アメリカ、ニューヨークのダンボ地区にスタジオを構える新進気鋭の写真家、ダニエル・ゴードン。立体コラージュを制作し、それらで構成した静物画を大判カメラで撮影するユニークな手法により、注目を浴びる。窓から光が注ぎ込む開放的なスタジオ内は、作品の原石となる素材であふれていた。インスピレーションに満ちた空間で、彼の作品作りの秘密に迫った。
大山幸希子=インタビュー・文
加藤里紗=写真
― いつから写真家を目指していたのでしょうか。
高校生の頃から写真に関心があり、スティーヴン・ショアのもとで学びたいと思いバード大学に進学しました。当時は、デジタル写真が出回りだした頃で、人々はフォトショップで加工された写真に衝撃を受け、心躍らされていましたが、私はデジタルに頼らない方法で自分の撮りたいイメージを作りだせることを証明したいと考えていました。大学時代に現在の作品の原型となる「Construction」というシリーズの制作を始め、箱、鍵、タバコなどシンプルな物体をさまざまな角度から撮影した写真を用いて立体のオブジェに再構築したものを撮影し直していました。
―制作プロセスを具体的に教えてください。
例えば「目」が必要なときは、インターネットで見つけた10パターンくらいの目の画像を出力して切り抜き、素材として使えるように準備しておきます。素材は、常にたくさんのバリエーションを用意しておき、即興で組み合わせます。異なる素材の出会いから偶然に面白い配色や配置が生まれるのですが、その過程はとてもエキサイティングなものです。過去に使用したオブジェや背景なども保管しておき、ほかの作品に再利用することもあります。なので、私のスタジオはいつもモノであふれています(笑)。
―素材感を残したディテールからは、遊び心を感じます。
以前、建築写真家のアシスタントをしていたときに、フィルム写真を撮影する上では細部にわたるまでの綿密なセッティングが重要であることを学びましたが、同時にすべてを作り込むのではなく、偶然の面白さを生むために少し隙を作る大切さにも気付いたんです。最初の頃は、いかにリアルに再構築できるかを追求していたものの、時間が経つにつれ、創作手段が自分の表現方法へと変化していきました。いまは色、形、ライティングを通して、より自由に表現することができるようになったと感じています。また観る側も、オブジェが手作りとわかる方が感心を寄せてくれることに気付きました。作品の構想を練るときは、日常をいかに楽しいことへと変換できるかを考えています。
―初期作品はより怖い印象でしたが、美意識の変化はどのように起こったのでしょうか。
そうですね、初期の作品はグロテスクなテイストが強く、美しさをあまり包含するものではありませんでした。徐々に愉快なものと怖いものといった相反する性質を組み合わせたときに生まれる化学変化に興味を持つようになりました。その結果、最近は色、形、空間を使って創作することにより面白味を感じるようになって、グロテスクさよりも美しさの要素が強くなったのだと思います。
―確かに、以前よりも色や空間の使い方が進化しているように感じます。
昔はすべてを完全にセッティングした状態で、青色のフラッシュを使って撮影していたのですが、そうすると影が飛んでしまい、立体感がなくなる問題を抱えていました。そこでイエローフラッシュに切り替えて被写体の影を撮影し、プリントアウトしたものを「影」として配置し撮影するようになりました。つまり私の作品にある影はすべて作為的なものなのです。最近では、「影」を影らしく見せる必要はないと感じるようになり、「影」の色を赤、黄、緑に変えるようになりました。そのため色使いはさらに鮮やかで大胆なものへと変化しています。
―現在はどのような作品に取り組んでいますか。
壁一面に飾ってあるプリントが、最新作の抽象シリーズです。これらの作品は紙ではなく、キャンバス生地にインクジェットでプリントしているのですが、キャンバスは紙よりも分厚く質感があるため、独特の風合いのある見た目に仕上がります。一見するとペインティング作品のようにも見えます。
これらは、過去の静物画シリーズをもとに、その背景や画面の中にある一部分を取り出し、それぞれのパーツをコラージュしたり、色を変えるなどさまざまなデジタル加工を施したものです。伝統的手法ではない方法で抽象作品を創作することを試みています。このテキスタイルデザインや、抽象画にも見えるシリーズを制作する中で「これは写真なのか?」と自分に問いかけをしているのですが、もうすでに何十点ものバリエーションができているものの、まだ自分の問いに対して明確な答えは出ていません。なのでタイトルを決めるのはこれからですね。
―あなたにとって、写真とは?
私にとって写真の醍醐味とは、Transformation = 変化、変容。私たちが写真で見ているイメージは、現実とはとても異なるものです。フィクションと真実が混在することが写真の面白さであり、写真は私を魅了してやみません。
GORDON’S TOOLS
「モノを平行もしくは垂直に整列させることを英語で『Knolling』と呼ぶんだよ」といいながら、楽しそうに愛用の道具類をパーフェクトな配置に並べてくれたゴードン。描き心地抜群で長年愛用しているStaedtler製の鉛筆や、Kodakフィルムや露出計など写真家にとっての必須アイテムに加え、グルーガンやハサミなど立体作品を制作する彼特有の道具も添えられた。それらの中でも特に思い入れのあるのが、マスキングテープの下に置かれたフランス製のナイフ。義父から譲り受けたもので、持ち手部分には妻の旧姓が手彫りされている。とても鋭く、細かい部分もきれいにカットできるので重宝しているのだとか。また、息子のガス君の写真を待ち受け画面に設定したiPhone からは、家族思いなゴードンの一面が垣間みれる。
ダニエル・ゴードン|Daniel Gordon
1980年、ボストン生まれ。バード大学、イェール大学を卒業。2009年、MoMAによる「New Photogarphy」展に参加。2014年にはFoam Paul Huf Awardを受賞し、Foam写真美術館にて個展を開催。
2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。