東京オペラシティ アートギャラリーで開催されたアルフレド・ジャー個展「YOU AND ME AND THE OTHERS」。自身を「アートをつくる建築家」と語るジャーは、鏡や光、写真や映像を用いたインスタレーションによって「私」と「他者」、そして世界との関係を空間に立ち上げる。半世紀におよぶ活動を振り返りながら、日本を題材にした世界初公開の新作が、揺らぎ続けるいまと過去を結びつける。観る者に突きつけられるのは、この先をどう生きるかという問いだ。
ポートレート撮影:今津聡子
取材・文:アイヴァン・ヴァルタニアン
50年という時間を振り返って
――あなたのこれまでの作品は、今日私たちが直面している現在進行形の問題とどのように共鳴していると思いますか。
アルフレド・ジャー(以下、AJ):残念ながら、状況はほとんど変わっていません。人種差別をテーマにした《The Fire This Time》(1988)、権力や介入への批判をテーマにした《Other People Think》(2012)、そして「アメリカ」という言葉の独占と、それに潜む権力構造をテーマにした《A Logo for America》(1987)などの作品は、不幸にも今もなお強く共鳴しています。《September 11, 1973 (Black)》は、チリで軍事クーデターが起きた1973年9月11日以降のカレンダーのすべての日付が「11」になっている作品です。軍事占領という悪夢が終わらないことを示すために1974年に作った作品ですが、2001年の9.11を経て、50年後の現在もそれは終わることなく、アメリカ合衆国は今も世界各地への侵攻を続けています。
アルフレド・ジャー(以下、AJ):私はアーティストになる前、マジシャンでした。手品で世界を変えたかったけれど、失敗でした。でも今も失敗しているのかもしれない。これが現実です。ドナルト・トランプは私たちが皆バカだと思っている。でも私は「ノー」と言いたい――人びとは考えているのだ、と。

Alfredo Jaar, Magician, 1979
――トランプ政権の復活によって、私は世論を変えたり、思考や議論の場になったりする芸術や写真のもつ力に対して信頼できなくなりました。常に刺激的で思考を促す作品を探していますが、諦念と悲観を感じずにはいられません。今この時代に展覧会を開くことについて、あなたはどう思っていますか。
AJ:私も同じ気持ちです。ただ、私は(アントニオ・)グラムシ主義者です。イタリア共産党の創設者で、独裁者ムッソリーニの下で27年間投獄された彼は、獄中で心境を問われたときこう言ったのです、「私は知性においては悲観主義者だが、意志においては楽観主義者である」と。私はずっとこの言葉を自分の指針にしてきました。
この非常に暗い時代において、芸術と文化の世界は最後に残された自由の空間です。ただ、世界各地で検閲が現れ始めたいま、それがいつまで続くかはわからない。検閲がさらに進めば、この言葉はもはや成り立たなくなるでしょう。しかし少なくとも今のところ、私たちに残された唯一の手段です。私は、現在を批判的に考えるこれらの作品が「システムの中の小さな亀裂」を生み出すことを願っています。それは革命のように世界を変えることはできないけれど、別の世界が存在するという可能性を示すことはできると思うのです。
「私」をほどくための鏡
――もうひとつ大きなテーマとして、物質性やオブジェについて話したいと思います。《You and Me and the Others》(2020)という作品は3つのガラス構造体からできています。ガラスという素材の物質性は、あなたの制作プロセス全体の中でどのような意味を持っていますか。
AJ:これは私の作品の中でもかなり特異で、新型コロナ感染症の期間中に制作した、唯一の作品です。2年間、スタジオも建物も閉鎖され、アシスタントも自宅にいて、スタジオで制作することができませんでした。そこで私は、自分と世界との関係を抽象的で、ほとんど哲学的に表象する作品を作り、観客がそのアイデンティティの構築に参加できるものを考えました。
「You and Me and the Others(あなたと私と他者)」と言われても、観客はどれが「あなた」で、どれが「私」で、どれが「他者」なのかわかりません。観客自身に決めてもらうのです。完全に閉じて内向的で、誰にも知られない秘密の存在なのか――それは鏡です。あるいは透明で、開かれている存在なのか。あるいは多層的なのか。私たちはすべてを同時に持っていて、内向的な部分もあれば、開かれた部分もある。世界における自己表象の3つの段階を提示しているのです。これは3つのキューブですが、実際には42個のキューブから成っています。間にある空間もキューブだから3×7で21、それが2面あるので42。非常に抽象的で哲学的な構造で、「私は誰なのか?」という問いを投げかけています。

