11 March 2019

Photography Now

連載 シャーロット・コットンの「続・現代写真論」
第2回 アナログ的思考をデジタルな創作にあてはめる
(IMA 2012 Winter Vol.2より転載)

11 March 2019

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連載 シャーロット・コットンの「続・現代写真論」第2回  アナログ的思考をデジタルな創作にあてはめる | untitled from NYLPT 2005-2012/Jason Evans

untitled from NYLPT 2005-2012/Jason Evans

デジタル時代において進化を続ける写真は、まるで私たちを刺激し試すかのように、「写真とは何か」という難問を継続的に投げかけてきます。また、その進化が、私たちの日常生活にどのような影響を及ぼすかを注視するよう促します。私たちは、主観と客観が不可解に入り交じる時代に生きています。ほんの10年前まで、変化し続ける写真というものを理解するために、日常の些細な瞬間が、重要な手がかりになり得るということは、どこか正当性を欠いた考えのようでした。しかし私たちは現在、写真のあり方において新しいこと、失ったもの、変わってしまったものを、とても個人的かつ哲学的なまなざしで常に評価しているのです。

これまでに『IMA』に寄せたエッセイの中で、デジタル技術が (確固たる美術としての写真、そしてソーシャルメディアやハイアマ向け記録ツールとしての写真に)もたらした変化について、私なりの考えを述べてきました。広がり続けるソーシャルかつ実用主義的な写真と、物質主義的な希少性を高める現代アートとしての写真は、いまでは相容れない存在となりました。それは、拡張を続ける写真分野に起こる不可避な現象に違いないでしょう。今回のエッセイでは、アナログ写真の手法と思考を起点にしながらも、独創的かつ私的な方法論を用いて、デジタル時代における写真の可能性を模索している3人の写真家の作品に焦点を絞りたいと思います。彼らこそ、アナログ文化とデジタル文化の理想的な関係性を私に教え、視野を広げる機会を与えてくれた作家たちなのです。

Paul Graham, courtesy MACK / www.mackbooks.co.uk

Paul Graham, courtesy MACK / www.mackbooks.co.uk

Paul Graham, courtesy MACK / www.mackbooks.co.uk


イギリス人写真家  ポール・グラハム は、ダイアン・アーバス、リー・フリードランダー、ウィリアム・エグルストン、ゲイリー・ウィノグランドら、20世紀の主流派写真家たちの影響を直に受けた、おそらく最後の世代の作家でしょう。同世代の写真家には、フィリップ=ロルカ・ディコルシアやリネケ・ダイクストラたちがいます。グラハムは写真家として30年に及ぶキャリアを有しながら、確固たる芸術としての文化的地位を築いた写真メディアに満足することはありませんでした。彼の作品群は、現代美術としての写真に課せられた障壁や限界を、ことあるごとに独自の手法を駆使して乗り越えてきました。彼は、私的でありながら強い社会的観察眼と絵画的な豊かさを併せ持つ媒体として写真を捉え、制作を続けています。グラハムは、2009年に12巻からなる『A Shimmer of Possibility』を出版しました。 それを見て私は、卓越した銀塩写真技術で尊敬を集める重鎮の美術写真家が、デジタルの領域における写真美術のあり方を真摯に探り続けていたことを知り、啓示にも似た強い衝撃を受けたことをいまでも覚えています。この本は、写真業界に大きな波紋を投じました。デジタル特有の撮影技術が、路上写真という停滞しきった分野に革新をもたらすことを証明したのです。グラハムは、連射によって得られた膨大な量のデジタル画像を組み合わせることで、私たちの身の回りで日常的に起きている小さな奇跡を可視化したのです。彼のその手法は、極めて写真的ともいえる所作にほかなりませんでした。連射で撮影された写真を6枚から9枚一組で並べ、シークエンスを作り上げる彼の作品は、デジタル写真機が可能にした半永久的連射を、彼自身が過去に利用していたシートフィルム、もしくはロールフィルムが持つ限界が生み出す崇高さと、同様のものとして扱ったのです。グラハムは、デジタル時代における写真のあり方を模索し続け、その成果は最新作『The Present』にも顕著に見ることができます。

Paul Graham『The President』(MACK, 2012)

Paul Graham『The President』(MACK, 2012)


この写真集、そして同名の展示において、グラハムはディプティク(2枚一組の作品)もしくはトリプティク(3枚一組の作品)形式を採用しています。例えば、ニューヨークの街角で起こりうる、当たり前の事象が有する可能性の広がり、そして、隣りあう2枚の写真の間に横たわるほんの数ミリ秒の時間的差異が生み出す物語は、鑑賞者を強く惹きつけました。

