩んできた30年の間にもグローバル化は加速度を増し進行しています。いろいろなツールも開発されて便利になり、世界の人たちが同じ情報を得ることでより理解し合えるのか、と思いきや、特にここ数年は民族間で分断が進んでいます。
高木:今は、個人的に何が幸せか? というのを知るのがとても難しい時代ですよね。便利なツールでいろいろ繋がっているような気分にもなっているけれど。そんな中でもやはり服装って一番手っ取り早く、幸せな気分になれる手段でもあると思っていて。人間として生まれてきたのだから、着るという喜びを享受し、お洒落することはとても素敵だと思います。他の人にどう思われるか、ではなく自分を幸せにするために着飾ること。みんなと同じ、じゃなくてね。各々がそんな意識でいることができたら、みんなお互い楽しく、そして幸せでいられるんじゃないかな、と思います。

©︎ Shinnosuke Miyachi
高木由利子|たかぎ・ゆりこ
東京生まれ。武蔵野美術大学にてグラフィックデザイン、イギリスのTrent Polytechnic にてファションデザインを学んだ後、写真家として独自の視点から衣服や人体を通して「人の存在」を撮り続ける。近年は自然現象の不可思議にも深い興味を持ち、〈chaoscosmos〉というプロジェクトを映像を含め新たなアプローチに挑戦し続けている。
| タイトル | SHIBUYA FASHION WEEK 2026 Spring × Bunkamura「高木由利子 写真展 Threads of Beauty 199-202 ― 時をまとい、風をまとう。」 |
|---|---|
| 場所 | Bunkamura ザ・ミュージアム(東京都渋谷区道玄坂2-24-1 Bunkamura B1F) |
| 会期 | 3月10日(火)~3月29日(日) |
| 時間 | 13:00~20:00(最終入場19:30まで) |
| 休み | なし |
| 料金 | 無料 |
| URL | https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/26_takagi.html |