Alfredo Jaar, You and Me and the Others, 2020
――もっと大きくもできたはずですが、なぜこのサイズなのですか。そして、この鏡を用いた非常に特殊な展示方法において、イメージの形式と空間はどのように関係していますか。
AJ:私は1980年代からライトボックスと鏡を使い始めたのですが、これは初期の作品の一つです。私たちの社会は非常にナルシシスティックだと思います。すべてが「私、私、私」。その象徴が鏡です。鏡は毎日、毎朝、自分自身を見て、外に出る前にアイデンティティを整える場所です。そこで、ナルシシズムの象徴である鏡を、他者と出会うための空間として使えないだろうかと考えました。自分を見る場所ではなく、自分を見たいという欲望によって引き寄せられ、近づいた結果、他者を発見する場所として。
この作品には隠された現実があります。ここでは《Gold in the Morning》(1985)――アマゾンで貧しい人たちが金を掘削する金鉱です。普段なら目を向けない現実ですが、近づくと、見たくないイメージが鏡という魔法のような空間の中に現れる。それは「ここ」ではなく、「あそこ」にある。にもかかわらず、圧倒的な距離感が生まれる。ここで鏡は、ナルシシズムを満たすためのものではなく、別の現実を映し返します。鏡に映るのは私ではなく、他者なのです。この作品の目的は、自分自身から外に出て、世界を見ること。それがこの作品の起点でした。
――空間構成や作品同士の関係性について、鑑賞者の動線や高さも考えているのですか?
AJ:基本的に、すべては目線の高さにあります。ただし《Gold in the Morning(1985/2007)》だけは例外で、床から立ち上がっています。この空間を設計する際のロジックはこうです。まず、ライトボックスを横から見せたくない。正面から見せる必要がある。となると、設置できる場所は限られます。展示壁はプロポーション的に完璧だったので、空間の中心にこの作品を配置しました。それが決まると、あとは自然に周囲が設計されていきました。サイズに従って、すべてが論理的に決まっていったのです。

新しい世界の手がかりがここにある
――戦後日本の写真史を調査していると、現在のアジアの地政学的問題の多くが、戦後数年間に形作られたことがよくわかります。80年前の出来事が、今も続いている。《Tomorrow Is Another Day》(2025)は世界初公開の新作ですが、あなたの《September 11, 1973 (Black)》にも非常に似ています。
AJ:アメリカ国旗と日本国旗が向かい合っています。近づくと、アメリカ国旗が反射して見えるようになっていて、新しい世界秩序の舞台を想定しています。沖縄だけの問題ではありません。日本の政治家たちは、アメリカの存在や影響に対して反発し始めています。中国、韓国、インドとの新たな関係も模索し始めている。これはすべて、トランプの政策への反動です。ヨーロッパでも同じことが起こるでしょう。グリーンランドを侵攻し始めれば、ヨーロッパは反応する。私たちは、新しい世界の誕生を目の当たりにしています。何が現れるのかは、まだわかりませんが。

Alfredo Jaar, Tomorrow Is Another Day, 2025
――本展の最後の《Hiroshima, Hiroshima》(2023)は圧倒的です。平和記念公園の俯瞰が爆撃機のプロペラへと変わり、ファンの音と風が爆弾の恐怖と強度を身体にリアルに感じさせます。
AJ:原爆ドーム直上でのドローン撮影が初めて許可された作品です。映像は空からドームの真上へと降下し、鑑賞者は原爆そのものの「目」になります。カメラが近づくにつれ、ドームはアニメーションへと変わり、回転を始めます。核の力を想起させる高速回転の円は、スクリーン背後の工業用ファンに投影され、スクリーンが巻き上がることで現れます。映像とファンの回転、機械音と振動が空間いっぱいに充満し、鑑賞者の身体には強い風が当たります。しかしこれは、原爆の熱線や爆風の再現ではありません。どれほど悲劇が語られても、被害者の苦痛を追体験することは不可能です。《Hiroshima, Hiroshima》の風は、その不可能そのものを明らかにします。
それでもなお、私たちは自問せざるを得ない――この悲劇を二度と起こさないために、何ができるのか。これは再現ではなく、空間的レクイエムです。元素的なものを記念碑的なものへと変換し、知覚を記憶の行為へと変え、空白そのものに歴史を宿らせる試みなのです。
(インタビュー全文は2026年4月29日発売のIMA vol.45に掲載)
アルフレド・ジャー|Alfredo Jaar
ニューヨークを拠点とする作家、写真家、建築家、映像作家。作品は世界各地で展示され、ヴェネチア・ビエンナーレ(1986、2007、2009、2013)、サンパウロ・ビエンナーレ(1987、1989、2010、2021)、ドクメンタ(1987、2002)に出品。
主な個展は、ニュー・ミュージアム(ニューヨーク、1992)、ホワイトチャペル(ロンドン、1992)、ストックホルム近代美術館(1994)、シカゴ現代美術館(1995)、ローマ現代美術館(2005)など。日本においては、2018年のヒロシマ賞受賞にともない、2023年に広島市現代美術館で個展を開催。