Connection, 2011/Carter Mull Photo by John Moeller

Connection, 2011/Carter Mull Photo by John Moeller


2008年に カーター・ムル のアトリエを訪ねたときに彼がいったフレーズを、私はいまも覚えています。彼は自身の表現手法について、「アナログ的思考をデジタルな創作活動に当てはめている」といいました。それは、レンズ越しに世界を見据えるアーティストたちが必ず直面する試練と、その先にある豊かな可能性を的確に表した言葉でした。美しいインスタレーション作品「Connection」をはじめ、 彼の近年の作品は、現代美術における媒体のハイブリッド性そのものを主題として取り扱っています。ムルは、過去の美術技法を取り入れることで、表象美術が辿った歴史と「いま」をしなやかに、大胆に並列し、私たちの暮らす現代社会を象徴するかのような作品を作り上げます。彼の作品は、1960年代のポップアート、20世紀初期の前衛アーティストたちによるレディメイド、18世紀に芸術と科学知識の領域が入り交じり生まれた写真の原型、そしてコンピューター技術の起原など、脈々と続く革新の歴史と、今日においてもはや日常的に増殖を続けるデジタル画像を一緒くたに提示します。彼は、私たちが身を置く情報環境の根本的かつ象徴的な歴史を、ギャラリーでの鑑賞体験として同軸に提示したのです。

untitled from NYLPT 2005-2012/Jason Evans

untitled from NYLPT 2005-2012/Jason Evans

untitled from NYLPT 2005-2012/Jason Evans

untitled from NYLPT 2005-2012/Jason Evans

untitled from NYLPT 2005-2012/Jason Evans

untitled from NYLPT 2005-2012/Jason Evans

untitled from NYLPT 2005-2012/Jason Evans

untitled from NYLPT 2005-2012/Jason Evans


最後に、これも個人的な例なのですが、アナログ写真的な思考が、どれほど有意義にデジタル時代に役立つかを、実はこの原稿を書いている前の日に改めて思い知らされました。写真家  ジェイソン・エヴァンス による初の作品集の途中経過を見せてもらったときのことです。彼については、仲條正義氏が手がけた雑誌『花椿』の写真家として、もしくはウェブサイト「The Daily Nice」の運営者としてご存知の方も多いでしょう。

Jason Evans『NYLPT』(MACK, 2012)

Jason Evans『NYLPT』(MACK, 2012)


エヴァンスの写真集『NYLPT』はふたつの形態で発表されました。多重露光により撮影されたモノクロのストリート写真を無駄なく美しく編集し、デュオトーンで印刷した書籍版に加え、画期的なアプリとしてもリリースされたのです。『NYLPT』アプリは、ウェブ上のセキュリティコードの生成などで使用される、オープンソースの無作為抽出アルゴリズムを採用しています。それを600枚にも及ぶ写真を無作為に並べ替え、一列に繋がる横長の写真連作として表示するのです。写真をスクロールし始めると、低周波・低振動のドローンサウンドがBGMとして流れ出しますが、その音楽はアプリを起動させるたびに、内蔵された16種類ものシンセサイザーによりゼロから生成されます。各シンセサイザーの周波数や音の長さ等はエヴァンス自身により調節されています。そんな『NYLPT』アプリ体験は、どこか瞑想的なものでした。エヴァンス(写真作品を制作する際、彼はドローンミュージックを聴くそうです)は、制作過程において生まれる超越的な意識の流れを具体化し、さらに写真制作の限りない可能性を提示してみせたのです。アプリを開くたびに、新たな写真の並びと音楽が自動生成される―つまり、『NYLPT』アプリをこの先毎日見続けても、またとして同じ写真体験は得られないのです。

この作品が見せてくれるのは、写真メディアが失うことなく持ち続ける可能性そのものです。撮影行為とはつまり、特に路上写真において本質的に偶然に支配されており、それはカメラの視線とその眼前で起こる有機的な現象が生み出す無作為性そのものです。私は、可能性に満ちたデジタルの世界で、写真という存在が内包する本質の極みを、写真家たちが革新的かつ深みをもった手法で豊かに表現し始めたいまこそ、写真にとって最も刺激的な時代だと考えています。

シャーロット・コットン|Charlotte Cotton
ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)やThe Photographer’sGallery、 ロサンゼルス郡立美術館(LACMA)、ニューヨークのカトナ美術館、ロサンゼルスの Metabolic Studioなどでキュレーターとして活躍、イギリス国立メディア博物館ではクリエイティブディレクターとして勤め、2015年から2016年にかけてニューヨーク国際写真センター(ICP)のレジデンスプログラムでゲストキュレーターを勤めた。著書に『The Photograph as Contemporary Art』(2004)、『Words Without Pictures』(2010)『Photography Is Magic』(2015)がある。

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