ロンドンとパリを拠点に活動するフランス人写真家、ノエミ・グダル。自然の中にひとつだけ違和感のある要素を配置したり、自身が撮影した人工物の写真を立体の模型に転換し、さらにそれを自然の中で撮影し2次元と3次元を横断するなど、独自の手法で新たな写真表現を拡張する。自然/人工物、現実/ファンタジーなど相反するテーマを扱い、アンビギュアスな側面を持つ作風で知られるグダルによる新作「Les Mécaniques」は、さらに壮大なインスタレーションへと進化している。彼女のユニークな制作プロセスと新境地に迫る。
糟谷恭子=文
ヴァサンタ・ヨガナンタン=写真
新たなパースペクティブを提示する、実験的なランドスケープ写真
タイのジャングルの中で鏡を使った インスタレーションを設置する様子 Photo: Cécile Nédélec
―写真家を目指した経緯とは?
小さい頃から写真を撮っていて、イギリスの芸術大学セントラル・セント・マーチンズでグラフィックデザインの勉強をしていましたが、日に日に写真家になりたい想いが強くなり、修士課程ではロイヤル・カレッジ・オブ・アートの写真専攻に進みました。
―インスタレーションを軸とする写真作品というユニークな手法へは、どのようにしてたどり着いたのでしょうか?
写真を本格的に学ぶ前からインスタレーションや彫刻を作っていたので、自然な流れでした。私が特に影響を受けたのは、ミニマリストの美術家たちです。例えば、ドナルド・ジャッドやカール・アンドレは自然の中に彫刻を配置し、インスタレーションとして発表してきました。またダン・フレヴィンやジェームズ・タレルの光の使い方や空間そのものを作品とする手法にも影響を受けています。また、もともと自然の中に人工的な要素が存在したり、建物のような人工的な空間の中にまったく関連性のないものが入り込んでいる状態に惹かれる傾向にあります。
―例えば、天文台の写真を撮って模型を作り、それらを海に配置して撮影した「Observatoires」も、精巧に作られたインスタレーションは本物の建物のように見えますが、よく見るとプリントのつなぎ目などが残っていて違和感に気づきます。アナログな仕上がりを残す理由とは?
全てが完璧に作られていたら、オーディエンスは見ているものに対して疑問を抱きにくいと思います。どのような表現であれば、観る人がイメージに深く関われるかを大切にしているので、制作する上ではもろい部分、不安定さ、はかなさをあえて残すように心がけています。制作過程で予期せぬアクシデントが発生し、隠れているはずのものが見えてしまった場合も、そのままにしています。その方が結果的に良いものに仕上がることもあるので。
―模型やインスタレーションの什器は、ご自身で作られていますか?
私一人ではなく、チームで制作します。以前は、自分で模型を作っていたのですが、いまはもっと別のことに時間を費やしたいので、専門家に外注することも多いです。インスタレーションに使うオブジェもスタッフに頼み、パリ郊外にあるもっと広いスペースで作ってもらうことが多いです。
―もっと時間を費やしたいこととは?
最も重点を置いているのはリサーチです。テーマに合わせて、適した図書館に行きます。いまは「Les Mécaniques」の続編のために山や地質について調べているので、パリ国立高等鉱業学校の図書館に通っています。テーマに関連する文献を読んでリサーチすることからアイデアを発展させることに、時間を費やすようにしています。また、専門的な本に限らず、文学書もよく読むのですが、現在読んでいるフランス人作家ルネ・ドーマルによるシュルレアリズム小説『類推の山』からは、今後の制作に大きな影響を受けそうです。
―最新作「Les Mécaniques」は、どのように作られているのでしょうか?
本作の制作では、いくつかの新たな試みがありました。まず、これまでの作品は、ほぼヨーロッパで制作しましたが、このシリーズは人の手が加えられていない自然の中で制作したいと思い、タイのジャングルまで行きました。現地の人たちに協力してもらって素材となる鏡などを調達し、高さ3.5メートル、幅5メートルの大掛かりなインスタレーションを作り、自然の中で撮影しました。
過去のインスタレーションでは、安定感のある素材を主に使用し、ある程度コントロールしていましたが、今回は動きや変化のある素材を使いたかったので鏡を選びました。鏡は1ミリ動かしただけで異なった視界が現れます。私たちが認識できるかどうかもわからない微妙なズレ、とらえにくい感覚を可視化することへの挑戦です。これまでは現実とフィクションの境界線を問う作品を制作してきましたが、今回は変わりゆく風景のはかなさに焦点を当てました。例えば、大きな風が吹き、木々が倒され、しかしまた樹木の芽が出てくる。風景はずっと同じようにとどまるものではなく、常に変化し続けています。本作では、はかなく移ろう風景を表現したかったのです。
―今後のプロジェクトについて教えてください。
6月にポーランドの写真フェスティバル「fotofestiwal Lodz」に参加し、フランス、ノルマンディー地方にあるジュミエージュ大修道院で個展を開催します。そのほかは、人々がどのように空を眺めるか、またそこに何を投影するかを考察したシリーズ「Southern Light Stations」を、フランスの出版社RVB BOOKS から刊行する予定です。
Noémie’s Tools
今回、グダルがよく使用する道具として出してきてくれたのは、リサーチの次に行う工程である模型作りに必要なもの。「模型を作るときは、柔らかいバルサという木材を使うことが多いわ。カッターでも切ることができて、使い勝手がいいのよ」とグダル。そのほかの必須アイテムは、固定するために使う接着剤に、もちろんメジャーやテープ、ハサミなども。大きなセットをつくるときには、金づちを使って木材を釘でしっかり固定し、ロケのために移動しても形が崩れない よう心がける。左上にあるのは、段ボール。「Towers」「Observatoi res」などのインスタレーションに使った模型は、プリントした写真を段ボールに貼って作られたそう。
ノエミ・グダル|Noémie Goudal
1984年、パリ生まれ。2010年に写真専攻でロイヤル・カレッジ・オブ・アートのMAを取得後、英国のSustain RCAを2010年に、Prix HSBC pour la Photographieを2013年に受賞。これまでにイギリスのNew Art Gallery Walsall、Photographers’ Gallery、アムステルダムのFoamなどで個展を開催している。
2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。